名残

Immagine 373 (Small)


今日も暑い。40度はあるだろう。昨日との相違点は風がないことだ。風といっても涼しいものではなかったから、むしろありがた迷惑な風だったが、街路樹に茂る葉が微動ひとつしないのも辛いものである。テラスの植物たちが焦げ付きそうなくらいの強い日差し。朝撒いた水は跡形もなく乾いてしまった。私にとって夏休みをとる8月が通り過ぎると一年の半分が終わったと実感する。本当はその前から後半に入っているわけだけど。多分こんなことなのだ。半年頑張ったご褒美にとる夏休みが終わったから、さあまた半年頑張ろう、みたいな。これは私だけに通用する理屈で、周囲のイタリア人たちは違う夏休みの哲学なるものを持っている。大きな夏休みを存分に楽しみために働く、と言うものだ。それは決して悪いことではない。毎日文句を言いながら生活して、折角の休みになっても楽しむ術を知らずにぼんやりと過ごしてしまうよりは、断然ポジティヴな考え方だ。ほんの少し考え方、気持ちの持ち方を変えるだけで楽しい気分で生活できるなら、こんなに良いことはない。特にこんな暑い時期は文句を言い出したらきりがないので、楽しいことを考えながら過ごすのが宜しいと思う。16年前の今頃、私はローマのプラティと呼ばれる界隈に住んでいた。地下鉄を降りて数ブロック行ったところに構える大きな建物で、その中の広いアパートメントを5人で分け合って生活をしていた。ひとりひとりに部屋が割り当てられているがそれ以外は共同だから常に混雑している感があった。ところが7月中旬を迎えると急激に人数が減った。ある人は家族と夏を過ごすために帰省して、ある人は夏の旅行を楽しむために発ち、と残ったのは私ともうひとりだけだった。彼は此処の住人の唯一の男性で、見掛けも性格も良かったために皆から大変好まれていた。何しろ私以外の女性は皆独身だったのである。彼はローマ大学の建築科の学生だった。あなたは何処にも行かないのかという私の問いに、旅行するほど豊かではないし、故郷の家族は海で休暇中だし、住人が少なくなった此処にいるのも悪くない、とか何とか答えた。私のほうはといえば秋には仕事を辞めてボローニャに戻るつもりだったし、そうしたら数週間アメリカへ行く予定もしていたから、夏休みをとるつもりはなかったのだ。ああ、それから猫がいた。無責任にも自分の飼い猫を残して夏休みに出掛けた人が居たからだった。猫はお腹が空くと早朝から鳴いて、時には私たちふたりの部屋のドアを叩いて大いに悩ませてくれた。ある日仕事を終えて帰ってくると沢山の人の声がした。キッチンの方からだった。行ってみると彼の家族だった。海からの帰りだとのことで、皆色よく焼けていた。楽しい休暇だったのだろう、どの顔にも笑みが輝いていた。彼は照れながら、しかし嬉しそうに紹介してくれた。これがお父さん、これがお母さん、それからこれが僕の妹。いい感じの人達で、なるほど彼の性格と外見は此処から生まれたのだなと納得したものだ。ところでその“僕の妹”は大変な美人だった。まだ高校生だった。目鼻立ちがはっきりとした明るい表情の彼女。そして驚くほど美しい髪を持っていた。地中海辺りに暮らす人達特有の、くるくると小さく巻いた豊かな黒髪だった。私は彼女の髪にそっと触りながら、これは天然のカールなのかと聞くと、彼らが暮らす辺りでは全然珍しいものではないのだと言って笑った。それよりも私のようなストレートの髪が珍しいらしく、雨に濡れても真っ直ぐのままなのかと訊く。雨に濡れても真っ直ぐのまま。日本ではこんな髪は普通なのよ、と答えると、ふーん、いいわねえ、と彼女は羨ましそうに眺めるのだった。日本人が珍しかったらしく、もっと話したそうだったけど、あの頃の私のイタリア語ではこの辺りで限界だった。夕食に出掛けるけど一緒に行かないかと誘ってくれたのを家族水入らずでどうぞ、と辞退したのもそんなことが理由だった。実際彼らは気持ちの良い人々だったから、一緒に夕食を楽しめたらどんなに良かっただろうと今の私は思う。今だったらもっと気の利いた話が出来るだろう、今だったらもっと話が弾むだろう、と。あの日も暑かった。でも古い建物が持つ分厚い壁のお陰で家の中は気持ちが良かった。あのアパートメントにいた頃は暑くて眠れないなんて晩は、確か一度だってなかった。ちょっと懐かしい。先週のローマの名残で最近そんなことばかり思い出す。


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