リスボンからの便り

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出発してみれば簡単なことだった。時間が止まってしまっていたように思えた毎日も過去のことだ。私はリスボンに居る。ずっとずっと再訪を望み、10年近く経ってしまってから。私はいつだってそんな風だ。あっという間に年月が経ってしまうのだ。リスボンには気持ちの良い風が吹く、と言ったのはいつものバールのジャンニだった。私がボローニャの暑さに辟易しながら、こんな暑いときにリスボンを訪れるなんて、と我が選択に非難めいたことを言ったところ、いいや、そうでもないんだよ、テージョ河からから流れてくる風がとても気持ちが良くてね、と。ふうん、そうなのか。半信半疑でやってきたところ本当に涼しい風が吹いていた。陽射しは強い、焼けるようだが、風が吹くと剥き出しになった肩が冷えて痛いくらいだった。
旅先での興奮でなかなか寝付けなかったから、寝坊した。と言っても何かの用事があった訳ではない。早起きして人の少ないうちに散策に繰り出そうと考えていただけだ。でも寝坊をしたのは寝付けなかったからだけではない。時計が鳴ったのに起き上がれなかった。階段だ。私が借りているアパートメントはリスボンの街中にある。窓の下をトラムやバスが行き来するような街中。驚くほど幅の広いテージョ河と平行に走る、河から数えて一本内陸側に存在する。リスボンのあちこちに残された年代物の建物のひとつで、1700年代後半に建てられたそうだ。実に私好みである。だからこそ此処を選んだ。そんな年代ものの建物だからエレベーターは無い。無くてもよい、何しろ1700年代の建物だもの。そんなことですら楽しみだった。ところが案外大変なのだ。私が借りたアパートメントは日本で言う6階だから。以前フィレンツェに住む友人が言っていたことを思い出した。彼女のアパートメントもこんな風な年代物で、エレベーターが無かった。いったん外に出たら忘れ物に気がついても戻らない。いったん家に帰ったら、ああ、大蒜を買うのを忘れてしまったと気付いても、迷わず諦める。大蒜くらい無くてもいいさ、と。それを聞いて何を言うかと笑ったものだが、こういうことだったのだなと今頃納得できた。もっとも私は大蒜を忘れたら迷わず店に戻るし、忘れ物に気がついたら意を決して家に戻る。何しろ一生のことではない。たったの16日間なのだから。そうして何度か往復したらすぐにがたが来た。単なる運動不足なのか、それとも年齢的なものだろうか。兎に角そんな訳で体が言うことを聞いてくれず、陽がすっかり高くなってから家を出た。街を歩きながら、随分変わったと実感する。10年の歳月だ、変わって当たり前と言えばそうだけど。昨日飛行機で隣り合わせになったポルトガル女性も、それから空港で拾った年配のタクシーの運転手も、ここ数年の近代化は目を見張るものがあると言っていた。どんどん近代的になっていくけど、自分は古いリスボンが好きだけどね、とタクシーの運転手が言っていた。私も古いリスボンが好きだ。街の中心のモダンさに驚きながら、やっと来た28番のトラムに乗り込んだ。古い車体だった。昔の日本の電車の窓に似ていた。座席が皮製で手すりが美しいカーブを描いた金属でできていた。レトロなんて言い方よりも古臭いと言うほうが似合う。それがこの町らしくてほっとする。小さな、すぐに満員になってしまうトラムだった。カーブの多いこの路線は驚くほど狭い道を通り抜ける。トラムがいて、人がいる。そんな法則でもあるかのように、歩行者は歩調を止めてトラムが過ぎていくのを待つ。開け放った車窓からいい匂いがした。どこかで鰯を焼いているらしい。リスボンにやって来た、と実感した一瞬だった。


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