幕開け

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明るい朝。こんな朝がずっと続けばよいのに、と思う。南向きの窓から差し込む日差しが眩しいくらいだ。新年早々運がいい、と思う。イタリアに、というよりは私と相棒の元旦は驚くほど何も無い。今日くらいゆっくり起きればよいのにいつもの時間に目を覚まして身支度する相棒を横目に、私はもう少し温かい羽毛布団に包まっていることに決めた。明日にはもう仕事が始まりいつもの忙しい生活に戻るのだ。休みの日にゆっくりしなかったらいったい何時ゆっくり出来るというのだ、と自己流の論を呟きながら。いつもより外が静かなのは、やはり私同様の人が沢山居るからに違いない。そうして良心が咎めぬ程度の昼前に目を覚ました。私が子供だった頃、元旦の朝に湯につかるのが習慣だった。誰が何時決めたのか知らないけれど、だから元旦というと真っ先に思い出すのが朝湯であった。昨晩美味しいワインを沢山頂きすぎたらしく頭が一向に冴えないので、そんなことを思い出して熱い湯を浴びることにした。それにしても有難いことである、住む家があり、熱い湯を使えるのは。家の中は一向に片付かぬが、それもそのうち何とかなるに違いない。

気分が今日の空のように晴れ晴れしている。と昔のことを思い出した、20年も前の元旦のことだ。私がアメリカに暮らし始めて初めて迎えた元旦だった。私は自分が望んで住み始めたその町の生活を当然ながら喜んでいたが、その背後に大きなコンプレックスを抱いていた。言葉だった。いくら勉強しても身につかぬ英語。勇気を出して話すが、大柄のアメリカ人から面と向かって、はぁ?解らないわ、と大きな声で訊きかえされると、勇気はあっという間に砕けて惨めな気分だけが湖のように心の中に残るのだった。今思えばたった4ヶ月で地元の人と対等に話が出来る筈が無かったのだ。しかし私はそんなことですら自分の能力に欠陥があるのではないだろうかと悩み始めてしまっていた。そしてそれは次第に自分の自信にも影響が出始めて自分でもどうしようもなくなってしまっていた。そんな私を心配してくれる人が居た。アマンダという名の女性だった。しっかりもので見るからに強そう、しかし私より幾つも若くてカレッジで写真を学ぶ学生だった。私の友達ではなかった。友達の友達という存在だった。彼女は何かにつけて私も誘い出してくれて、私が家にひとりでいる時に物思いに耽らないようあの手この手で助けてくれた。一年の最後の日、私は耳にピアスの穴を開けた。いつかピアスをしたかったが私の家族が耳に穴を開けることを許さなかったからだった。私はそれを忠実に守り、そしてそれで良いのだと思っていた。そんな私が一年の最後にピアスの穴を開けたのは、何か思い切ったことをして今の状況に終止符を打ちたかったからだ。ピアスの穴くらいで大袈裟な、と今の私は思うけど、あの頃の私にはとても重要なことだったようだ。ルームメイトは幾度も私に本当に穴を開けるのかと訊ね、私はその度に神妙な表情で頷いた。穴を開けるのとピアス代で5ドルだった。一瞬の出来事だったがとても痛かった。しかし私は自分の中にあるルールを変えたことで自分らしい小さな勇気とエネルギーが沸いてくるのを感じていた。自分が望む町に住めるなんてこんな幸運は無いのだから、此の幸運を無駄にしてはいけないと思った。その晩は耳が痛くてよく眠れなかったが、後悔はしなかった。翌朝起きたら快晴だった。その町特有の青い空と眩い太陽の光に恵まれた元旦だった。私はルームメイトの誘いで見知らぬアメリカ人の家の集いに行った。豊かな家族らしく、一等地にある大きな一軒家だった。集いと言っても何が在るでもない。用意された食事と飲み物を自由につまんで挨拶したり話をしたり。そこにアマンダが居た。私たちは屋上に行った。ほら、ピアスの穴を開けたのよ、とアマンダに見せた。彼女は赤くなった私の耳朶にそっと触って炎症しているのではないかと心配したが、私にはそんなことはどうでも良かった。アマンダ、私は今日から変わる。もう何も悩まない。もう言葉を恐れない。どんどん話して相手が解らないと言ったら解るまでとことん話すわよ。私はもう昨日までの私とは違うのだから。私がぽつぽつと話し出すと、彼女は喜びを顔に湛えて私をぎゅっと抱きしめた。あなたはいつかきっとそれに気がつくと思ったと言って。素敵なアマンダ。あの日からアマンダは私にとって特別な人になった。20年前の元旦の日、私はアマンダと居た。今はあの町から随分遠くの、潮風も吹かなければ遠くで鳴る船笛も聞こえぬボローニャに住む私。アマンダは、アマンダは今頃何処にいるのだろう。あれから私はこんなに強くなった。アマンダが今の私に会ったら、あなた、随分強くなったわねえ、その調子よ、と褒めてくれるに違いないのに。

新しい一年の幕開け。全ての人にとって希望と喜びが溢れる一年になりますように。今年もお付き合いお願いいたします。


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コメント

明けましておめでとうございます。

こちら初日の出の時間はー10℃でしたが
陽の光は眩しく雲ひとつ無い青空が広がっています。

そろそろ凍てつく日々は過ぎそうな予報です。

今年もyspringmindさんの軽やかに心に響くお話を楽しみにしています。

2013年がyspringmindさんとご家族にとって素晴らしい一年となりますように!


2013/01/01 (Tue) 22:40 | るみこ #- | URL | 編集

あけましておめでとうございます。
又旅をしたいと思っているのですが・・・・
今年もやや怪しくなってきました。
人間、若くはならないのだから、しっかり歩けるうちに・・・
(特にヨーロッパの町並は歩きたいから)
まぁー、実現出来るとして、毎日の散歩を続けることにします。(笑)
2013年が素晴らしい年となります様、祈念しております。

2013/01/02 (Wed) 15:11 | マコ #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

るみこさん、明けましておめでとうございます。そちら、そんなに寒いのですね。私はボローニャ市内に越してきて、町がこんなに暖かくて過ごしやすいのかと感嘆しました。寒いけど丘の町より5度気温が高い、それは私にとっては随分の違いなのですよ。今年もお付き合いお願いいたします。るみこさんとご家族にも沢山の希望と喜びがありますように。

2013/01/02 (Wed) 20:01 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

マコさん、明けましておめでとうございます。若くて元気に歩き回れるうちにどんどん旅を楽しみましょうね。私もまた何処かへ行きたくなってきました。時間は何と生み出せる。元気もある。今心もとないのは資金でしょうか。とりあえず今年は帰省したいので、それを終えてから秋の欧羅巴散策の案を練ることにします。次回ボローニャに来る際は是非お知らせくださいね。美味しいワインをご一緒に。今年もお付き合いお願いします。

2013/01/02 (Wed) 20:05 | yspringmind #- | URL | 編集

力強い文章に私も勇気つけられました。昔の出来事でも、こんなに人生に深い意味を落とすこともあるんですよね。ほんとうにいい話です。という私は新年から寝込んでいます。
今年一年もどうぞよろしくお願いいたします。よい出会いと出来事がたくさんおこりますように。。

2013/01/04 (Fri) 10:15 | ineireisan #pNQOf01M | URL | 編集
Re: タイトルなし

ineireisanさん、明けましておめでとうございます。外国に居るといろんなことがありますね。どうでも良いことが大問題に感じることもありますが、時には気分一新して再スタートも良いみたいです。新年から寝込んでいるそうですが、どうぞ早く元気になって楽しい一年をお過ごしください。今年もお付き合い宜しくお願いします。

2013/01/05 (Sat) 20:13 | yspringmind #- | URL | 編集

yspringmindさま、はじめまして。
ヨーロッパ生活のブログから辿り着きました。
現在パリ在住ですが、先月独りでぶらりと旅したボローニャを思い出しながら、近い日付のブログを読ませていただきました。生まれて初めてのイタリア旅行で、フィレンツェとピサも回りましたがボローニャが一番好きな街だったのです。
なぜ気に入ったのか、自分でも理由がよくわからないのですけれど。
「ボローニャのブログがあるんだ!」ってあっという間に引き込まれてしまいました。

いくつか読み進めて、このアマンダさんのお話にたどり着いた時、あー、私はこのお話を読むためにyspringmindさまのブログに巡り合ったんだ。と思いました。
自分が望む町に住めるなんてこんな幸運は無いのですよね。

必要な時に、必要なお話に出会うものですね!不思議なものです。
また、お邪魔させてくださいませ。

2013/01/15 (Tue) 02:01 | Orie #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

Oreiさん、はじめまして。先月ボローニャに来られたそうですね。初めてのイタリアでフィレンツェよりもボローニャを気に入ったなんて、嬉しいですね。パリから来たOreiさんがボローニャを!地味で素朴で普通なところが良かったのでしょうか。それとも人が少ないのが良かったのでしょうか。相性が良かったのかもしれませんね。私が昔、好きな町に暮らすことが出来て幸せだと思ったように、今は他のどの町でなきボローニャに暮らすことになったことw幸運だったと思います。自分が好きで選んで来た町ではありませんが、運命みたいなものでしょうか。Oreiさんが私のブログを見つけてくれたのも小さな運命みたいなものかもしれません。偶然、という言い方もありますが。これからもお付き合いお願いいたします。

2013/01/15 (Tue) 22:59 | yspringmind #- | URL | 編集

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