シチリア映画

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近所の洗濯物がはためいている。今日のボローニャは雲、時々晴れ。鼠色の重苦しい空を見上げながら、いったい何時になったら暖かくなるのだろうと途方に暮れる。しかし其の雲が風でぐんぐん押されて向こうへ行ってしまうと驚くほどの青空が広がり、眼に痛いほどの太陽の光が降り注ぐ。そんな時には先ほどの憂鬱を一切忘れて、ああ、春のだと安堵の溜息をつく。以前暮らしていた丘の町ピアノーロに今でも週一で足を運ぶのは、姑が暮らしているからだ。日曜日はピアノーロへいく日。バスに乗って町に着くと空気は酷く冷たくて確実にピアノーロよりも本当の春の到来が遅れているのを感じるのに、たんぽぽや菫の花を見つけるたびに、いいや、此処にも春はやって来ているのだと思うのだ。ただ、風が冷たいだけ。ただ、温度が低いだけ。天気は不安定だけれども自然はちゃんと季節を感じて生活しているのだと思ったら妙に嬉しくなった。人間のように軟ではないし、文句のひとつを言うでもない。自然の逞しさには脱帽だ。歩きながら昨晩のことを思い出した。

ボローニャ郊外に暮らす友人のところで夕食会を楽しんだ。ボローニャから北東に位置する其の家に行くのは2度目のことだった。もう少し車を走らせればボローニャ県が終わってフェッラーラ県という、私の家から数えれば30km以上も向こうにある家だ。私たちは全部で8人と犬が一匹で、大騒ぎしながらの大夕食会だった。前菜から始まってパスタが二種類、肉が二種類と付け合せ。そして食後のデザートが3種類。死ぬほど沢山食べたが何しろどれも美味しかったので案外ぺろりと平らげたと言っても良かった。食事後、友人の提案で映画を見た。シチリアの映画で1964年のシャッカを舞台にした白黒映画だった。同じイタリアとはいえ文化も習慣も考え方も全く違う当時のシチリアの家族の話だった。娘息子の将来は両親が決めるのが当たり前だった当時のシチリアは、今の私たちからすればまさかと思うようなことばかり。決して面白い映画ではない筈なのに、始まりから終わりまで私たちは笑い続けた。何故そんな映画を選んだかといえば、友人の彼女の両親がそんな当時のシチリアで青春時代を通過したので、その後ボローニャに来て何十年経っているにしても、ボローニャで生まれ育った彼女には窮屈なことばかり要求してきて困っているのを、此の映画で皆にわかってっ貰いたかったからなのだ。特に外国人の私には、ほらね、シチリアは昔こんなだったのよ、信じられないでしょう? と最近中の良い彼女が私とそんな気持ちを分かち合いたかったようである。そういう話は以前にも何処かで聞いたことはあったけれど、此の映画が当時のシチリアをそのまま描いたのだとしたら、成程これは大変だ、と深く頷いた。それにしても理屈に合わないことが通用してしまう風潮だったらしい。映画の中で警察署長がイタリアの地図の前に立ち、片手でシチリア島を隠してから、うん、この方がずっといい、と言った場面があった。あの場面は暫く忘れられそうにない。しかしながら映画の中のシチリアは美しかった。たとえ受け入れ難い習慣があったとしても、シチリアはやはり美しい。やはり私はシチリアが大好きで、シチリア人が大好きだ。友人の彼女は可愛い女性で、シチリアの両親を持つボローニャ生まれのボローニャ人。私より驚くほど若い彼女はいつの間にか私の気に入りの友人となり、誘い合って頻繁に会うようになった。ねえ、ボローニャっていいわよね。私はボローニャに生まれてよかったと思っているのよ。と彼女が何時だったか言っていたけど、多分、此の映画の中に垣間見るような古い習慣のことを言っていたのかも知れない。私なんて、彼女が褒めるボローニャですら時々嫌になってしまうのに。贅沢なのだろうか。いや、私は何しろ外国人だから時々うんざりしても仕方が無いのだ。うん、そうだ。と結論を出す。それにしてもあの時代のシチリア映画、もっと見たくなってきた。人間味たっぷりの、美しいシチリアに暮らす人々の普通の生活を描いた映画。暫く夢中になりそうだ。


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