あの曲

Immagine 412 (Small)


ボローニャは小さな町だ。最近まで中規模都市などと思っていたのに、ローマから帰ってきたら急に小さく感じるようになった。いや、別にそれが悪いというわけではない。ローマは見所が沢山あるが広くて私には手に負えないという感がある。勿論、地下鉄やバスを使えばよいのだが、しかしそれにしても。その点ボローニャはよい。旧市街に限って言うなら充分歩いて回ることが出来る。それから気楽さが良い。肩の力を抜いて自然な自分でいられる感じ。もうひとつ、街のあちらこちらで音楽を聴ける。ローマは旅行者が多いからストリートパフォーマンスなるものが沢山あるだろうと思っていたら、面白いことに遭遇しなかった。先日ローマで会った私の友人たちは路上の音楽家たちに遭遇したがっていたが、ただのひとりとも会えなかった。あの時私は思ったのだ、ボローニャならば探さなくてもすぐに遭遇できるのに、と。夏場ならば日陰のあるところを目指せばよい。ハープやチェロを優雅に抱えるようにして美しい音楽を奏でる人達がいる。それからバンド。ジャズに耳を方抜けながら夕方の風に吹かれるのは本当に素敵だ。そんな素敵な感じを友人たちがローマで味わえなかったのを私は密かにがっかりした。私のせいでないにしろ、音楽を奏でる人たちに会えなかったことで彼らの楽しみが半減してしまったのではないかと。先日ボローニャ旧市街の中心の広場を横断していたら、向こうのほうからギターの音が聞こえてきた。クラシックではない。ジャズでもない。アメリカに居た頃よく聞いた古いロックだった。それは私が暮らしていた町でラジオをつけるとき多くの人が合わせるステーションで繰り返し繰り返しかかっていた曲で、多分あの町の人達の気に入りだった。こんな曲を一体誰が、と思って音楽が聞こえるほうへ行ってみたら年齢は60前後の男性たちだった。イタリア人風ではなかったが、案外長くアメリカに暮らしていたイタリア人かもしれなかった。何しろ歌うでもなく語るでもなく、ギターを弾くだけだったから、誰にもそのところは分からなかった。幅の狭い道は彼らと観客ですぐに一杯になってしまった。それにしてもボローニャでこんな曲を聴けるとは思っていなかった。あのアメリカの町に暮らしていた頃、私は毎日のようにラジオを聴いた。手紙を書きながら、料理をしながら、電話を掛けながら。この曲が毎日必ず掛かって、ああ、またか、と思っていたくせにいつの間にかこの曲が掛かるのを待つようになった。耳が慣れて心地よくなったからか、それとも本当に好きになったのか。それは今でも分からないけど。少しして私は音楽を聴く人々の輪から離れた。しかし歩き出して場所を離れても、耳からあの曲がずっと消えなかった。あの頃私の周囲に居た人々は、この曲をどこかで偶然耳にしたら思い出すだろうか。あの頃の私たちのこと、若くて何をしても何を聞いても楽しくて仕方なかったあの時代を。

人気ブログランキングへ

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する