出会い

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睡眠は一番の薬。私はそんな風に両親に教えられて育った。医者が処方してくれる薬もいいけど、体を横たえてぐっすり眠るのが一番だからと、発熱しかけても外に出て遊びたがる、もしくは薬を飲んだから大丈夫と言って絵を描きたがる私に両親はいつもそんな風に教えたものだ。母と父に静かな声でそう言われると、本当のような気がして私はすごすごと部屋に戻って体を横たえたものだ。確かにあの説は本当だったと思う。大人になってから気が付いた。そういうわけで今朝は昼間でぐーぐー眠り、もうこれ以上は無理というところまで眠ると気分が清々した。本来ならば家でじっとしているのが宜しいのだが、折角の土曜日だ。1時間だけ、と自分に言い訳して散歩に出掛けた。

行き先は旧市街。バスに乗れば10分と掛からない。同じバス停から10歳前後の少年ふたりが乗り込んだ。テレビに出てくるようなアイドル系の少年たちだった。彼らは席に着くと行儀よく小さな声で話していたが、突然ひとりが驚いたような声を発した。おお、いい犬が居るぞ。彼の自然をたどって窓の外を眺めると確かに犬が居た。たわしの様にごわごわした中型犬で伯爵のように姿勢が良く立派に見えた。成程、いい犬とはよく言ったものだ、と私同様に周囲の人達も思ったに違いない。するともうひとりが言った。僕はこっちの犬のほうが好きだな。彼の視線を追って外を眺めると全く違うタイプの犬が居た。足が短くて胴体がごろごろした老犬だった。足元がおぼつかないが表情がいい。すれ違う人々に、あら、こんにちは、と機嫌よく挨拶しているかのような。うんうん、こちらも確かに良い。やっぱり犬はいいよね。そう同意しながら微笑む少年たちを眺めながら何だかとても嬉しくなった。こういう子供たちが居るうちは大丈夫。今の世の中も満更捨てたものではない。サント・ステファノ教会の前の広場では恒例の骨董品市が開かれていた。天気が良いので人の出足も好調。どの店も賑わっていて活気に満ちていた。其のうちの一軒で絵を見つけた。古い絵ではなさそうだった。板に油絵の具で描かれたそれは美しい緑の丘か山の上に町が存在する風景で、何処の風景だろう、ウンブリア州の小さな町なのだろうか、と私を釘付けにした。高度な技術は無く、しかし人を引き寄せる、人を惹きつけるに絵。10分も眺めてから店の人に声を掛けた。思ったとおり古い絵ではなかった。ボローニャの美術学校で学んでいる20歳前後のベラルーシ人の絵だった。此の学生の絵が好きで店主が頼んで描いて貰ったのだそうだ。値段はついていません。お客さんが値段を決めてください。髭面の店主がそう言った。こんなに難しいことは無い。絵を描く側にとってはどんな絵も大変な価値があるものだ。だから安い値段はつけたくない。しかし高いお金をオファーするほど私はお金持ちではない。そう正直に言うと店主は笑いながら、その通り、だから難しいのだと言った。急ぐことはありません、僕の店はユダヤ人街にあるので今度立ち寄るといいです。他にもこの学生の絵があるので是非見てやってください。店主はそう言って私に握手を求めた。私は店主から名刺を受け取り、近いうちに立ち寄ることを約束した。不思議な出会い。絵との出会い。私は人の群れから脱出して、妙にひと気の無いポルティコの下を歩き始めた。寒いはずなのに寒く感じないのは嬉しいからだろう。嬉しい気持ちが逃げないようにオーバーコートの前をぎゅっと閉じ、嬉しくて笑みが零れて人から妙な女だと思われぬように唇とぎゅっと結んだ。歩け、歩け。沢山歩こう。さもなければ今晩は眠れないだろう。何しろ12時間も眠ってしまったのだから。


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