雨降りの向こう側

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数日前までの明るい空が夢のだったように思える。朝から陰気な雨が降るボローニャ。じっとりと貼りつくような雨に溜息をつく。其のうち止むに違いないと思っていたが、どうやらこれから暫くこんな日が続くらしいと知って、もうひとつ、今度は胸一杯分の溜息をついた。雨が降り出したのは昨夕だった。細かい、霧のような雨だった。職場を出た頃のは降っていなかったのに、旧市街にもう直ぐ到着と言うあたりで降りだした。傘を差すほどの降りではない、しかしポルティコの外を歩こうものなら、そのうちコートも頭髪も湿ってしまうに違いなかった。2本の塔の直ぐ近くで13番のバスを暫く待っていた来なかった。バスを待つのが大嫌い、と言うでもないが些かうんざりして歩き始めた。こんな夕方は美味しいワインでも頂こう、と思って。フランス屋へ行った。店主と先客が楽しそうに話をしていた。やあ、シニョーラ、今晩は。そう言って迎えてくれた。私のコートに付いた細かい水滴を確認して店主が雨が降っているのかと訊く。少し前から霧雨が降り始めたこと、でも傘を差すほどでもないことを述べると、隣にいた店の女性が残念そうな顔を見せた。娘が学校の遠足でトリエステへと出発したのに、雨が降っては台無しだ、とのことだった。トリエステへ¬? いいわねえ。そう言って私が羨ましがると、確かにトリエステは素敵だと先客が頷いた。先客は洒落た男性で、しかし着飾るというよりは無駄を全て取り除いて限りなくシンプルな装いだった。黒いセーターに濃紺のジーンズ。上質なベルトに眼鏡だった。彼が洒落て見えたのは髪形のせいだったかもしれないが、多分眼鏡のせいだった。昔の映画に出て来そうな厚みのあるセルロイド製の眼鏡。私の好きなタイプのその眼鏡が、彼を酷く洒落者に見せたのかもしれなかった。そういえば、と3月4日の事を訊いてみた。Piazza Maggioreで催されたコンサートのことだ。広場から目と鼻の先にあるこの店は十分繁盛したのではないだろうかと。案の定、大変な繁盛振りでいつもより少し遅くまで店を開けていたとのことだった。来年もあるのかしら、いや、多分今年だけだろうと私と店主が話していたら、来年も是非催して貰いたいものだと言いながら年配の客人が店に入ってきた。そして言うのだ。私は此の店に初めて入りました、と。随分前から気になっていて外から様子を伺っていたのだが、今日は中で楽しそうに話しをしている様子が見えたので勇気を出して入ってみたのだと言った。そういえば私もそうだった。暫く外から様子を伺っていたが、ある日勇気を出して入ってみたのだ。そして店を大層気に入り、其れから週に一度立ち寄るようになったのだ。此の話好きの客人はボルドーを注文して、皆さんに乾杯と言いながらグラスをちょいと持ち上げると、全く美味しそうにワインを飲み始めた。やあ、沢山チーズがあるんだね、私はチーズが大好きで・・・と言う客人に、店主がこんなの食べてみますかとチーズの塊をケースの中から取り出す。すると客人は、いやいや、今日は駄目なんですよ、何しろこれからダンスに行くものだから、と言った。ダンスをするのに口がチーズ臭いのは困るということらしかった。ダンスですか、と嬉しそうに驚く私に、そうなんだ、と深く頷いて嬉しそうに笑った。これだからイタリアはいい。どの年代の人も楽しむ術を知っている。もう若くないからとか言わずに、楽しむことに積極的だ。其のうち客人は勘定を済ますと、それでは皆さん、また会いましょうと礼儀正しく挨拶して店を出て行った。残された私たちはそんな客人を、楽しい晩を、と言って見送った。ところで洒落た先客は店主の知り合いらしい。それとも仕事関係か。と言うことはフランスの関係か。彼らは奥の小さな部屋へ行って何やら難しい話を始め、私は店内にあった、少し前から目をつけていた木苺色メレンゲとダークチョコレートのコントラストが美しい菓子とワインの代金を払って店を出た。背後から中にいる人達の声が聞こえた。楽しい晩を、と言っていた。外の雨。夜の霧雨はほんの少しメランコリー。冬なのに寒くなく、しかし霧雨が身に刺すように痛くて身震いした。今がどの季節なのか、一瞬分からなくなるような晩だった。今夜もそうだ。多分明日もそうに違いない。そしてそんな日が暫く続いてやっと晴天になったらば、春になるのかもしれない。


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コメント

お久しぶりです

感じること多しの日本から戻り、文章と写真が心に響きました!

土曜の市場の後、いつものカフェに立ち寄り 
あ~此処はいいなと心で呟いた日でしたので。 
生きる人々の醸し出す雰囲気が見えるようです。
 
写真もとても素敵ですね~
   
こんな石畳の街を車までぶらぶら歩く夜に
懐かしいような気持ちになるのはどうしてかなと思います 
日本ではみられない風景、それに異邦人なのに 

2013/03/09 (Sat) 21:50 | スプーン #EQkw1b1A | URL | 編集
Re: タイトルなし

スプーンさん、こんにちは。お元気そうですね。帰省されていたのですね。日本から自分が暮らす町に戻ってくると、自分は異国人なのにほっとしてあるべき形に納まったような気がするのは何故でしょう。知らぬ間に私たちはそれなりに空気に馴染んでいるのかもしれませんね。それもまた、良いことです。

2013/03/10 (Sun) 00:43 | yspringmind #- | URL | 編集

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