ほうずきの朱

Immagine 108 (Small)

旧市街の小さな花屋。魚屋の隣に店らしい構えもないままに、建物の入り口を陣取って存在する花屋。陣取ってはいるが別に嫌な感じは無く、出入りする人達と上手く共有している感じがする。すぐ近くにも別の花屋があるけれど、あちらとは少し趣が違う。ちょっと庶民的というか、ちょっと野菜や魚を買ったついでに花でも買っていこうかと思えるような雰囲気の店。店だけでなく店主の女性も気さくでいい。それで、店先にほうずきを見つけた。別に日本だけにある植物ではないと分かっていながらも、まさかこんな所でこんな風に遭遇するとは夢にも思っていなかったので、思わず、あっ、と声を上げて立ち止まった。ほうずきだ、と確信を持ちながらも見間違えではないだろうかと思い、ほうずきに顔を近づけた。その途端、あの独特なほうずきの匂いがして、私は子供の頃の思い出に引きずり込まれていった。あれは小学校最後の年の夏だった。私は生まれ育った住みなれた町から越してきて3年目を向かえていた。上手くいかないことが沢山あったけど、土地にも風習にも慣れて案外悪くないと思えるようになった年だった。近所に両親の知り合い家族が引っ越してきた。両親の知り合いだが、姉も私も初めて見る人達だった。その家族には私と同じ年の男の子が居て、そんなこともあって私の家族も向こうの家族も急速に親しくなっていった。彼らが引っ越してきたのは霧雨の降る湿った空気が辺りを包む日だった。私はその日の午後、気に入りの袖なしの、水色のワンピースを着て知人家族を訪ねた。母が数年前姉のために作ったワンピースだったが、いつの間にか私のものとなり私の一番の気に入りになっていた。私の手にはほうずきの実。庭に実っていた中で一番朱い奴を摘んできたのだ。指先で実を少しずつ押して柔らかくする。中身がぶよぶよになるまで少しづつ揉むのだ。子供の頃に流行った遊びで、今思えばつまらない遊びに思えるけれど。ほうずきは匂いが強い。指先がほうずき臭くなっていい加減嫌になった頃、うっかり強く押しすぎて実の袋が破けてしまった。あ、大変、と思ったときはもう遅くて、朱色の液体が水色のワンピースを強かに染めていた。私は黙って外に出て、とぼとぼと家路に着いた。歩いて僅か2分ほどのところにある自分の家がとても遠くに感じられた。家に着くなりワンピースを脱いで水で漱いでみたがほうずきの色は落ちそうになかった。母に見せると大層がっかりしたが、私のほうがずっとがっかりしているのを見ると大丈夫、ちゃんと元に戻るから、といった。結局ワンピースは駄目になってしまい、あの日を境に私はほうずきに手を出さなくなった。ほうずきは観賞するだけでいい。朱くて奇麗。顔を近づけて夏の匂いを楽しむだけでいい。子供がそんなことを言うのを周囲の人は子供らしくない、可愛げが無いと言ったが、本当の理由を母は知っていた。私にとってはそれで充分だった。しげしげとほうずきを眺める私に行き交う人達が何か言いたそうだ。それほど珍しいものではないのよ、と。ほうずきは日本の風景によく似合うと昔から思っていたけれど、案外ボローニャの街並みとも相性がよいようだ。


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コメント

いつも楽しく読んでいます。小説のような美しい文章の日記がたまりません。ボローニャ、憧れの地です!

2012/09/22 (Sat) 09:17 | まい #- | URL | 編集

yspringmindさん  
こんばんわ
ホントにそうですね  ほうずきは日本だけにある植物じゃないのに 
欧州で見かけると、私もつい反応してしまいます 笑
週末のPartyで、いろいろなチーズとその間に剥いた朱のほうずきがポンポンと置かれた大きな木皿がでていまして。 果物の一種として摘んで食べる人を見ましたが
ボローニャの街並みとほうずきの相性がいいんですね 
たぶん、風情のある街並だからでしょうね  
下の靴のお話ですが、イタリアに行くと
特に良質な靴を履いている男の方が多いと感じます
まぁ 革の色が素敵だわとか、こっそり観察して楽しんでいるんですよ  

2012/09/23 (Sun) 21:05 | すぷーん #7uUCeykQ | URL | 編集

お久しぶりです!お元気そうでなによりです。
今年は仕事がたてこんでしばらくそちらに行けませんでした。昨年末にご馳走になったお礼をしたい、とずっと思っているのですが・・・年末あるいは来年早々に行けるかしら・・・そのときはまたよろしくお願いしますね。

2012/09/23 (Sun) 22:16 | Orpheus Britanicus #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

まいさん、こんにちは。いつも読んでくださって有難うございます。正しい日本語を忘れないように努力していますが、時々おかしなことになりますので、あれれ、と思うような時は、どうぞ教えてくださいね。それから何時かボローニャに来てください。私が表現するボローニャよりも、本物はもっと味わい深いのですよ。

2012/09/23 (Sun) 22:53 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

すぷーんさん、こんにちは。ほうずきを見ると日本を思い出します。ボローニャの町中で見ても日本を思い出すのですからイメージとは面白いものですね。そういえば、私も見たことがあります、前菜のお皿に置かれているのを。あれ、美味しいのでしょうか。私はやはり、ほうずきを食べるのはちょっと、なのですよ。
イタリアの男性のお洒落は有名ですが、といっても全部が全部でもないようです。しかし確かに洒落た靴をはいている男性、いますね。そんな人を見かけるときは通りすがりに洒落ものだなと心の中でこっそり口笛を吹くのです。

2012/09/23 (Sun) 22:59 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

Orpheus Britanicusさんもお元気なようで安心しました。今年は仕事が忙しいのですね。そろそろボローニャに来る知らせが届くのではないかしらと楽しみにしていたのですが、もう少しお預けですね。どうぞ健康には気をつけてくださいね。そしてまたゆっくりお喋りできる日を楽しみにしています。

2012/09/23 (Sun) 23:05 | yspringmind #- | URL | 編集

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