心の引き出し

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急に寒くなった。今日は一日曇り空で待てど暮らせど太陽が現れなかった。話によれば此の冬4番目の寒波だそうで来週はもっと寒くなるそうだ。太陽が出ない日の憂鬱。何十年も前、こんな曇り空の冬の様子の写真を見たことがある。それはカラー写真だったのにモノクロ写真に見えた。行き交う人々が膝まで隠すオーバーコートの襟を立てて、歩いている風景。冷えた空気が伝わってくるような写真を眺めながらヨーロッパの冬に憧れたものだ。ボローニャに暮らすことに決めた時、真っ先に頭に浮かんだのが其の写真で、自分が其のうちあのモノクロ写真の中のひとりになるのだと思うと悪い気はしなかった。実際其の寒いボローニャの街を歩くのはそれほど素敵な感じは無く、それどころか考えている暇も無いくらい寒さから身を隠すようにして早足で歩かねばならなかった。ボルサリーノの帽子を小粋に被っている人々。あれは単なるファッションではない。寒いのだ。帽子なしではいられない。帽子をうっかり忘れた日は家に戻る頃には頭の芯まで冷え切って酷い頭痛に悩まされる。そういえばボルサリーノ帽子店。ボローニャ旧市街に二軒在ったが、其のひとつのガッレリア・カヴール店が昨年末に幕を閉じた。冬の始まりに帽子を購入した際に店の人が言っていたとおりだった。そして昔から在る店だけが残った。不況とはいえ、淋しい気分は拭えない。

引越し前後から自分が感じていた以上に疲れが溜まっていたようだ。仮住まいが少し片付き始め、生活リズムをつかめ始めたら、急に体調が悪くなった。風邪かと思ったが、そうではないらしい。がっくりと、体力が低下したというと丁度良いような、思うように体が動かない感じ。困ったものである。今朝もそんな気分で目を覚まし、それにしても随分遅くまで眠ってしまった。遅い朝食をとり、身支度をして外に出た。体調がは兎も角、気分をすっきりさせるには散歩が一番。丁度来たバスに飛び乗った。此の界隈に暮らし始めてから、バスが便利で笑いがとまらない。以前はバスの時刻表を何度も確認して、乗り遅れぬように早めに家を出て、それでも時間通りに来ないバスに乗り遅れると、とぼとぼ家に戻ってこなければならなかった。次のバスまで30分あるからだった。今思えばあれは結構なストレスだった。バスに飛び乗って席に着きながらそんなことを考えた。旧市街は今週末もサルディで大賑わい。買い物袋を両手にぶら下げて歩く人々の表情は実に満足そうだった。きっと良いものを見つけたのだろう。それともずっと目をつけていたものを半額か何かで手に入れたのか。私はスカーフを獲得。コットンとシルクのボリュームの在るスカーフ。春までずっと使えそうな一枚。旧市街の中でも其の中心部の大通りは週末ともなればT-DAYで車の進入禁止。だから堂々と道の真ん中を歩けばよいのにポルティコの下を歩いてしまうのは、酷く寒いせいだ。ボローニャに暮らしている人は他の町に行くときがつくのだ。ポルティコの在り難さ、ポルティコの下の歩き易さ。夏は強い太陽の陽射しを遮り、冬は寒さから歩行者を守ってくれるポルティコ。そしてポルティコの下に長く続く大理石の通路は石畳のように躓くことは無く。急に雨が降っても大丈夫。雪の日は大理石の通路が少々滑りやすくなるけれど。其のポルティコの下には幾人かの芸術家がいて、クラリネットを奏でたり、絵を描いていたりするのだが、どの人もそれなりに人気があって通行人たちは足を止めて彼らの芸術を楽しむのだ。いつも絵を描いている年配の男性の横を通り過ぎた途端、油絵の具の匂いがした。それは長いこと忘れていた匂い。忘れていた懐かしい匂いだった。私は一瞬足を止め、彼の手元に視線を落とした。使い込まれた細い絵筆。年季の入った木製のパレット。私は再び歩き始めた。私の心は平穏で、しかし波が立ち始めていた。良い予感の波。絵の具の匂いがこんなに懐かしいなんて。若い頃に絵を描くのを辞めてからもう一度絵を描きたいと思わなかった。多分私なりの理由が私の体と心に染み付いていたからに違いなかった。そして私は多分鍵をかけていたのだ。心の中の小さな引き出しに。先ほどの匂いで鍵が外れた。もう一度絵を描きたいような、もう一度絵筆を持ちたいような。何のためでなく、誰のためにでもなく、自分のためにもう一度絵を描いてみようか。体調は酷く悪いが気分はよい。やはり散歩に出てよかった。素敵な土曜日。


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