記憶

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久しぶりに姉からメールが届き、世間は春の連休が真近でうきうきしていると書かれていた。そういえばもう直ぐゴールデンウィークである。そんなことを考えていたら私たち家族が暮らしていた家の裏手の広々とした空き地が5月近くになると白いつつじの花が咲き誇って美しかったことを思い出した。それでそんなことをメールに書いて送り返したら、そんな昔のことを良く覚えているわね、と姉が驚いた。昔のことと言っても20数年前のことである。それどころか私にしてみれば、あんなに美しかった白いつつじの大群を姉は忘れてしまったのかと逆に驚いたものである。美しくないものは忘れてしまいがちだけど美しいものは何時までも心に残る。そういうものではないだろうか。私は姉から送り返されたメールを読みながら、それでは姉は覚えていないに違いない様々なことを思い浮かべた。例えば牡丹庭園を散歩したことや、私たちがまだ東京に暮らしていた頃の、私がまだ小さな子供で小学校へいくか行かないころに母に連れられて私たち3人で新宿御苑へ行ったことなど。それらは20年どころではなく更に遡った昔の思い出だけど、私は今でもよく覚えている。生まれて初めて見た大輪の牡丹の花が貴婦人のように美しかったこと。閉園真近だからと入園を断られたのを母が頼みに頼んで新宿御苑に入れて貰ったこと。その後で疲れたとか言ってぐずった私を宥めるために高野フルーツパーラーに連れて行ってもらったこと。そうだ、あの頃の母は新宿が好きで伊勢丹や高野によく足を運んだものだ。母が好きだったのは新宿であり、銀座だった。東京に生まれ育った母だったから、それはごく自然なことだったのかもしれない。私は母が大好きだったが、父のことも同じくらい好きで、他界してもう何年も経つ父との思い出を忘れてしまわないようにと、時々眠りに着く前に思い出すようにしている。そんなことを知ったら父は喜ぶだろうか。それともそんなことでもしなければ忘れてしまうのかい、と立腹するのかもしれない。人に優しい父のことだ、思い出してくれて有難うというに違いない。父は、そんな風に、人に感謝する人だった。私はそんな父を持った幸せな子供だった。姉からのメールで色んなことを思い出して嬉しくなった。それにしてもあの広々とした空き地は今でも存在するのだろうか。白いつつじの花の大群は今も保たれているのだろうか。あの家は父が他界するとひとりでは広すぎるからと言って手放してしまった。夏の草むしりが大変だからとか、家の手入れが大変だとか。私が思春期を過ごした家。もうあの家に帰れないと思うと少し淋しいけれど、それも時代の流れのひとつ。私の素敵な時代の記憶としてとっておけば良い。


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