プロセッコとパニーノ

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もう何年も前のこととはいえ、5年間、毎日フィレンツェに通い、昼休みや仕事の後に歩いて回ったのでボローニャに住んでいるにしては案外この街の事をよく知っている、仕事を辞めた今だって。そう私は思っていたがそろそろ記憶が薄れつつあるようだ。橋を渡りシニョーリア広場を横断して人のいない路地から路地へと私の好きなあの店を目指して渡り歩いているうちに何が何だか分からなくなってしまった。随分通った店なのに、店のある道の名前すら出てこない。人に尋ねることも出来ず、確かサン・ロレンツォの辺りだったという自分の記憶を信じながら彷徨い歩いた。確かあのごちゃごちゃした辺りで食料品市場の並びで、店の前から教会の屋根が見えて・・・。もうお腹がぺこぺこで何処でもいいから店に入ってしまおうと思い始めた時、左手に店の外にまで人がはみ出して、人々がワイングラスを片手にお喋りしている様子が目に飛び込んできた。ここだ。私がよく通った店とはこの店だった。Casa del Vino、つまりワインの家という名の店であった。昼も2時を回っているのに大変な賑わいだった。テーブル席は奥にひとつしかない。そのテーブルの横に小さな木製ベンチみたいなものがひとつあって、後は立ったままの飲食だ。この店のワインは勿論だけど店の奥で奥さんが注文に応じて作ってくれるパニーノが好きだ。店の主人はジャンニ。彼はワインと勘定専門。そして奥さんのプリシラがパニーノを用意する。だから彼にパニーノを注文しても受け付けてくれないし、彼女にワインを頼んでもグラスひとつ出てこない。私が初めてこの店に入ったのは、ほんの偶然だった。フィレンツェに通い始めて4年目だった。昼休みにぶらついていたところ、妙に繁盛している店があった。店の外にまで人が溢れていた。こういう店は美味しいと決まっている。それで入ってみたら、この近所の常連ばかりで楽しい会話が飛び交っていた。見るからに新参者の私にそのうちの一人がカウンターのスペースを作ってくれた。私は彼と同じプロセッコと、そして隣で注文したパニーノを受け取った人のと同じのを、と注文した。そのパニーノは生のソーセージの中身にストラッキーノというクリーム状チーズを和えたものをパンに塗って、よく寝かせたバルサミコ酢をその上に垂らし、上からまたパンで塞いだものである。生のソーセージを食する習慣のない私には少々勇気が要る注文だった。しかし注文したときに店の奥さんが良い選択だと褒めてくれたので期待が膨らんだものである。そして彼女からパニーノを受け取ってかぶりついたときの驚きといったら、今でも忘れない。思わず唸ってしまった。うーん、美味しい、こんなの初めて。すると店の夫婦も周囲の常連らし人達もぱっと顔を明るくして、うん、そうなんだよ、と歓声を上げた。私はそれから常連の一人になり様々なワインとパニーノを試した。ワインはどれも美味しかった。パニーノにしても。でもあの生のソーセージにストラッキーノ、そしてバルサミコ酢のコンビネーションはどれよりも美味しくて何度食べても飽きることが無かった。話が長くなったが、私が目指していたのはこのパニーノだった。フィレンツェに来たんだもの、これを食べない理由は無い。店に入るとあの日のように混みあっていた。兎に角暑かったので冷えたプロセッコとあのパニーノを注文した。よく考えてみたら、あの日と同じ注文だった。常連たちが木製ベンチのひとり分を空けてくれた。私は礼を言って腰を下ろすといきなりパニーノにかぶりついた。美味しい。やっぱり美味しい。私のかぶりつき方は豪快だったのだろうか、気がついたら常連たちが驚いて私に注目していた。私は照れ隠しに飛び切りの笑顔を作り、信じられないくらい美味しい、と感想を述べた。すると奥のほうから声がした。そうよ、今日のは特別美味しいのよ。店の奥さんの声だった。私は、ワイングラスをひょいと上げて奥さんに乾杯した。この店は何時だってこんな風だ。私のことなんて覚えている筈もない店の人達も、顔見知りでもない常連たちも、まるで長年の知り合いのように話をする。やはりこの店が好きだ。また来よう。私は勘定を済ませながらまた来ることを約束した。店を出ると教会の屋根が見えた。私が記憶していたそっくりそのままの風景であった。多分これだけは何年経っても変わらない、変化することのないフィレンツェの風景。


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コメント

冷えたプロセッコと飛び切りのパニーノ そこに  
お店を取り囲むいい感じの人達がいて。。  
私はどうもフィレンッエは少し苦手で、ボロ-ニャやヴェローナでのようないい思い出がないのですが 
こんな場所があれば別でしょうね  ご一緒に愉しませて頂いています

2012/05/02 (Wed) 22:54 | スプーン #EQkw1b1A | URL | 編集
プロセッコ

お久しぶりです。
先月次女が結婚しまして・・・・
日本と違ってなんか手作りの彼等好みのウエディングでした。
飲み物は全部こちらで用意すると言う事で・・・・
シャンパンやスパークリングワイン、ワイン私達が用意したんですが・・・
そのうちのひとつがプロセッコだった気がします。
いつかこちらで見かけたウエディングドレスを見て娘のドレスを作れたらなと思ったのを思い出します。
日本から姉と弟が来てくれて、弟が、「こういう結婚式もありかな?」と言ったのが印象的でした。(笑)

2012/05/04 (Fri) 11:49 | マコ #- | URL | 編集

そのパニーノ食べてみたいっっ

ボローニャ三昧の旅をしようと計画していたのに、フィレンツェにも足を運ぼうかなと迷いだしまして、、、yspringmindさんの記事を読んで。

ああ、困った。

2012/05/04 (Fri) 14:27 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集

変わる事のない・・・
あれから数年 思い出となってしまったフィンレツェ
冷たいプロセッコですか~
こちらの酒屋で探してみようかな

2012/05/05 (Sat) 08:03 | 春風 #jgTtIlIo | URL | 編集
Re: タイトルなし

スプーンさん、こんにちは。美味しいものと感じの良い人達があれば店は繁盛しますね。この店、狭くてちっとも洒落ていないし、店の主人も奥さんも普段着だけど何時来ても満員です。不景気で入れ替わる店が多いけど、此処だけは不景気の風が届かないように見えました。フィレンツェが観光の街で少々苦手と言う人は案外多いのですが、此処にきたら考えが変わりますよ。一度試してくださいね。

2012/05/05 (Sat) 18:29 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: プロセッコ

マコさん、お嬢さんが結婚されたそうでおめでとうございます。手作りの彼等好みのウエディング・・・楽しそうですね。弟さんがこういう結婚式もありかな?と言ったそうですが、そうですね、何でもありですよね。自分の結婚を思い出してみても、日本だったらちょっと考えられないスタイルでした。
ワイナリー巡りが好きなマコさんですから飲み物調達係はぴったりでしたね。プロセッコは華やかな感じがして皆で一緒に楽しく過ごすのに最適ですね。でも、こんな小さな店の中でひとりの簡単な昼食にもプロセッコが合います。華やかな気分になって周囲の人達とお喋りも弾みます。

2012/05/05 (Sat) 18:36 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

micioさん、こんにちは。ボローニャ三昧したついでに一番早い列車で僅か30分で行けるフィレンツェにもどうぞ。旅行者目当ての店も多いけど、こんな地元人向けの店もあります。プロセッコとパニーノで6,50ユーロ。ボローニャにはありそうでない店です。お楽しみに。

2012/05/05 (Sat) 18:40 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

春風さん、こんにちは。フィレンツエの街中は店の入れ替わりがあったりで多少変化しましたが、界隈によっては全然変わりません。そんな場所を見つけるたびに胸をほっと撫で下ろしました。冷たいプロセッコをまだ陽の高い時間に頂くと、良い季節になったのだと実感します。家では時々明るい夕方にテラスでの食前酒を楽しみますが、そんな時はプロセッコが良く合います。春風さんのお宅でもお試しください。

2012/05/05 (Sat) 18:44 | yspringmind #- | URL | 編集

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