脱出願望

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天気が良い。しかし外気は冬の終わりのように冷たい。折角の休みなのでどこか遠出をしようと思っていたが残念ながら居残り。私が一年のうちにボローニャに居る日数は驚くほど多い。其れを私が嬉しいと思うか思わないかは別として、自分でも驚くほどボローニャばかりに居るのは本当だ。本当ならばとっくの昔に此処から居なくなっていても可笑しくないのに。私は時々自分の気が長いことに感嘆したりもするのである。ボローニャに来てもうじき丸17年が経つ。その間に何度か此処を飛び出してしまおうと思った。此処は今からは想像も出来ないほど閉鎖的だった。英語を話す人なんて殆どいなかった。イタリア語が分からない自分に非があるといえばそうだけど、私は地の果てに来てしまったような心細さで一杯だった。そんな時、私はいつも思うのだ。私などよりもずっと前にボローニャに住み始めた人達は一体どんな気持ちだったのだろう。それでも住み続けていると言うことは、こんなことで心細くなる自分が弱すぎるのかもしれない、と。当時私の心を支えてくれたのは私の相棒ではなかった。相棒は自分の町に帰ってきて水を得た魚のようだったから、彼がアメリカに住み始めた頃の寂しさや不安などはすっかり忘れてしまっていた。私を支えてくれたのは日本やアメリカに暮らす家族や友達だった。国際電話の高い時代でメールなども無かったから、手紙を書いて投函すると返事が来るのを首を長くして待った。そんな時代があった。今は外国語を自ら望んで学ぶ人が驚くほど多い。英語にしても日本語にしても。私は其れを嬉しく思う。そうしてもっと外国人が住みやすくなれば良いと思う。もしあの頃、そんな風習であったなら私のこの町でのスタートも随分違っただろうと思うけど、気苦労も少なく楽しい生活だっただろうと思うけど、其れもこれも全て過去のことになった。過ぎてしまえばどんなこともセピア色の懐かしい写真と化する。それで良いのだと思う。こんなことを考えているのはこの3連休を棒に振ってしまったからだ。どこか遠くに行きたかった。そんなことから始まったことだ。ボローニャは美しい。其れはローマやフィレンツェのような美しさではなく、素朴で地味な美しさだ。居心地も良い。住み慣れた今はそんな風に思えるようになった。しかし私は時々ボローニャから脱出しないと駄目なのだ。脱出願望と言う奴だ。どこか遠くへ行かなくては。8月のリスボンまで4ヶ月。其れまで我慢できるだろうか。実に疑問である。ちょっと休みを取って久しぶりに飛行機に乗って何処かへ飛んできたくて堪らない今日なのである。


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