偶然が生む偶然

Immagine 144 (Small)


昨日の散策には続きがある。正確にはもうひとつ面白いことがあったというべきか。知り合ったばかりの彼女と近いうちに連絡を取り合う約束をして別れた後、彼女の薦めどおり私は真っ直ぐその通りを歩いた。この道の反対側半分しか歩いたことが無かったから、残り半分は未知で見るものすべてが新鮮に見えた。もっともそれは他の人にしてみれば何てことの無い風景に過ぎないのかもしれないけれど。古い外壁の隙間に生えた雑草を観察したり、天井の低いポルティコを眺めてみたり。そのうち私は頑丈そうな古い屋敷を見つけた。道に面した真ん中に、深緑色の両開きの扉があった。それは古い分厚い木製の扉だった。左の扉には人間がひとり通り抜けられる為にくり抜いた小さな扉が備えつけられていて、その小さな扉には美しい模様が施されていた。由緒ある屋敷に違いなかった。美しい小さな扉にレンズを向けようと思ったところで大きな扉が開き始めた。中から誰かが出てくるのかもしれない、と思って扉の前から退いてみたら、私の背後にぴかぴかに磨かれた黒い車が中に入るために待機していたのだった。この屋敷の人らしかった。他所様の家の扉をレンズに収めようとしていたことで家主が気分を害したのではないかと思った私は、何も無かったように前から退いて歩き始めた。と、扉の横に建物の説明が書かれているのに気が付いた。Palazzo Bianconcini (ビアンコンチーニ家の館)と書かれていた。1774年に建てられた屋敷とのことであった。すると車の中から声がした。お嬢さん、興味があるなら中を見学しませんか。開いた車窓の向こう側にはぱりっとしたスーツ姿の男性がいた。大変古いフレスコ画があるという。しかし、と躊躇していると、遠慮することはないという。それで好意に甘えて屋敷の中に入ることにした。扉の向こうにはもうひとつ鉄柵の門があって、その向こうに中庭が続いていた。そしてそれを取り囲むように幾つもの窓が並んでいた。声の主は口髭を蓄えた初老の紳士だった。この屋敷は随分前にBianconcini家によって売り出されたのだそうだ。今は数人でこの屋敷を分け合って暮らしているという。初老の紳士が尋ねた。何故私がこの屋敷の前に立ち止まっていたのか。古いものが好きなこと、外の緑色の扉が美しかったこと。私がアンティークを好きなこと、ボローニャの歴史に関心があること。手短に説明すると、うん、うんと頷きながら、右手の扉を開けた。この階段を上まで上ってごらん、フレスコ画が昔のまま残っているから、と言った。そして自分は家に戻って食事をするのでお付き合いできないがと前置きして、どのようにして外に出るのかを説明するとさっさと向こうに行ってしまった。私は幸運を噛み締めていた。石造りの階段を上っていくと確かに古いフレスコ画があった。それはあまり手入れのされているものではなかったが、私はそれが嬉しかった。昔のままのフレスコ画。私はそう呟きながら幾度も壁を撫でた。近代的な建物のようにすべすべしていない、ぬくもりすら感じるでこぼこの壁だった。石造りの階段に腰を下ろした。200年前の人々は誰も階段に腰など下ろさなかったに違いない、と思いながら。人との出会いとは不思議なものだ。私があのイタリア人女性に出会っていなければ、この道を歩くことも無かっただろう。そしてこの屋敷の中に招き入れて貰うことも一生無かったに違いないのだ。偶然が生む偶然。人間関係は時としてとんでもなく鬱陶しくて独りぼっちになりたいと思うこともあるけれど、生きていく上で人間との付き合いは避けて通れないものなのだ。そうだ、良いときもあり悪いときもある。それが人生なのかもしれない。私は天井に描かれたフレスコ画を眺めながら、そんなことを考えた。10分ほど見学して、此処の住人たちが驚かないうちにと靴音を立てずに階段を下りて外に出た。この屋敷から小さな東洋人が出てきたことを通行人たちが怪訝そうに見ていた。それで素晴らしいフレスコ画でした、と述べると納得したような表情で再び歩き始めた。当分この界隈は私の一番のお気に入りになりそうだ。


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コメント

こんにちは。
私のPC画面に映った写真は、影が濃く、全体に暗闇の中に窓の光が映っているようでしたが、PCの画像処理を使ってみると、天井が驚くくらいの配色なのですね。
左の天井の真ん中には、何やら人物が描かれているようですね。
私のPCの性能がもっと優秀なら、もっとはっきりと見えたのに、残念です。
でも、偶然の出会い、とても羨ましいです。

2012/05/28 (Mon) 10:06 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via Valdossolaさん、こんにちは。写真の影が濃いのは決してVia ValdossolaさんのPCのせいではありません。それは私の写真の腕の悪さが原因なのです。しかも私が写真を修正処理すればよいのに、妙なことに私はこの濃い影に浮かぶ窓の様子が気に入ったものですから・・・。しかしそうですよね。フレスコ画のことを書いたのだからフレスコ画を見せなくてはねえ。
偶然の出会いは偶然やってくるものです。そんな幸運に恵まれたことを私は心から感謝しているのです。

2012/05/28 (Mon) 22:02 | yspringmind #- | URL | 編集

いえいえ。
写真の件はお気になさらないでください。
実は私も、この光る窓を見て、語学学校のCultura Italianaの入っているPalazzoに初めて足を踏み入れた時の気持ちを思い出していたのですから。
この窓はそれだけで、素敵な写真です。
文章と写真を一致させようなんて、yspringmindさんらしくないと思います(そう思うのは私だけかな?)。

2012/05/29 (Tue) 03:54 | Via Valdossola #P6wRKz4w | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via Valdossolaさん、多分ですね、私はフラッシュを一切使わない主義なので室内の、例えばこんな場所で撮るとこんな感じになるわけですよ。それから多分、私がこんなタイプの写真が好きだから、こんな風に取れるのかもしれませんね。ところでそろそろボローニャに戻って来たいと思っていませんか。

2012/05/30 (Wed) 22:09 | yspringmind #- | URL | 編集

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