復活祭

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復活祭の日曜日。昨晩遅くまで遊び歩いていたので、其の上、夜中のうちに夏時間が始まり1時間睡眠時間を損したので、朝起きるのが辛かった。私は時差に弱く、僅か1時間の違いも体調に障る。繊細といえば聞こえが良いが、つまりは体調管理が下手なだけである。眠いには眠いが、しかし何という青空。こんな青空は久しぶりで、復活祭に相応しく、そして夏時間の始まりにぴったりだと思った。窓を開けると春の空気に満ちていて、道行く人々も冬のコートを脱ぎ、軽快な足取りで歩いていた。皆きちんとした身なりで、近所の教会に行くようだった。其の横を車が何台も通り過ぎる。多分山へ行くのだろう、こんな素晴らしい青空だもの。

昔は私も復活祭の日曜日には山の友人のところへ行ったものだ。友人の庭に気の合う仲間が集まって、復活祭の楽しい昼食会があったからだ。友人が前の日にいつもの肉屋で美味しいところを買い込んだのを煙をぼうぼうたてながらじりじりと焼いたり、彼の庭に生えている軟らかいサラダ菜をもぎ取ってサラダをこさえたり、ボローニャの町から来る私たちはジェラートや菓子を買い込んできて、3時間も4時間も続く大昼食会だった。何しろ山なので空気はまだ冷たいけれど大抵晴天に恵まれて、寒くてもう我慢できない!と誰かが騒ぎ出すまで屋外での食事をゆっくりのんびり楽しんだものだ。其の騒ぎ出す誰かというのは大抵私だった。どんなに着込んでの参加でも、夕方3時半を回った頃には寒くて我慢が出来なくなった。もしかしたら皆も寒かったのかもしれないけれど、どうせ其のうち彼女が寒い寒いと騒ぎ出すに違いないから、と黙っていたのではないだろうか、と今になってそう思う。復活祭の昼食会がなくなったのは舅が他界して私たちの時間を自分たちで自由に決められなくなったのと同じタイミングだった。色んなことが皆に起きて、まるで当然のように自然に消滅した。それから山の友人にも訳ありの恋人が出来て、自然と友人関係の輪から離れていった。恋人のために友達付き合いが出来なくなるのは残念なことだ。時々そんな人達がいるけれど。そんな恋でも友人が幸せならば仕方があるまいと私たちは遠巻きに見守っていた。そんな恋でも随分長いこと続き、ははあ、本気の恋のようだと皆が思い始めた頃、恋が終わったことを知った。つい一昨日のことだ。話によるともう3ヶ月前に終わったらしく、しかし終わったといっても一方的に終わりにされたらしく友人は腑抜け状態らしい、と人伝に聞いた。そんなことがあっても私たちに連絡をしてこなかったのは、恐らく恋をしてから友人付き合いを断ち切ってしまったことを友人なりに悩んでいるからに違いなかった。昨夕、ふと思いついて電話をした。友人はすぐ電話に出て、ひとりでテレビを見ているのだと言った。恋人のことは言い出さないので私もそれについては何も言わないことにした。今晩ボローニャに来る気はないか、相棒の誕生日だから一緒に美味しいお酒でも飲まないか。私がいきなりそう切り出すと、そうか、彼の誕生日か、いいなあ、行きたいなあ、と嬉しそうな声で言ったくせに、山に降る冷たい雨が友人の心を酷くメランコリーにしているらしく、また今度会おう、ということになっ電話を切った。察するに彼の心はかなり傷ついているらしかった。だけど彼は分かった筈だ、長らく連絡が途絶えてしまったが私たちは今でも友人であることを。そんなことが彼の心を少しでも軽くしてくれれば良いと思う。山へと急ぐ車たちを眺めながらそんなことを考えた。

何という明るさ。これが春と言うものなのだ。うきうきしながら身支度してピアノーロの姑のところへと急いだ。冬のコートはもう着ない、と春のコートを羽織って。薄いシルクのスカーフを首に巻いて。姑のところで復活祭の昼食会を終える頃、山のほうから黒い雲の群れが風に乗ってやってきて、冷たい風が吹き出したや否や雷が鳴り出した。そのうち雨が降り出し、あっという間に大雨になった。春の嵐。そんな呼び名がぴったりだった。食事の後片付けをして雨に終われるようにボローニャに帰ってきた。不思議なことにボローニャは雨の一滴も降った様子がなく、のんびりとした復活祭の日曜日の風景が広がっていた。もしかしたらとは思っていたが、まさか本当にボローニャでは雨が降っていないなんて。強かに濡れた春のコートと気に入りの靴がちょっと不憫に思えた。それにしても春のコートと薄手のシルクのスカーフなのだ。気分はすっかり春の始まりだ。


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