よく歩いた道

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数日前、バスの窓から外を眺めていたら美しい藤の花を見つけた。藤棚なんてものは無く、橙色の朽ちかけた古い建物の壁に寄りかかるように育った藤の樹。その建物と同じ位の歳だとしたら、藤は65歳くらいだろうか。ごつごつとした骨ばった腕のような枝を四方八方に伸ばして、美しい花を咲かせていた。その様子は誇らしげと言ったらぴったりくる感じだった。昔は藤の花を、何て日本らしいと思っていたが、ある日から欧羅巴らしいと思うようになった。いつか鑑賞したフランス絵画に描かれた藤のせいだ。あの藤は見事で、夢の世界へと私を連れ込んでいったものだ。あの日から、藤を欧羅巴らしいと思うようになった。

今日は昼まで眠った。先週から酷く炎症している奥歯に対抗するために強い薬を飲んでいるからだ。薬の効果は抜群で炎症は治まりつつある、が疲れが酷くてたまらない。今日は祝日なので思い切り眠ることにしたのだ。昼まで眠っても身体は疲れていたが奥歯の機嫌が宜しい。近いうちに長い付き合いのある親知らずに別れを告げることになるだろう。歯医者がそう言っていたから。歯を刺激しないようにぬるめのカフェラッテを淹れて簡単な朝食をとった。今日はイタリア解放記念日。外は妙に静かで、行き交う車も少ない。皆何処へ言ってしまったのだろう。週末にかけての4連休で遠くまで足を延ばしているのかもしれない。そういえば最近、小旅行をしていない。折角の良い天気だ、日帰り旅行でも楽しみたい。しかし折角の良い天気も、昼過ぎでは仕方ない、とちょっとバスに乗って旧市街へ行くことにした。バスの終点まで待たずに少し手前で下車したのは、単なる気まぐれだ。人通りの少ない路地で暢気な散歩でもしてみようかと。実際人は居なかった。一体皆何処へ行ってしまったのか。歩きながら思い出した。2年前のこの祝日に、同じ通りを歩いたこと。あの日も天気が良くて、ひと気の無い路地を歩いた、皆何処へ行ってしまったのだろうと思いながら。2年前と違うのは、国民のこの祝日に実に対する気持ちが冷静になりつつあることだ。多分、戦争を通過した世代が少なくなりつつあるからだ。イタリアが解放されたとラジオで報道されたときの感激を味わった世代が少なくなっているからだ。2年前に町のあちこちに貼られていたこの日を祝う張り紙は何処を探しても見当たらず、ほんの少し淋しく思った。歩きながら藤の花を探したが何処にも無く、これもまた少し淋しく感じた理由だったかもしれない。探しているものが見つからない。それは肩透かしをされていると言うよりも、そっぽを向かれてしまったような、そんな時の気持ちに似ている。いつの間にか友人家族の家の前に来ていた。全くの偶然だった。窓でも開いているかと思えば、日除けが堅く閉じられていて家族皆で何処かに出掛けているようだった。娘家族が暮らすロンドンへでも行っているのかもしれない。そんなことを思いながら家の前を通り過ぎた。ボローニャに暮らし始めた頃よく歩いた道。友人の子供たちの手を引いて、よく歩いた道。この辺りは絶対変わらないと思っていたのに、予想が外れてこの辺りもまた他の界隈同様にめまぐるしく変化している。変わらないのは小さな埃っぽい骨董家具の修復屋と隣の食品店、斜め前の驚くほど小さな手作りパスタの店。それ以外は私の知らない店になった。角を右に曲がるとこの辺りでは有名なジェラート屋があり、暖かい気候に誘われて人々が吸い込まれていく。青林檎とチョコレートが美味しいので有名で、この2種類は油断すると直ぐ売切れてしまう。それにしてもこの店は閉店時間が決まっているのにジェラートが売り切れると店を閉めてしまう。初めて店に行った日がそうだった。まだ閉店時間じゃないのに!とショックを受けていたら店の奥から人が出てきて、すみません、売り切れたので店を閉めましたとわざわざ言いに来てくれたものだ。だからこの店には日中に行くのが良い。それにしても繁盛していて良いことだ。一瞬ジェラートを食べたくなったがふと奥歯のことを思い出して、駄目駄目、と首を振りながら前を通り過ぎた。

ああ、それにしても天気がよいこと。空気が暖かくて気持ちの良いこと。特別嬉しいことも無ければ楽しいことも無いけれど、幸せな気分で歩いた。イタリアが解放されたあの日も、こんな穏やかな天気だったに違いない。そんなことを思いながら。


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