イタリアーナ

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日曜日は姑を交えて昼食会を楽しむ日。昔は料理上手の姑が腕を振るって皆を唸らせたが、十何年も前に病気で倒れてから料理が出来なくなった。代わりに私がしましょうと名乗り出たが、外国人の私がボローニャの料理をするなんて、と全然相手にされず、舅が、そして彼が逝ってからは相棒が日曜日の昼食の料理を担当するようになった。相棒は兎も角、彼の両親は典型的なボローニャ人で、生まれ育ってきた過程で食したボローニャ、若しくはエミリア・ロマーニャ料理しか頂かないと言う、実に頑固者だったのである。そういうことを面と向かって言われた当時の若い私は、大層憤慨して暫くぷんぷん怒っていたが、よく考えてみれば昼食会に参加して美味しいものを頂くだけなんてのは案外都合の良い話しなのではないだろうかと思うようになり、頑固に保つこの伝統を今も続けていただいているのである。勿論、美味しい食事を頂くだけ、ではない。食事の後片付けは大変である。姑のところには食器洗浄器が無い。だから山のような鍋や食器やグラスを丁寧に洗ってひとつづつ磨くようにして水滴をふき取る作業は本当に忍耐が必要だ。今日は大変なご馳走だったから、後片付けも驚くべき量であった。姑と相棒はさっさと好きなことをし始める。そんな彼らを横目に、私はうんざりするほど沢山の食器たちと格闘する。見てもいないのにテレビが付けっぱなしだったから、消そうと思ってテレビに近寄ると、映画が始まるところだった。若いソフィア・ローレンが美しく、背後に1970年代初期の音楽が流れていた。La Mortadella (ラ・モルタデッラ)という名の映画だった。映画を見ている暇は無かったが音楽を聞くのもよかろうと思い、消さずにそのままにしておいた。知っている音楽が幾つも流れ、そうか、この映画のために作られた音楽だったのか、などと感心しているうちに話に巻き込まれていった。ニューヨークに暮らす婚約者のところに飛んできた気の強いイタリア女が空港の通関で止められた。大きなモルタデッラを持っていたからだ。モルタデッラとはボローニャ辺りの伝統的なハムで、これを薄く薄く切って口の中に放り込むと、とんでもなく美味しいのである。それまで彼女はモルタデッラ工場で働いていたから、アメリカへと飛び立つ際に親しい同僚たちが餞別としてモルタデッラを持たせたのだ。アメリカにはこんな美味いものは無いよ、とそういったところだろうか。通関の役人がモルタデッラをアメリカに持ち込むことはできないと言う。つまりアメリカに入国したかったらモルタデッラは置いていけ、と言うことである。しかし彼女は頑としてモルタデッラと手放さない。こんな上等なものを置いていけだなんて!と役人に噛み付くばかりの剣幕だ。それで入国できず、空港ロビーに寝泊りすることになる。と、まあそんな話なのだけど、たかだかモルタデッラ、しかしイタリア人にしてみれば母国の美味しいものは何としても自分と一緒に、と言うことなのだ。私の身近にもそんな人が居た。アメリカで少しの間共同生活をしていたブリジットが相棒と私が結婚すると同時にたまたま隣に空いたフラットに移った。そのすぐ後、彼女の母親がイタリアから遊びに来た。1ヶ月も居ただろうか。兎に角そんな長い滞在だったから、彼女はイタリアから様々なものを持ってきた。乾燥ポルチーニ茸、トスカーナの特上オリーブオイル、これまた特上のバルサミコ酢、いつも食べている銘柄の乾燥パスタ、コーヒー、そして大きなパルミッジャーノ・レッジャーノの塊。今でこそチーズが大好きな私はパルミッジャーノ・レッジャーノに目が無いけれど、あの頃はその美味しさを知らなかったから彼女がこんな重いものをスーツケースに忍ばせて持ってきたのが不思議でならなかった。しかもチーズは真空パックされていず紙に包んだだけだったから、スーツケースの中がチーズの匂いで充満して大変な騒ぎだった。それを私たちに説明してくれたブリジットが大きく溜息をつきながら、空港の通関で鞄を空けなさいと言われなくて本当に幸運だったと言った。見つかったらあの大きな塊は通関の役人たちの口の中へと消えていってしまうのだから! と。私は映画に耳を傾けながら、ふとそんなことを思い出していた。あのチーズの塊は毎晩彼女の夕食に出現して、私たちも幾度かご馳走に呼ばれた。そして塊がなくなる頃、彼女の母親はイオニア海に面したトスカーナの町へと帰っていった。久しぶりにブリジットと母親のことを思い出して、そういえば今頃がブリジットの命日であることを思い出した。懐かしくて懐かしくて、涙が幾つも零れた。


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コメント

yspringmindさん、こんにちは。
Mortadella、美味しいですよね。ドイツなのに何故か我が家の近くのマルクトにも常に置いてあります。ピスタチオが入ったもの、パプリカが入ったもの、種類が結構あります。
塩味がきいているので、私はジャガイモや白ご飯と共に食べたりもしますが、イタリアではパンと一緒に前菜として食べるのでしょうか?普通、生野菜と一緒ですかね?

2012/10/15 (Mon) 11:15 | Tsuboi #- | URL | 編集
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2012/10/15 (Mon) 20:10 | # | | 編集
Re: タイトルなし

Tsuboiさん、こんにちは。私は以前、モルタデッラをあまり美味しいと思っていなかったのですよ。何かこう、口の中で持ったりするような感じが好きでなかったのですが、しかし上等なモルタデッラを極薄に切ってもらったのを頂いたら、あら! こんなに美味しいの?と、それ以来好物のひとつとなりました。イタリアでの食べ方は、そうですね、うす切りしたのをそのまま口の中に放り込む、と言うのが主流かと思いますが、大抵は茹でたり炒めたり煮たりした野菜が伴います。パニーノの中にも挟みますが、でも、これがモルタデッラの標準的な食べ方と言うのは多分無いのです。皆好きなように食べる。これがイタリア式でしょうか。

2012/10/16 (Tue) 21:44 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、大丈夫です。私はそういうことはあまり気にしないのです。でも気を使ってくださって、有難うございました。

2012/10/16 (Tue) 21:45 | yspringmind #- | URL | 編集

涙溢れる皿洗い・・・ いいお話を読ませて頂きました。ありがとう!

2012/10/18 (Thu) 19:50 | kotaro #- | URL | 編集

こんにちは。ご無沙汰しています。お元気でしょうか?
その映画、すごく面白そう!聞いたことなかったです。ぜひ今度観てみます!この記事を読みながら、そうそうイタリア人て本当にイタリア料理じゃなきゃだめよね・・なんて思っていましたが、考えてみたら自分も米やら味噌やらスーツケースにたくさん詰めて毎度渡欧しています・・!
面倒だけど、食文化とか味覚が確立しているイタリア人や日本人は幸せだな・・とイギリスに居ると思います。

2012/10/19 (Fri) 10:39 | カナリア #nL6A2.tM | URL | 編集
Re: タイトルなし

kotaroさん、こんにちは。涙が溢れるとお皿をうっかり落としそうになるので他人にはお勧めできません。また遊びに来てくださいね。

2012/10/19 (Fri) 20:17 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

カナリアさん、こんにちは。忙しいですが元気です。この映画、カナリアさんにも一度見ていただきたいと思います。話は実に単純ですが実にイタリア人らしく、そして70年代のアメリカの様子も覗けてなかなか興味深かったです。私も今まで聞いた事すら無かったので、変なタイトルだと胡散臭く思ったのですよ。イタリア人て、と言いながら、あら本当だ、日本人もそうですね。私の周囲にもそんな日本人、居ますよ!しかし、お米とお味噌ですか。なかなか重いスーツケースになりそうですね。

2012/10/19 (Fri) 20:24 | yspringmind #- | URL | 編集

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