スカーフを巻いて

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驚くほど空の明るい水曜日。朝は何時だってほんの少し怠惰で憂鬱。目覚まし時計にたたき起こされて渋々ベッドから抜け出すのだが、空が明るいと少しなりとも気分が軽い。今日もよい天気になりそうだ。さあ、起きよう。などと思えるのは全く幸運なことである。単純な性格に生まれたことを私はとても感謝している。カッフェを淹れて牛乳を沸かす。いつもと何の変わりのない朝食だが、窓の外が明るいと食欲も湧いてくるものである。白いコットンのセーターにシルクのスカーフを首に巻きつけて家を出た。

スカーフはこの先週末に衝動買いしたものだった。ボローニャ旧市街を歩いていたら、あら、こんなところにこんな店が、と足を止めたのだ。懐かしい感覚の店。別に古臭いわけではなくレトロな感じなわけでもない。私がアメリカに暮らしていた頃に足を運んだ店に似ていたのだ。お決まりのものはなく、店主が好きで集めたものばかりが置かれている店というと丁度良く、ブランド物はひとつもない。値段はどれも手頃なものばかり。でも、決して安物ではない。店主と客が共通の好みをシェアする店、そんな匂いのする店。あの頃の私ときたら、何しろ夕方吹き始める海からの風が冷たかったから、冬であろうと夏であろうとスカーフなしでは外に出ることができなかった。さっぱりしたシャツにジーンズなんてシンプルな姿に、他の人が持っていない柄のスカーフを探し出しては首に巻きつけた。すると何となく洒落ていて街を歩いているとしばしば知らない人に呼び止められたものだ。素敵ねえ。そんな風にして。貧乏だったけどスカーフだけは沢山持っていた。どれもシルク製だったけど、どれひとつ高価なものはなかった。其れでよかったのだ。身分相応。そんな風に思っていた。さて、そんな懐かしい感じのする店は昼休みだった。私が散策する時間は大抵昼どき。だからいい店を見つけても中に入れないことが多い。私は小さなショーウィンドウに額を近づけて中をそっと覗いた。店内は狭く置くに小さな机があった。そこの店主が腰を下ろして、書き物をしたりするに違いない。それとも本を読んだりするのか。何しろ大通りに面しているわけではなく、人が多く行き交いするでもないこの辺りだ。客が入らない時間帯もあるに違いなく、暇な時間には本を読むこともあるだろう。そんなことを考えていたら右手に人が立った。店主だった。店主というには驚くほど若かった。手に鍵の束を持っていたのであなたの店かと訊いたらば、そうなのよ、中に入りますか、と彼女がいうので、それではと私は中に入ることになった。夏時間が始まったから今日辺りから昼休みなしにしようと思っていたのだが、ちょっと昼食に出かけていたと店主は話し始めた。私は話に耳を傾けながらあれこれ眺め始め、其のうちスカーフに目を留めた。魅力的な緑色のシルクのスカーフ。小さな白い羽毛の柄が沢山ついていて、ふわふわした印象が素敵だった。緑色に惹かれたが店主が首に巻きつけてくれたら印象が変わった。私の顔色に合わなかった。多分色白さんが似合うに違いなかった。すると店主が別のを手に取った。ねえ、これ。見た感じ地味だけど、首に巻くと印象が変わる筈。そう言って其れを私の首に巻きつけてくれたところ、店主の言うように其の地味な感じは肌の色や黒髪の近くに来ると印象を変え、ひと目で気に入った。薄手のシルク。肌触りが良くて、こんなに気に入って12ユーロ。支払いを済ませると店主は私のシンプルな装いが華やかになるようにと美しくスカーフを巻きなおしてくれた。私たちは暫くお喋りをして、また来るからね、また来てね、と挨拶を交わし、硬い握手をして別れた。

衝動買いしたスカーフはあの瞬間から私の二番目の気に入りになった。一番目は母が若い頃に愛用していた70年代の黄色とオレンジ色が交じり合った不思議ながらのスカーフで、いつもなら二番目はそのほかの諸々なのだけど、衝動買いの地味目のスカーフがそれらを追い抜いて二番目の座を獲得した。つまりかなり気に入っているということだ。ところで私が気に入ったのはこのスカーフだけではないようだ。あの小さな店も、あの若い店主とのお喋りも。


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