川の向こう側

Immagine 168 (Small)


川の向こう側もフィレンツェは、川のこちら側とは雰囲気が違う。こちら側とは駅や大聖堂のある側で、向こう側とは丘のあるほうだ。その向こう側だけれど、丘まで行かないにしてもアルノ川を越えると人が生活している空気が漂っていてほっとする。勿論ヴェッキオ橋を渡ってもピッティ宮殿辺りまでは驚くほど旅行者で賑わっているにしても、そこを外れると、静かで人混みが苦手な私は救われたような気がするのだ。時々出くわす小さな広場にはバールやオステリアのテーブル席が設けられていて人々で賑わっているものの、何か素朴でほのぼのしていて悪い感じはしない。この辺りまで来るとボローニャとは似ても似つかないフィレンツェなのに、自分の居場所を見つけたような気分になる。そしてフィレンツェに来てよかったと思うのだ。フィレンツェの旧市街はボローニャのそれよりもはるかに広い。散策は基本的に自分の足を使うと決めているが、それもボローニャ程度の広さくらいまでが良いようだ。かといって乗り物に乗ってしまったら小さなあれこれに気がつくことが出来ないので、やはり歩きが宜しい。フィレンツェの色。ボローニャの何処を探しても見つからぬ街のあれこれ。私は強い日差しの中を歩きながら、何度かフィレンツェに足を運ばねばならぬと考えた。例えばこの川の向こう側だけでも3度は来なくてはなるまい。というのも私は5年間この町に通っていたと言っても行動範囲は川のこちら側ばかりだったから、反対側は私にとって未知の世界だったからである。よく知人たちが話していた教会の名前は何と言っただろうか。彼女たちが噂していたあの小さな店はどの辺りにあったのだろう。一度知人に連れて行ってもらった界隈はどちらの方向だっただろうか。私は様々な記憶を辿りながら、頭の中の地図を指でなぞりながら、ぽつりぽつりと歩いた。歩いては足を止め、また歩いた。小道に入ると小さな広場があり、その左手にまた小道があった。まるで迷路のようだった。あのプードル犬を溺愛していた彼女のことをまた思い出した。彼女はフィレンツェが大好きだといつも言っていた。この街に暮らす人でそれほどフィレンツェを好きだと公言する人はあまり見たことが無かったので印象的だった。そんな彼女はフィレンツェの旧市街を愛し、確かこの辺りに暮らしていた筈だった。そして日本に帰ってしまった彼女。時にはフィレンツェを恋しく思うことはあるのだろうか。あんなに好きだったフィレンツェからよくも離れることが出来たものだと帰国の話を聞いたときに思ったものだけど。別に何かの事情があったわけでもなく、彼女なりに決心してあっさり帰ってしまった。此処の暮らしが長くなって、もう充分と思ったのだろうか。私はただ、彼女が後悔していないことを望むのみだ。別に彼女と仲良しだったわけでもないのに、何故か彼女のことを次から次へと思い出す。それだけ彼女は印象的な人だったのだろう、私にとって。さあ、そろそろ昼食にしよう。やっぱりあの店がいいだろう。うん、あの店だ。この数年、店の入れ替えが激しいフィレンツェなので果たして今でも存在するのか少々疑問であるが、折角フィレンツェに来たのだから。未知の界隈の路地たちにまた遊びに来る約束をして、私は川を渡った。


人気ブログランキングへ

コメント

以前、男性的な街が好きということを書いた気がするのですが(そしてボローニャはyspringmindさんの写真や文章を見て男性的な感じがするのですが)、フィレンツェは訪れた印象では女性的かなと思いました。
だからといって好きではないというわけではないです。
女性特有の優しさと華やかさを持った街という感じで。

2012/05/01 (Tue) 08:55 | micio #O/XG6wUc | URL | 編集
Re: タイトルなし

micioさん、こんにちは。私の印象も同じです。ボローニャは頑固親父のような、それとも骨太親父のような町、そしてフィレンツェはひらひらと花びらが舞うような華やかさを持つ女性のような町。どちらが好きかというもの大は考えたことがありませんがボローニャは生活しやすい町、フィレンツェは何度散策しても飽きない町です。世界中の人がフィレンツェを訪れるのも納得なのです。しかし旅行者が多いですね。ボローニャに暮らす私には目が回るような混雑でした。

2012/05/02 (Wed) 22:26 | yspringmind #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する