女店主

Immagine 076 (Small)


扁桃腺が痛くて目が覚めた。正確に言えばまだ酷く腫れている訳ではなく、炎症の始まり、そんな感じだった。昔から私は扁桃腺が弱くて、小学校に上がったばかりの頃は月に一度は扁桃腺による高熱で授業を途中で抜け出して家に帰らなければならなかった。私も辛かっただろうが、学校から連絡を受けて大急ぎで駆けつけなければならなかった母はもっと辛かったに違いない。毎月のことだった。熱が出始めるとあっという間に40度に到達して、子供の私はぐったりだった。大人になっても其れはあまり改善されず、あえて言えば扁桃腺による熱を出す間隔が長くなったことか。毎月だった其れは今では3ヶ月に一度ほどで、それに40度なんて酷い熱を出すこともあまり無くなった。まあ、知恵がついたと言うことなのだろう。あ、危ないな、と思ったら無理せずに体を横たえて休養することを覚えたから。それで今朝の扁桃腺は酷い熱が出る予告みたいな感じだったから、いっそうのこと仕事を休んでしまおうかと思ったが、とりあえず仕事に行ってみようと思って家を出た。雨が降っていた。最近全く妙な天気だ。朝方静かに雨が降る。昼には気持ちの良い太陽の陽射しが町を包み、夕方には薔薇色の夕焼けが美しい。熱が出たら戻ってくればいいだけだ、と思っていたが幸運なことに案外元気にやり過ごせた。夕方、南西の空が薔薇色に染まった。明日もよい天気になるのだろう。バスの乗り継ぎが抜群に良くて、いつもより30分も早く旧市街に着いた。誰と約束があるでもないし、何か用事があるでもないが、仕事の後にこんな風に旧市街に立ち寄るのが最近の日課だ。木曜日の午後はボローニャの店は休み。昔に比べたら随分休みが少なくなったボローニャだけど、木曜日の午後の休みは頑固に守られているようだ。其れがボローニャらしくもあり、頑固すぎて辟易することもある。歩き回っているうちに有る店の前に来た。私が贔屓にしている店で、いわゆる女性の衣料品店だ。Via Santo Stefanoに面して建つ此の小さな店の趣味だけでなく女店主のあっさりした性格が好きで、私とは案外長い付き合いなのだ。しかし私は常連ではなく、ましてや上客でもない。何しろ割引のあるときにしか買い物しないのだから。ところが最近店がいつも閉まっているのだ。帰りのバスの中から店の中が空っぽなのを見つけて、どうしたのだろうと心配していたのだ。店が空っぽなのは冬物を売りつくして春物に切り替えるタイミングなのか、冬のセールを終えて冬休みに出掛けているのか。様々な理由が考えられたが、それにしても少々妙な感じだった。だから今日店の前に来たのは単なる偶然ではなくて、行って確かめなくてはと思っていたからなのである。果たして店の前には何の張り紙も無く、女店主の娘が描いた大きな絵が施された壁だけがぽつんと残されていた。暗い店内に目を凝らしてみたが、衣服の一枚も無く、がらんとしていて淋しそうだった。結局何も分からなかった。案外来週辺りに当然見たいな顔して店が開き、モーリシャス諸島に行っていたのよ、なんて楽しそうに言うのかもしれない。それとも待てども待てども店は開かず、ある日全く違う店になるのかもしれない。前者であることを心から願う。私はあの女店主が好きだったから。こんな風に会えなくなってしまうのは残念なのだ。暗い店内を眺めていたら、横にもうひとりが並んだ。美しいウェーブの豊かな栗色の髪の女性だった。どうやら彼女も心配らしい。私たちは顔を見合わせて、分からないわ、と首を横に振った。先ほどの夕焼けは既に闇の中に溶け込み、寒さがいっそう増した。カツン、カツンと低い靴音を立てながらポルティコの下を歩いた。もう一度女店主に会えることを祈りながら。


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