平凡な生活

Immagine 150 (Small)


肌寒い土曜日の朝。先に起きた相棒が、雨が少し降っていると一言残して土曜日だというのに仕事に出掛けた。その途端、深い眠りに落ちていった。次に目が覚めたのは平日の起床時間から数えると3時間もあとのことだった。そうして窓の外を覗いてみると雨は随分前に上がったらしく、しかし冷え込んでいるらしく道行く人々はしっかりとジャケットやスカーフで身を包んでいた。いつも土曜日の朝は時間を掛けて朝食を楽しむが、一刻も早く外に出たくて沸かしたカッフェを一気に飲み干すなり家を出た。約束があったわけではなかった。ただ、外の空気を吸って歩きたかった。旧市街は小雨が降っていた。トレンチコートを着る女性が横を通り過ぎた。急に自分が薄着のような気がして肩をつぼめた。5月に入ってからボローニャではT-DAYSというものが始まった。環境保護のために土、日曜日は旧市街の一部を通行止めにするというものだ。バスがいつものバス停を通らなかったりでなかなか大変なのだけど、しかし車が通らぬ旧市街の道の真ん中を堂々と歩けるというのは何という開放感なのだろう。そう思いながらも気が付くとポルティコの下の歩道を歩いているのだから、習慣というのは面白いものだ。そうしてはまた道の真ん中を歩き、知らぬ間にポルティコの下を歩くのだった。今日はいつもと違う道をあても無く歩いた。単なる気まぐれだった。其処にあっさりとした店構えがあった。小さな店だった。中を覗くと力のありそうな男性がタリアテッレを作るために面を打っていた。長い棒で丁寧に薄く薄く延ばしていく姿が、元気な頃の姑の姿とダブった。そのうち奥から元気そうな女性が出てきて、彼女がパスタを捏ね始めた。昔姑が1kgの小麦粉に10個の卵黄を加えて捏ねていたがこの店もまた同様らしく、黄色い黄色いパスタだった。私は暫く見惚れていたが、よく見ると店内には先客がいた。どうやら店の人と知り合いらしかった。自分も話しに加わりたいのをぐっとこらえて外から観察した。店のガラス窓にはトラットリアの作業場と書かれていた。成る程、此処でパスタを作ってトラットリアで料理するらしい。さてしかし、トラットリアは何処にあるのだろう。すると中から先客が出てきたので、思い切って中に入って質問した。この100m先の右手に店があると教えてくれた。試してみなくちゃ。礼を言って外に出ると先ほどの先客のひとりがいた。どうやら私を待っていたらしい。ボローニャ辺りでは珍しいくらいの大変オープンなイタリア人女性で、見ず知らずの私に次から次へと話しかける。私はこんな女性が大好き。仲良くなれる良い予感がした。私たちは暫く立ち話をして、一緒に100m先の店に行った。彼女はこの辺りのことをよく知っていて、この店もまた顔見知りだった。だからこの店の女主人を紹介してくれるとのことであったが残念ながら彼女は留守だった。それにしてもいい匂い。まだ此処で食事をしていない私でも、どんなに美味しいか手をとるように判るようないい匂いだった。此処であの薄く薄く延ばしたタリアテッレを頂けるのか、と思いながら店内を見回す。壁には小さな額縁が壁一面に飾られていて、沢山の思い出が詰まっている、そんな印象を受けた。私はここで昼食をと思っていたが、改めて来ることにした。相棒を連れてこようと思ったのだ。彼の母親が元気だった頃、土曜日の午後にはしばしばタリアテッレを作るべく粉を捏ねていた。日曜日の家族揃っての昼食に美味しいのを作りましょう、と。その横で舅が手伝いをしながら、自分の妻の腕が良いことを無言で自慢しているように見えた。姑が病気になってからもう14年が経つ。その間、誰もが彼女のタリアテッレを懐かしんでいた。幾度か私が粉を捏ねてパスタを作ったが直ぐに辞めた。あれは大変な作業なのだ。粉を捏ねて棒で延ばす。単純な作業に聞こえるけれど、私はこれをする度に丸5日間酷い筋肉痛になって熱まで出した。この店のタリアテッレに相棒はきっと感激するだろう。私は店の人と、それから知り合ったばかりのイタリア人女性と別れた。人生って面白い。別れもある。しかしその向こう側では人間が小さな繋がりを持って広がっていくのだ。深呼吸をした。山のように空気は美味しくないけれど、ボローニャには人間が暮らしている匂いがする。ごく普通の平凡な生活。でも気持ち次第でどんどん楽しくなる。温かい陽が差し始めた。


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