そぞろ歩き

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焚き火の匂いがする。何処かで焚き火をしているのだろうか。いいや、あこれは暖炉で薪木を燃やす匂いに違いない。土曜日の昨日は午前中にちょっとした用事を早々に終わらせて、その足で旧市街へ向かった。まるでおもちゃ箱をひっくり返したような騒ぎだった。Strada Maggioreのポルティコの下にも長々とクリスマス市が立ち、人々がそぞろ歩きを楽しみながら今年もそんな時期になったのだと実感する。寒い中、列を作って順番待ちしている人々。それは亡くなったボローニャ市民を酷く悲しませたボローニャ出身の音楽家ルーチョ・ダッラの家を見学希望する人々だ。その横には高くて有名な洋服店。今風に言えばセレクトショップなるこの店は、品物も良いが値段が高くて普段は手が出ない。セールの時期でもないのに3割も引くのは改装工事のために暫く店を閉めるかららしかった。果たして本当に店を閉めるのかは店の人にしか分からないが、しかし市民にとっては悪い話ではない。良いものを安く買えるのだから文句のひとつもつけようがない。そうして広場に出るとクリスマスツリーの横に何やら出店が。行ってみると南チロル地方の出店だった。その地方で作る噛めば噛むほど旨い黒パンや、サラミ、チーズ。その横手には熱々の食べ物をワインと一緒に食せるようになっていて、長い列が出来ていた。どんなものがあるのかと中を覘いてみたら、成る程、良く茹でた白ソーセージや熱々のワイン、そして焼きたてのストゥルーデル。ストゥルーデルとはパイ皮で刻んでよく煮た林檎を包んだ菓子で、南チロル地方、例えばコルティーナ辺りに行くとどの店にもある定番の菓子である。私がコルティーナへ最後に行ったのは今から14年ほど前のことになる。朝食のために入った小さな店でそれを注文すると、妬きたての熱々にしっかり攪拌した濃厚の生クリームが添えられて出てきた。あまりの美味しさに狂喜した、そんなことを覚えている。兎に角列が長いので作っても作っても追いつかない。一切れを注文する客も居れば持ち帰るために丸まるごと注文する人もいる。私は人混みが嫌いだ。それ以上に列に並ぶのも嫌い。そんなことをするくらいなら諦めてしまっても良いくらい嫌いだ。しかし辺りに広がるいい匂いと、オーブンから取り出される菓子からもうもうと立ち上る熱気に誘われて、遂に列に並ぶことになった。前の人が菓子を丸々みっつも購入したために、出来上がりを待たねばならなくなった。でも良いこともあった。待たせてしまったから、と大きく切り分けたそれを皿に載せてくれた。それをもって空いているテーブルに滑り込む。此処は立ち席で、どのテーブルも相席だ。私の目の前には若い男女。茹でたての白ソーセージに辛子をたっぷりつけて食べては熱々の赤ワインを咽喉に流し込む。彼らは私の大きな菓子に目を丸くして大サービスだったね、と笑った。全部食べきれるだろうかと答える私に、大丈夫、ぺろりと食べきるから、と彼らはもう一度笑った。大きな一切れでお腹が一杯になったので、もうひと歩きすることにした。表通りから一本入ると驚くほどの静寂が広がっている。クリスマスの飾りもない。いつものままのボローニャ。何故だかそんな様子にほっと胸をなで下ろしながらふと考える。いつもの生活の有難さ。普通の毎日があるのは良いことだ、と。雪が降りそうな寒さに辟易してガンベリーニへ行った。カッフェを一杯。カウンターに着いて店の人に注文した。それと同時に左横にグレーの霜降りコートを着た洒落た男性が並んだ。一瞬彼は私の顔を見て何か言いたげだったが、私はその視線から目を逸らした。知らない顔だったからだ。彼は店の人にカッフェを注文して、再び私に注目した。それで訊いてみた。私たちは知り合いなのかしら? するとグレーの霜降りコートが言う、ええ、ええ、私はあの革の鞄屋なんですけど。私はやっと思い出して目を逸らし無視を決め込んだ無礼を詫びた。彼は私は一頃よく行った鞄屋の店主だった。コートを着ていつもと雰囲気が違ったために気が付かなかったのだ。それから少し髪も短く、暫く会わぬうちに髪が随分白くなったていたから。私たちは傍から見たら中の良い友人同士に見えただろう。しかし本当のところは年に数回足を運ぶひとりの客と店主だ。ただ、彼が私を覚えているのは、数少ない外国人客だったからだ。私は近いうちに店へ遊びに行くことを約束して別れた。ガンベリーニの店員が、へえ、君たちが知り合いだったとはねえ、と素っ頓狂な表情でそれを見ていた。特別いいこともないが悪いこともなかった土曜日。帰り道に小雨に降られたが、まあ、それも冬だから仕方がない。

家に帰ると友人のご主人からメールが届いていた。夏辺りから様態が思わしくなかった私の友人が昨夜遅くに息を引き取った知らせだった。私は何時か彼女はきっと元気になって、再びいつもの生活を楽しめると信じていた。そうして何時かボローニャに来たらば、私たちは肩を並べてポルティコの下をそぞろ歩いたり、広場に並べられたカフェのテーブル席に着いて長々とお喋りを楽しむ。私はそう信じていた。いつもにこにこと笑みを湛えて他人の気持ちを優先して自己主張することがなかった彼女が、私は生きたい、もっと生きたいとメールに書き連ねていたことを思い出して、我慢していた涙が溢れた。彼女の不在。でも一生の別れではない。多分彼女は私の大好きなお月様になったのだ。暗い夜道を照らして皆を安心させてくれる、美しいお月様。彼女はそういう人だったから。


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2012/12/05 (Wed) 10:41 | # | | 編集
Re: 涙涙

鍵コメさん、初めてのお便り有難うございました。友人の死は今までにない衝撃でした。これを通じて様々なことを学びました。私の人生は学ぶことばかりです。ボローニャに滞在されたことがあるそうですから、ブログの中で一緒に散策できますね。ボローニャは素朴でちっとも特別でない分居心地が良いですね。私を友達のような気がしてと仰って頂けるのは大変な光栄です。また何時かボローニャに来られる日がありましたら、是非声を掛けてください。お茶にお誘いしますから。これからもお付き合いお願いします。

2012/12/05 (Wed) 22:02 | yspringmind #- | URL | 編集

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