夏の名残

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10月になったのにまだ扉が開かない。夏はメロンとスイカを食べさせる店がそれらの収穫期が終わると共に店仕舞いして、扉に大きく書き残した。10月になったら焼き焼き栗屋を始めるという。始める、と言っても初の試みではなく、毎年のことだから誰も驚かない。夏には夏の、秋、冬にはその季節にあった美味しいものを食べさせてくれるその店は、店と言うにはお粗末だけど、かといって屋台と言うわけでもない。ちゃんと骨組みのある建物で、その地続きに小さな庭があって幾つかのテーブル席なども設けられている。交通の激しい道に面したその店の前を帰りのバスで通過するたびに、何時か立ち寄ってみたいと思っていた。例えば焼き栗の季節などに。だから扉に書かれていたその言葉を信じてずっと待っていたが、10月も半ばになるのに一向に扉が開かない。栗が不作なのだろうか。そういえば果物屋の店先にもまだ栗はほんの少ししか並んでいない。昨日、海の向こうに暮らす友達からメールを貰った。この夏、十何年振りかにローマで再会した、私よりずっと年下の、私の小さな妹と呼んでもいいような、そんな友達。アメリカに長く暮らす彼女と会ってイタリアでは得られない新鮮な感覚を分けて貰った。それなのにその後リスボンへと発ってのんびりふらふらする毎日を繰り返し、少し自分らしさを取り戻して帰ってくるとボローニャの日常生活の渦にぐるぐると巻き込まれてしまったから、正直言って彼女と再会したことは少し忘れかけていた。だからメールを受け取ったことで、ぐいっとあの夏に引き戻された感じがした。暑い夏だった。昼間になると探しても探しても日陰が見つからなかった。真上から照りつけるイタリアの日差しに彼女は酷く驚いて、それからぼこぼこと整備されていない石畳の歩きづらさにも驚いて、もう歩けない、どこかカフェに入って休憩しようと何度も嘆いた。アスファルトの整備されたアメリカの都市から来た彼女には、こんな道が存在することすら想像していなかったようだ。疲れきった1日だった筈なのに、彼女はそのことすら楽しかったことのひとつのようにメールに書き、私はそれを嬉しく思った。私にしてもこの暑い季節に日帰りでローマへ行くことを実は随分渋っていたが、しかし随分久しぶりの彼女がローマで会いたいといってくれたことを嬉しく思い、思い切っての遠出だったからだ。ああ、よかった。彼女のメールで欠けていたパズルのひとつがぴたりと埋まったような感じがした。リスボンへ行くと、あの日彼女としたように炎天下を歩き回った。朝晩の涼しさはまるで初秋のようだったが、昼間の太陽は射るように強かった。日陰が見つからない。ならばそんな時間に散策などしなければ良いのだが、しかし実はこの時間帯は大変楽しいのである。店の入り口や民家の窓から漂ってくる焼き魚の匂い。楽しいお喋りが聞こえてきて、目を瞑ると大家族の楽しい食事の様子が目に浮かんだりした。時々小さなお食事処ふうの店に入って、焼きたての魚にありついた。ひとりで店に入っても、誰かしらかが声を掛けてきて、共通語など無いくせに楽しくお喋りをしながら食事をしたのは全くのよい思い出だ。そしてまた歩き出す。ローマよりも更に整備の悪いリスボンの道は、その上坂道ときているから、何時間も歩いた日の晩は足が疲れてならなかった。ぬるま湯に足を浸しながら膝下をさすった。それでもまた翌日になると散策せずにはいられなかった。魅力的な町。少なくとも私には大変魅力のある町だった。ボローニャに帰ってきても私のリスボン熱は冷めず、焼き魚こそありつくことはないにしても、のんびりモードの生活をしていた。その筈だったのに、ボローニャ日常生活の竜巻にすっかり呑まれてしまった。彼女からメールを貰った晩、私はそんなことを考えていた。と、素足に夏の名残を見つけた。足の甲にくっきりと残ったサンダルの日焼け。リスボンで毎日履いた歩きやすい気に入りのサンダルの模様。思いがけず見つけたこの夏の名残に私は小さく微笑した。生活の竜巻から抜け出してのんびりやってみよう。


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コメント

ご無沙汰しました。時々お邪魔させていただいているのですがそれもちょっとだけ。yspringmindさんのブログは飛ばし読みしては味がないので書き込みもままならず失礼しています。

旅で学んだこと、旅で得たものを日常に取り入れようと家を離れているといつも思うのですが日常に巻き込まれてしまうとなかなか難しいのです。それでも部屋の空気を入れ替えるように自分の中にも少しそんな余裕をつくれるといいですよね。

この秋は仕事で身動きが取れない状態ですがそれでも主人と2泊ほどピエモントにいって来ました。
ワイン畑をオーナーと散歩したりたまにはピエモントのどっしりしたお食事もいいものですが1週間もいるものなら自転車であの丘を上り下りするぐらいカロリーを消費しないといけないですね。
他主人の学生時代の同僚がトリノで働いているので彼女にも会いにいったのです。メルカートの混雑、人々のやり取りなど堪能してきました。ここでも栗はまだあまりなかったようです。

スイスにも夏はジェラートを売る人達が秋、冬はマローニを売り始めます。街には滅多にいかないので焼きぐりをまだ買っていないのです。いけばきっとおしゃべりが始まるでしょうからそこから情報が得られるかも。


2012/10/14 (Sun) 10:17 | basilea #V1zXMXvE | URL | 編集
Re: タイトルなし

basileaさん、こんにちは。お仕事が忙しいようですが、これは今の時代幸運というべきかもしれませんね。私も多忙な毎日が続き、雑記帖の更新がなかなか出来ません。雑記帖とはいえ、手抜きの文章は書けません。読んでくださる人に失礼ですからね。だからこれから1ヶ月くらい更新が滞りがちになるかもしれませんが、よろしくお願いします。
ところで素敵な小旅行を楽しまれましたね。私はあの辺りはあまり知らないのですが、ワイン畑を散歩だなんて全く素敵です。私も一度・・・と急に夢が膨らみました。それにしても栗。どうしたのでしょうね。今度旧市街へ行ったらば、私も八百屋さんや焼き栗屋さんに尋ねてみようと思います。

2012/10/14 (Sun) 19:05 | yspringmind #- | URL | 編集

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