木と私

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12月になった途端、毎日が駆け足。仕事も忙しければ、生活も俄かに忙しい。それもこれも年末に引越しをしようなんてことになったからだ。荷造りはやってもやっても終わらない。そのうち家中が箱で埋まってしまいそうだ。と、自分の背丈よりも高く積み上げられた箱を見上げて溜息をつく。しかしこれもポジティブな変化のためと思えば悪くない。それに元気だから大丈夫。ああ、元気って何て素晴らしいことなのだろう、と最近毎日のように思う。そんな合間を縫って社交を楽しむ。どんなに忙しくたって、この楽しみを通過など出来ない。自分から誘って出掛けるのも、誰からか誘われて出掛けるのも、素敵なことだと思う。人間との交流は私の生活のエッセンスで、そんな交流を通じて感じたことも考えたことも私の大切な宝物だ。

人間も好きだが、私は木が大好きだ。昔住んでいたアメリカの町には背の高い街路樹があちらこちらに存在して海からの風にゆらゆらと枝を揺らし、細長い葉が気持ちのよい音楽を奏でた。それがユーカリの木と知ったのはその町にまだ住み始める前のことだった。私がまだ旅行者として半年に一度足を運んでいた頃のことだ。教えてくれたのは知らない年上の日本人だった。一見胡散臭そうなその人は、ひょっとしたら何か大変な苦労をしたのかもしれない、と想像させるような一種独特な空気が周りを包んでいた。親切だけど分厚い壁があった。旅行者の私にはそれが何であるか想像することは難しかったが、そのうち私がその町の住人になって暫くするとその答えが解ったような気がした。彼は多分、異国人としてその町に暮らすうちに自分を守る壁を築き上げたのだ。多分何かそんな理由があったのだ。兎に角そんな彼ではあったが旅行者の私に大変親切だった。別に下心があるでもなく、単に母国から来た好奇心に満ちた若い私の知っていることを教えてあげたい、そんなことだったと思う。海のほうから長細く続く、日比谷公園の3倍もあるような大きな公園に沿って、ユーカリの木は連立していた。私が木を見上げて耳を澄ましていたら、これはユーカリの木なのだと声を掛けてくれたのだ。青い空に向かって伸びたユーカリの木は、悠々と枝を伸ばしていた。その姿は今にも優雅に踊りだしそうで、私は小さな声でユーカリ、と何度も呟いた。こんな木になりたいと思った。風にゆらゆら揺れて気持ち良さそうなユーカリの木。ユーカリについては何時までも覚えていたが、彼についてはそのうち忘れてしまった。その半年後に再びその町で偶然に会うまでは。何処かでお会いしましたね、と声を掛けられるまで。一種独特な空気を纏ったその人を見て、私は即座に思い出した。ユーカリの木です、と答える私に彼は、ああ、ユーカリの木の人か、と言って笑った。あの時確か私たちは自己紹介をしたはずだが、いくら思い出そうとしても出てこない。確か彼はアメリカ名を持っていて、そんな風に自己紹介をしていたはずだけど。あれから沢山の木を見て憧れた。200年も経つ大きなセコイアや、とてつもなく大きな柳の木。先日アムステルダムを歩いていたら家の前に木が生えていた。生えていたと言うよりは植えられていたと言うべきかも知れない。何しろ窓と窓の間に行儀よく佇んでいたのだから。ぱっと両腕を広げるようにして。私は木が大好きなだけではない。恐らく木と私は相性がとてもよいのだ。神様が木として生まれるべき私をうっかり人間にしてしまったのではないだろうかと思うほど。引越し先のボローニャの仮住まいに移る私と相棒は、年が明けたらゆっくり家を探すことになるだろう。希望要素は沢山あるが私は思うのだ。木が見える家がいい。窓の直ぐ其処に木がある家、それが私たちの新しい家になるだろう。


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コメント

先日、いつものように いつもの場所を自転車で通り過ぎた
・・・はっとして、自転車をとめてしまった
メイプルの大きな木が真っ赤な真っ赤な葉をつけていて、私を呼んでいるようで
思わず「うわあああ、綺麗」と独り言をいってしまった

幼かった頃には気がつかずいたが 多分 毎年毎年 赤く赤く色ずいた葉を
揺らしていのだろうな

2012/12/16 (Sun) 11:42 | 春風 #jgTtIlIo | URL | 編集

私も木が大好きで、散歩中に話しかけることも多々あります(笑) 
木の無い場所には私は住めない気がします。
今住んでる家の庭にはブルー・スプルースや他の針葉樹が数本あり、とても気に入っています。

yspringmindさんの新居でも、素晴らしい木々とのご縁がありますように!

2012/12/16 (Sun) 21:19 | るみこ #- | URL | 編集

はじめまして。
こちらのブログ3年くらい前から見ていて
はじめてコメします。^^

水を得た魚のように
木が毎日そばにいないと落ちつかない人もいると思っています。

こちら大阪在住。
引っ越しの条件として「家から木が見える」を言うと
たいていの不動産屋さんは「へ〜?」とこちらを夢見がちの人間と
捉えられることが多いです。
いやいや木がそばにないと落ちつかないんですよ。と
言ってもなかなか通じません。(笑)

辛い時どれだけ木の幹に触れる事で
元気をもらえるか。
なぐさめられている感がするか。

うれしいとき、
木の葉のさえずりを聞くだけで
力が湧いてくることか

疲れたとき
林の中に入るだけで
どれだけ重荷がほどけていくか

私事ですが、それだけ「木」は必要不可欠です。

yspringmindさん、いい「木」のそばに
引っ越し先が決まるといいですね。

朝夕の感触がずいぶん変化するかと思われます。^^




2012/12/19 (Wed) 23:38 | (arune) #rL.CWUbc | URL | 編集
Re: タイトルなし

春風さん、こんにちは。返事が遅くなってごめんなさい。赤く色づいたメイプルの葉。私も見てみたいです。赤く色づいたメイプルの木にどのくらいの人が気がついているのでしょう。木の存在ってそんなものなのかもしれませんね。大きいのに目立たない。でも一旦気がつくと案外気になって仕方ない存在にあるものですね。

2012/12/21 (Fri) 20:01 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

るみこさん、こんにちは。返事が遅くなってごめんなさい。るみこさんも木が好きですか。散歩中に話しかけるくらい??? 私はボローニャ市内で庭のある家を持つことは出来そうにありませんが、しかし窓から木が見える、そんな家を探しています。それから家の近くに木の茂る場所があればもっと良いです。木が傍にある、それだけで何かほっとしますよね。

2012/12/21 (Fri) 20:11 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

(arune)さん、はじめまして。随分前からお付き合いいただいていたようですね、有難うございます。私と木は仲がよいのです。互いに惹かれあっていると言うほどではありませんが、気の合う仲間同士みたいな関係です。相性がよい、とも言えるでしょうか。それにしても世間には木の存在をあまり木にしない人も沢山居ますね。だから私が歩いては足を止めて木をしげしげと眺めていると不思議そうにされることもしばしばです。かと思えば私のように木が大好きなんて人も居る。日本では家から木が見える家を望むと変に思われるでしょうか。ボローニャ辺りではそれを望む人は案外多く、多分不動産屋さんに言っても笑われることは無い、と推測します。
これからもお付き合いお願い致します。

2012/12/21 (Fri) 20:26 | yspringmind #- | URL | 編集

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