謝肉祭

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金曜日の夕方、ボローニャ旧市街をぶらついている時に見つけた。私の気に入りのパンと菓子の店ATTIのショウウィンドウに並んでいたこの時期限定の菓子たち。見つけたと言ってももっと前から並んでいたかもしれないけれど、少なくともこの日の夕方までちっとも気がつかなかったのだ。この時期限定のとは、つまりカルニヴァーレに纏わるものだ。私はイタリアに来るまでカルニヴァーレについてまったく何も知らなかったと今の今まで思っていたが、よく考えてみれば私はそれを謝肉祭という言葉で子供の頃から知っていた。そうだ、よく思い出してみれば私が持っていた謝肉祭とか何とか題名のついた楽譜の上にはゴンドラに乗った仮装の人々が描かれていて、あれはヴェネツィアのカルニヴァーレの様子を描いたものだったのだ。しかし私はまだほんの子供だったからイタリアの存在すら知らず、それがゴンドラであることもヴェネツィアのカルニヴァーレが有名であることも知らなかった。あの楽譜はどうしただろうか。母が誰かに譲ってしまったのかもしれない。今でもどこかにしまわれている可能性は大変少ない。何しろ私が思春期から大人になるまでを過ごした家を何年も前に処分してしまったから。様々な物が知らない人達の手に渡ってしまっても仕方の無いことなのだ。私は謝肉祭が何であるか知らなかったが、そのくせ謝肉祭という音がとても好きだった。何か魅惑的な響き。自分の日常生活からかけ離れた世界。そんな風に思っていた。さて、ATTIの菓子である。店先に並んでいるのを見て急に欲しくなった。カルニヴァーレの菓子と一言で言っても何種類かある。粉砂糖が掛かっているかさかさした菓子は苦手。小さな丸いドーナツ風のは少々胃に重たいけれど好物。そしてもうひとつ、小さな渦巻きを油で揚げて橋蜜を絡めたものがある。これは単なる食わず嫌いで試したことが無かった。私が見たのはまさにその渦巻きで、しかも他の店にあるような蜂蜜がべたべたせずに乾いていて、ちょっと摘んで口の中にポイッと投げ込みたくなるような軽快さがあった。それで幾つか袋に入れて貰って歩きながら食べたいと思ったのだ。もうじき閉店時間だったのでいつも混んでいる店内には私の他に誰も居なかった。白い小さな袋に7個入れて貰った。店を出るなり口の中に放り込んでバリバリと噛み砕くと、美味しい!こんな美味しいものだったのかと今まで毛嫌いしていたことを後悔した。その帰りにいつものバールに立ち寄るとなじみの老人が居た。この近くに住んでいて毎晩夕食の後にカッフェを頂きに来るシルヴァーノ老人だ。今でこそ老人であることが解ったけれど、つい最近まで彼はまだ70歳にもなっていないと思っていた。何しろ肌の艶が宜しい。柔和な笑顔と形のよい鼻がみんなの人気だ。それが数ヶ月前に80歳をとっくに過ぎていると知ってびっくりした。ストレスを溜めないのが若さの秘訣らしかった。とにかくその彼が、私が手にしている袋を見て何が入っているのかと訊くので、ほら、これよ、と見せてあげた。すると彼がとんでもないというような表情で言うのだ。まさか君はこれを店で買ったんじゃないだろうね。それで私が勿論そうだと答えると、ああ、若い人達というのはと言いながら、こんな菓子は簡単に作れるんだから家で作るもんだよと窘めるのだった。ほんの30分もあれば作れるんだから。今日もうちで作ったんだから。そう言った。確かにイタリアの年配の人達は何でも家で作るのだ。生パスタにしても然り。80歳になっても麺棒を操って日曜日の朝にパスタを打つ。それを日曜日の長い昼食で堪能するのだ。どうやら彼の若さの秘訣は奥さんの家庭料理、自家製の菓子も大いに関係しているらしい。窘められてしゅんとしている私に気がついた彼は、袋の中からひとつ摘み上げて口の中に放り込んだ。すると目を丸くして、これは美味しい、奥さんが作るのと同じくらい美味しいぞ、と言った。そうか、彼の奥さんが作るのと同じくらい美味しいと言うことは、かなり美味しいと言うことだな。そう理解して私は急に元気になった。家で作る時間も技術も無い私は、これからもATTIで買い求める訳だけど、それはそれで良いのである。何しろシルヴァーノ老人の自家製と同じくらい美味しいのだから。ATTIはやっぱり気に入りの店なのである。


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