幸せと感謝

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金曜日には北イタリアで雪が降り出す。しかも山沿い地方ばかりでなくミラノやボローニャの街中でも。雪前線は北からゆっくり降りて来るそうで日中にはミラノやその周辺で、そして今夜辺りからボローニャでも雪が降るのだという。予報が当たるかどうかは別として、しかし何という寒さだ。バスを待っていると凍り付いてしまいそうだ。それに何という空。午後に空を埋め尽くした灰色の雲は、誰かが雪雲と言ったらば頷いてしまいそうなほど寒々しい。テラスにひとつ置き去りにされた大きな鉢うけ皿。数日前の雨が溜まったままになっていたので片付けようと思ったらカチカチに凍りついていた。分厚い氷。一体何時凍りついたのか。凍りついた鉢うけ皿をそのままにして早々に家の中に引っ込んだ。暖かい室内。感謝である。12月に入り人々の装いは完全に冬のものとなり、街の装いもまたクリスマスらしくなった。年々その様子は質素になっていく。私がボローニャに暮らし始めた頃は、質素倹約派のボローニャが何故もこうクリスマスの飾り付けにお金を使うのかと驚くほど、美しい照明が街に溢れかえっていた。人々もまた、日頃は頑ななほどに倹約派な人も驚くほど潔い買い物をする。迷うことがない。これ、これください。そんな感じだった。当時の私は嫌でも素朴な生活が求められていた。クリスマスであろうと、なんであろうと。だからそんな人々の様子に驚きながらウィンドウショッピングを楽しんだものだ。今思えば、それはそれで案外楽しかった。そしてそんなだから仕事に就いて初めて自分へのご褒美を買い求めたときはとても嬉しかった。あれは靴だった。履きやすくて素足にぴたりとくるモカシンシューズだった。高級品ではなかったがよく人に褒められた。履きやすそうね、と。じっくり探して選んだから人に褒められると嬉しくて、えへん、と背筋を伸ばしたものである。そういえば私は昔もそうだった。アメリカの海のある町でようやく仕事に就いた頃。初めの数ヶ月は何しろ生活が大変で、家賃と生活費、それから授業代で殆どが消えていった。だから私が初めて自分にご褒美を買い求めることが出来たのは、仕事に就いてから何ヶ月も経ってからのことだった。緑色のスカーフ。海の風が夏でも強く吹くその町だから、スカーフは一年中重宝するからと、一目で気に入ったそれを購入して街を歩いていると、よく人に声を掛けられた。素敵なスカーフね。ぜんぜん知らない通りすがりの人達。そんな彼女たちが信号待ちや本屋で本を選んでいるとき、カフェでカップチーノを頂きながら手紙を書いているときに褒めてくれた。自分へのご褒美だったからとても嬉しかった。そんなことを思い出しながら、懐かしく思う。貧しい時代というのは案外幸せで心豊かなのかもしれない。小さなことにも喜び、周囲の人の小さな言葉にも感謝する。そういえば父がそうだった。もう何年も前に他界した父。父との思い出は沢山あるが、ひとつ忘れていたことがあった。誕生日の祝いの言葉と共に姉が思い出させてくれた。父が言っていたように、不平不満を言わずに生活することが出来たらどんなによいだろう。小さなことにも感謝しながら、小さな幸せをかみしめながら。


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