あの日

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昨年の今頃、私は有頂天になっていた。それは私が随分先とはいえ半年先の夏の休暇にやっと日本へ帰るための航空券の予約を2日前に終えたからだった。私が日本を飛び出したのはもう20年前のことになるが、その間にどれほど帰省したかと言えば、片手の指の数ほども無かった。それは私が日本と家族を嫌っていたからではなくて、私と、私の家族と、イタリアの家族の事情が上手くかみ合わなかったからとしか言いようが無い。それにしても随分の年月が経っていて、私は随分前から日本が恋しくてならなかった。だから有頂天になっていたという言葉がまったくちょうど良い感じであった。朝職場に近所の会社の夫婦者が慌てふためいて飛び込んできた。あなたたちの家族は大丈夫なのか、と。つい先程テレビで報道されたらしい日本のことを知らなかった私は、恐らく地震のことに違いない、少々の地震ならば日本は大丈夫、何しろ耐震対策がなされているのだから、と言ってそれきり忘れてしまった。ところがそれは単なる始まりでしかなかった。次々と飛び込んでくる報道。昼を過ぎる頃、恐ろしい津波に町が飲み込まれてしまったことを知った。その恐ろしさは見なければ分からないのかもしれないが、むやみに大騒ぎするのが嫌だったからネットの画像は見なかった。ことの大変さが分かり始めた私は、ひどい罪悪感に似たものに苛まれていた。自分が日本に居ないために遠くからしか見守れないことや、母国がこんなことになっているのにいつも通りの毎日を送ること。それは恐らく国外に居た誰もが感じたことに違いないけれど。私はこの震災が自分が長く母国を留守にしていたことや家族に会っていなかったことへの大きな罰のように思えてならなかった。その日を境に私は少し変わったと思う。何がどうとは具体的にいえないけれど、例えば生活の中で起こる小さな苛立ちや不都合が気にならなくなった。こんなことくらいどうってこと無い。そんな風に思うようになった。そんな小さなことでがたがたしない。私はそんなことを学んだのではないかと思う。あれから1年が経つ。冷たい風が吹くボローニャで、今まで思ってもいなかった私と母国の強いつながりを感じ、遠い海の向こうに思いを馳せるのだ。


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コメント

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2012/03/16 (Fri) 12:21 | # | | 編集
Re: タイトルなし

鍵コメさん、こんにちは。多分沢山の人がそんな気持ちになったのではないかと思います。震災を通じて私たちが学んだことのひとつでしょう。
短期間しか居ないとの事ですが帰ってしまう前に一度くらいは会えたらいいですね。声を掛けてください。

2012/03/17 (Sat) 18:16 | yspringmind #- | URL | 編集

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