風に吹かれる

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私がリスボンで借りたアパートメントはテージョ河とカテドラルに挟まれている。丁度真ん中ではないけれど、しかし過言ではない筈だ。朝晩河から流れてくる涼しい風に吹かれながら、船着場から聞こえる船笛に耳を澄ます。数日前に到着した3本マストの船が晩になるとライトアップされて浮かびあるシルエットを眺める度に、私は安堵のため息をつく。私が此処を発つまで居てくれるとよい、と思う。それからキッチンの窓から見える眺め。朝早くに見る厳粛なカテドラル。夕日に照らされて黄金色に輝くカテドラル。毎日臨むことが出来ることを私は幸せに思う。それから日没後に浮かびあがる街並み。それは魔法のような瞬間で、私に色んなことを教えてくれる風景だ。リスボンにきて色んな人と会った。よく行くパン屋さん、カフェの女性。近所の食堂の老女。ポートワインを飲ませてくれる店。隣に暮らす人達、階下の犬を飼っている住人。地下鉄の切符売り場で丁寧に説明してくれた人。それから一杯飲み屋で一度惣菜を買って持ち帰ったら、店の前を通るたびにおばさんが愛想よく手を振ってくれるようになった。あの時私のポルトガル語が通じたのかどうか今でも疑問であるが、おばさんは酷く私を気に入ってくれたことは確かだった。だから私も手を振り返す。おばさん、こんにちは!と大きな声で挨拶しながら。今朝早く、メールが届いた。大西洋の向こう側に暮らす私の大切な友人のパートナーからだった。彼からメールが来るのは大変妙な話だった。嫌な予感がした。メールはお知らせだった。友人は大変状況が悪く、緊急処置室に入ったそうだ。私は彼女の病気のことを知っていたが、大丈夫、きっと治るからと彼女といつも声を揃えて話していた。それは単なる慰めではなくて、本当に治ると思っていたし、治って欲しいと願っていたからだ。彼女が病院に入った。私はその知らせを送ってくれた礼と伝えて欲しいことを返事に託した。たった数行。思いついて外に出た。家の中に居たら泣いてばかり居るに違いないと思ったからだ。そうだ、風に吹かれに行こう。河を見に行こう。カフェへ行こう。それから教会に入った。いつも前を通り過ぎてしまう教会の扉が大きく開いていたからだ。美しい薄緑色の模様が天井に施されていて今まで見たどれよりも優しかった。一生懸命祈った。こんな時にしか教会に来ない私の祈りを神様は聞いてくれるだろうかと思いながら。教会の外に出ると強い夏の陽射し。しかし日陰に入るた度にひょっとしたら夏が終わろうとしているのではないかと感じる。ほてった肌が冷たい風にさらされて、私は微妙に季節を行ったりきたりする。私の大切な友人が病気と戦う8月。私はリスボンの風に吹かれながら、頑張れ、頑張れとメッセージを送るのだ。


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