普通の生活

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昨晩の風は凄かった。今にも嵐がきそうな吹き荒れ様で、実際夜中にはひんやりしたから近くまで雨がやってきているのではないだろうかと僅かながら期待したが、朝起きたら風は単なる熱風に戻っていて少々裏切られた気分が拭えない。今日も快晴。夏休み最後の週末だ。ボローニャ旧市街は思っていたより活気があった。好きな靴屋が開いていたので覘いてみたら、大好きなサンダルが半額で売っていた。あまりサイズが無いかららしい。しかし見れば私のサイズがあった。このスペインのブランドは毎夏似たようななデザインのサンダルを作るが、どれもとても履きやすい。おかげで13年もの付き合いだ。買い物などする予定はなかったが、こんなチャンスはまたとないのだ、まるで運命なのだから仕方ない、と言わんばかりに購入した。良い買い物をした。休暇先から戻ってきた人々が肌の焼け具合を競うかのように白い麻や木綿のシャツを身に纏ってポルティコの下をそぞろ歩く姿は夏の終わりの恒例だ。それからポルティコの下に並べられた、若しくは建物の影にすっぽり納まるように置かれたカフェのテーブル席に着いて他愛ないお喋りを繰り広げる人々。そんな様子を見ると、ああ、ボローニャに戻ってきたのだと実感する。リスボンの町に散りばめられた色はボローニャにはない。あの水色も、あの黄色も、全て思い出の色になってしまった。人はよく、夏休みを終えていつもの生活に戻るのが大変で、と言うけれど私は長いことそんな経験をしていない。20歳の頃以来のことで、大抵は何となくいつもの生活に戻っていく。ごく当たり前のように。今年に限ってはなにやら様子が少し違う。恋をした20歳の頃の夏の終わりとも違う。上手く表現できないが、休暇がとても楽しかったから、つまり私が覚えている以上に私の心や身体に浸透しているらしいのだ。誰に時間を合わすでもなく過ごした15日間だった。元気な時には早起きして、前日の疲れが残っている朝は燕たちが晴れ渡った空をすいすいと飛び回る様子を天窓から眺めながら、何時までもベッドに横たわっていた。初めは全てが探検だったが、すぐに顔馴染みが出来た。それから此処で知り合った人達との交流。リスボンに行くまで何のつながりも無かった人達に何かしら自分に通じるもの、共感できるものを見つけた時の喜びは大きいものだ。それが同年代の女性同士ともあれば尚更なのである。他愛ないお喋りをして、昨日まで存在すら知らなかった人達とは思えないような時間を共に出来たこと、多分それが私の休暇の喜びや楽しみの素だったのだろう。また何時か何処かで会おうと約束した。気持ちの良い人達。私の小さな思い出。存在感のある宝物。大切にしたいと思う。ボローニャの街はまだまだ暑く、しかしその暑さが夏の悪あがきであることを何となく感じる。陽射しの色とか、夕方がやってくる時間とか、影の長さとか。私たちが確実に夏の終わりに向かっているのを感じる。悪い気はしない。夏が終わって爽やかな初秋がやってくる。やってくる季節には何かしらひとつくらいチャームポイントがあるものだ。さて、普通の生活に戻る準備に入るとしようか。


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