迷路と魔法

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旅行者の少ない冬季とはいえ、この街にしては空いているとはいえ、ヴェネツィアはボローニャに比べるとひどく混んでいるように思えた。勿論初めて私がこの街を訪れた18年前の4月を思えば、比較しようも無いほどの空きようだった。人の波にぶつかりそうになるとそれを避けるようにして路地へと足を運ぶ。私と相棒の性格は私たちを良く知る友人たちが口を揃えて言うほど異なっているけれど、人混みが嫌いという点に関してはぴたりと一致しているのだ。手元には地図の一枚も無く、気の向くままに右に曲がり左に曲がり。日頃車にばかり頼っていて歩くことを忘れている相棒にはかなり堪えるに違いなかったが、私はそんなことも気にせずに歩き続けた。私は探していたのだ。5年前の春先に一人で此処を訪れたときに見つけた場所を。あの時私が得た感動に似た言葉にたとえがたい感情を相棒に知って貰いたかったのだ。確かこの辺り、もしかしたらこちらの方かもしれない、と相棒が何を探しているのだと幾度も訊くがそれには答えずに探し続けた。この観光地のヴェネツィアにして旅行者が通らない、広場の真ん中を運河が通っているあの不思議な場所。確か小さな郵便局があって、配達のお姉さんが出入りしていた場所。けれども見つからなかった。私はようやく観念して見せたい場所があったのだとこっそり告白すると、相棒はしょんぼりしている小さな子供を慰めるような表情で、そのうち見つかるさと言った。そうね、見つかるといいけれど。私は心の中で呟いた。それにしてもいったい幾つの路地と曲がり角があるのだろう。行けども行けども大小の運河が待ち伏せしていて、私たちは迷路に紛れ込んだ猫のような気持ちになった。時々ぱっと視界が開けて広場に出る。一瞬此処がヴェネツィアであることを忘れるような運河の無い風景。そして広場を横断して足を進めると運河に出くわす。歩き始めて1時間もしないうちに相棒が呟く。どうしてもっと早くに戻ってこなかったのだろうか、と。18年という長い年月のことを言っているらしかった。改めてこの街の魅了されたらしかった。私にしてもそうだった。よくも5年間も知らんぷりできたものだ。こんな素敵な街に車か電車で2時間で来れるというのに。午後も3時になった頃、思いがけぬ場所に辿り着いた。18年前、相棒と歩いた場所だった。薄暗いトンネルみたいなものを通り抜けた先に小さな運河にかかる小さな橋があって、その前に仮装マスクを売る小さな店。すべてがあの日のままだった。ああ、此処を覚えている、と私が歓喜に帯びた声でそういうと相棒も思い出したようだった。そうだ、この店だ。あの日の私たちは店の中には入らずに橋の袂から店を暫く眺めていたのだ。美しいマスク。幻想的な世界が店の中に詰まっているような気がしたのだ。春の晴天だったあの日も往来する人はあまり無く、此処だけ世の中から取り残されているように思えたのだ。今もあの時のままだった。此処だけ取り残されているような、そんな感じだった。夕方になると街中が湿度で急に冷え込む。太陽は滑るように沈んでいって辺りの街灯がともる。昼間も美しいがこの時間帯のヴェネツィアはまるで魔法のようだと思った。僅か5時間の散策。でも、もう帰らなくては。私たちは後ろ髪を惹かれるような思いで運河の街を後にした。さよなら、ヴェネツィア。また会う日まで。


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コメント

私も最後に訪れたのも ちょうどその頃でした・・・
おもっていたより意外と暖かく、初めて連れて行った子供達も
小さな路地を急ぎ足で あちこち 歩きました
良い思い出です
バールで小さな小瓶の紅茶を飲みました
小瓶のアイス紅茶・・・知らなかったですね

2012/01/17 (Tue) 08:06 | 春風 #jgTtIlIo | URL | 編集

おお、ヴェネツイアに行かれたのですね。学生時代とそれに続く数年、私はヴェネツイアを研究主題にしていて、奨学金を頂いて3ヶ月滞在研究をしたこともありました。しかし観光客にあふれる街のあまりの喧騒にもうもう嫌気がさしてしまって、そのせいもあって近年はエミリア・ロマーナに鞍替えしたんですよ。そんな私にとってはヴェネツイアは「酷い別れ方をした昔の恋人」のような感じ・・・普段はちっともそのことを考えないし、ヒトに聞かれると「嫌い!」といっちゃうかもしれないけど、人が悪口をいうのを聞くとかばいたくなる・・・ふふふ。変ですよね。でも「特別な街」であることは確かです。

2012/01/18 (Wed) 23:45 | orpheusbritannicus #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

春風さん、こんにちは。子供さんを連れてヴェネツィアの路地を歩く春風さんの姿を想像してみました。良い思い出ですね。バールで飲んだ小さな小瓶の冷たい紅茶・・・いろいろ思い巡らしてみましたが思い浮かびませんでした。今はもうなくなってしまったのかしら。

2012/01/21 (Sat) 18:53 | yspringmind #- | URL | 編集
Re: タイトルなし

orpheusbritannicusさん、こんにちは。確かにヴェネツィアは旅行者が多いですね。それだけ魅力的ということなのでしょうけれど、私もそんな彼らを避けるようにして裏へ裏へと足を運びました。もし私が3ヶ月間この町に滞在できたなら、どんなに素敵かと思います。昼間は出歩かずに早朝や晩に、ひと気が少なくなってからそぞろ歩きをするんです。orpheusbritannicusさんにとっては酷い別れ方をした昔の恋人。私にとっては身近に居て遠い存在の憧れの人みたいなものです。

2012/01/21 (Sat) 19:11 | yspringmind #- | URL | 編集

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