麻のブラウス

Immagine 227 (Small)


思いのほか暑い一日になった。歩いていると背中に流れる一筋の汗。夕方なのにまだまだ強い太陽日差しが路面に反射して眩しい。路面から立ち上がる陽炎がゆらゆらと揺れる。子供の頃ははそんなことでさえ夏の象徴だからと嬉しく思えたが、今は単なる苦痛でしかない。頭上から照りつける太陽、路面からの照り返し。急ぎ足で歩く、じっとしていたら溶けて消えてしまいそうな気がして。旧市街は混み合うでもなく空いている訳でもなく、しかし確実にいつもとは違う雰囲気が漂っている。どうやら多くの人が休暇に入っているらしい。私の知り合いもまた来週から9月まで長期休暇だという。楽しい数週間になりそうな気配が漂うその話は、聞いていて決して気分は悪くない。みんなが存分休暇を楽しんで、9月にすっきりした気持ちで街に帰ってくればよい。今日は土曜日。旧市街へいって白い麻のブラウスを手に入れた。シンプルでなんてことのない白いブラウス。試着したら子供の頃を急に思い出した。母は手先の器用な人で、しばしは服を作ってくれた。例えば姉と私の揃いのワンピース。小さな薔薇の模様の緑色の生地で、親戚の家に遊びに行く為にと作ってくれた。私は小学校6年生になったばかりの姉とふたりで山手線や目蒲線を乗り継いで一年に何度か親戚の家に遊びに行った。私達が揃いの服を着ていたのは、ひょっとしたら目印のようなものだったのかもしれない。互いがはぐれてしまわないようにと。それから母は知人に服を作ってもらうのが好きだった。ミセスという婦人雑誌を講読していた。其の中に気に入ったものを見つけると、知人の家に持っていくのだ。何もない殺風景な畳の部屋で採寸して貰うと、どういう生地を何メートル必要かを紙に書き付けて大きな生地屋さんへ行くのだ。小さな私はどんな時にも同行していた。それは生地選びの後の冷たいデザート菓子が楽しみだったからに違いないが、多分私はそんなプロセスを眺めるのが映画を見たり本を読みながら情景を想像するみたいに楽しかったのだろうと思う。ある夏の日、母は白に目の覚めるような水色の線が縦横に入った爽やかな手触りの生地を持って知人の家に行った。シンプルな夏のワンピースを作りたいと言って。何しろ母の頭の中にしか図案がないので、知人は母に長いことあれこれ質問しながらデザインを描かねばならなかった。あの服が出来上がったときの母の嬉しそうな顔。そしてあの服が何と母に似合ったことか。母は何度も礼を言って知人の家を去った。私達は夏の炎天下の中を歩きながらうんざりするほどの蝉の声を聞いていた。蝉の声の雨と言っても良いほどだった。家に帰ると母は着替えてさっぱりとした麻のブラウスに着替えた。ああ、涼しい。やっぱり麻のブラウスが一番。そんなことを言った。そういえば母は沢山の夏のワンピースを持っていて、それらを代わる代わる身に着けて出掛けたが、帰ってくると決まったように麻のブラウスに着替えて同じようなことを言った。お洒落が好き。だけどやっぱり夏は麻のブラウス。私は店の試着室の中でそんなことを思い出していた。私が買ったブラウスはあの頃の母のブラウスとは似ても似つかないけれど、シャリシャリとした麻の涼しい肌触りはあの頃の母と共有できそうだ。そんなことを思いながら会計を済ませると、店の女性が言うではないか。夏は麻のブラウスが一番涼しい、と。声も出さずに長いこと嬉しそうに笑い続ける私を店の女性が不思議そうに眺めていた。


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コメント

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2012/07/15 (Sun) 11:42 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。前のメールは全然見ていないのです。しかも自分のメールアカウントにはいれない! ということでエキサイトからFC2に引っ越してきたわけなのですよ。申し訳ないですがブログの右側に記載されているアドレスに送りなおして頂けないでしょうか。ごめんなさい。

2012/07/15 (Sun) 11:54 | yspringmind #- | URL | 編集

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