リスボンに乾杯

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火曜日。泥棒市の日。早朝ならともかく、リスボン名物、泥棒市の日に28番のトラムに乗るのは殆ど不可能だ。私は自分の寝坊を呪いながら意を決して歩き出した。多分こちらの方へ行けばよい、と地図を片手に。途中で不思議な人にあった。真夏なのに長袖のジャケットにウールの帽子を被って実に不自然なバランスの立ち方だった。へんな奴だ。擦れ違いざまに驚かされたり、妙なことを言われたり、絡まれたりしたらどうしようと思いながら不審な表情で通り過ぎようとした時、分かった。どうやら雑誌か何かの撮影だった。私はそうも知らずに横を通りすぎ、しかも実に不審な表情で。そんな私に睨まれた若い男は良く見ればなかなかのハンサムで、しかし恐れるような表情をしていた。悪いことをしてしまったと思った。その先を行ったところに小さな広場があり、広場を囲むようにして在る幾つかのカフェのテーブル席が賑わっていた。私はそんな楽しそうな様子を横目で眺めながらその先にある坂道を上りだした。この先に何が在るかは分からない。もし見当違いの道ならば戻ってくれば良いだけだ。別に連れが居るでもない。これがひとり散策の強みである。狭い通り。石畳はがたがたで何度もつまずいた。左右に小さな店が連なり、普通の人たちが普通に利用している通りであることが伺えた。何でも屋。コーヒー豆とお茶、強い酒を売る店。パン屋。八百屋。ひとつひとつを眺めながら、なだらかな、しかし長い坂道を上った。そのうち食堂が目立ち始め、昼に向けての準備に忙しい人々の声が聞こえた。なかなか楽しい通りであった。しかし、私は道を間違ってはいないだろうかと思い出した頃、泥棒市に辿り着いた。大変な盛況ぶりで売る人、買う人、警察官でごったがえしていた。暫くみて回ったが何の収穫も無く、私はまた歩き出した。先ほどとほぼ同じ方角の、しかし違う道を選んで。同じ方向を選んだのは途中で昼食を楽しもうと思ったからだ。焼き魚を、今日こそはきっと、と。店は驚くほど沢山あった。出来るだけ地元の人向けの店が良い。そういう店が美味いのだ。しかし気が付いたのだ。この辺りの地元の人は皆家に戻って食事をするのだと。それだから旅行者向けの店しか見つからなかった。それで思い出した。そうだ、アパートメントのすぐ近くの店はどうだろう。いつもその近所で働く人たちで一杯だ。いい店に違いない。そうして行ってみると案の定だった。近くの財務省に勤めるネクタイ姿の人たち、左官屋さんや職人さんで賑わっていた。賑わい過ぎていて一瞬ひるんだが、決めた。中に入ると老女が席に案内してくれた。ポルトガル語しか話せなかった。私は席に付くなり鯵の塩焼きを注文したいと言った。こんなこともあろうかと、ポルトガル語で鯵の塩焼きはなんと言うのかを調べておいたのだ。老女はそれではこんなのはいかが、とメニューを広げた。パンとじゃが芋を茹でたのとサラダと鯵の塩焼き、そしてワインとカッフェが付いて8ユーロ。これはいい、とそれを指差して注文が完了した。ポルトガルの人たちは良く食べる。向こうのネクタイをした人たちは出てくる皿を次々と平らげて、一向に食事が終了しない。その近くにいる左官屋さんたちは鰯の塩焼きをぺろりと平らげて白ワインをぐっと飲み干すと午後の仕事のために出て行った。明日は祝日だから切りの良いところまで仕事をしておかなくては、ということか。私の注文はなかなか出てこなかった。そういえば10年前もそうだった。私の注文を忘れてしまったのではないかと心配になりかけた頃、じゅうじゅうと音を立てた焼き魚が出てきて私を歓喜させたものだ。大丈夫、今日もきっとそんな感じなのだ。とまた周囲を見回す。向こうのほうにいる男女は多分仕事仲間に違いなく、しかし昼からあんなに沢山の赤ワインを飲んで大丈夫だろうかと余計な心配を始めた頃、鯵の塩焼きが出てきた。いい匂いを放って。大きな鯵の塩焼きが二匹。胃袋の小さい私に二匹はどうか、と案じたけれど結果は全てが私の胃袋に収まった。店の奥から様子を伺っていた彼女に完璧な昼食だったとジェスチャーで伝えると、笑みを広げてうんうんと何度も頷いて台所の中に消えていった。私は満足だった。向こうのネクタイをした人たちもようやく食事の終わりが近づいたらしい。食後酒が入った小さなグラスをこちらを向いて掲げたので、私も少し白ワインが残っているグラスを持ち上げて乾杯した。乾杯。美味しい焼き魚に。人間味溢れるリスボンに乾杯。


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コメント

こんにちは。
たいへん恥ずかしいのですが、リスボンというのはポルトガルのどのあたりの町だろうかと地図を調べてみましたら・・・・首都でしたか!
そういえば、ワタクシは地理の成績は良くなかったなぁとがっくり思い出しました。
思い出すといえば、以前ローマに行ったときにスズキだったか、とてもおいしい塩焼きを食べました。あんまりおいしいので(時価だった!)「箸を持ってくればよかった」と、使いにくいフォークで骨から一所懸命身をはずして口に運びながら後悔しました。それ以来、イタリアに行くときはバッグに割り箸持参です(笑)。
お箸はほしくなりませんでしたか?
もう、フォークで自由自在でしょうか。

2012/08/20 (Mon) 03:59 | 大庭綺有 #oSFUNe7U | URL | 編集
Re: タイトルなし

大庭綺有さん、こんにちは。そうなんです、リスボンてポルトガルの首都で、ボローニャに暮らしている私にはとんでもなく大きくて手に負えないって感じなんです。そんなのも2週間も居れば何となく分かるようになるものですが、そういう頃にはまた旅立ちなのです。リスボンを離れがたい、というのが本心ですが仕方ありませんね。ところで魚は面白いことにナイフとフォークのほうが上手に食べられるのですよ。猫も跨いで歩いていくくらい奇麗に!それというのも私は最近お箸を使っていないので、日本人ながらお恥ずかしい次第です。

2012/08/20 (Mon) 18:18 | yspringmind #- | URL | 編集

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