空の高い日曜日

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一夜明けると冬らしい快晴が待っていた。外気は冷たくて襟巻無しでは外に出ることが出来ないけれど、空気が冷たいから空がカーンと高く青い。同じ青空でも他の季節とは違う、まさに冬の青空と言ったところだ。こんな青空の日はガレージセールが楽しいのだけど、生憎イタリアにはガレージセールは存在しない。そんなことをちょっぴり寂しく思えるのは、私がアメリカ生活の中で其れを楽しみ、好んでいたからに違いない。初めは見て回る側だった。土曜日の新聞を広げると大きな紙面一杯に情報が連なっていた。私は友人達と、又はひとりで週末をそんな風にして過ごすのが好きだった。勿論何処か遠くへ足を運んだり映画を見に行くのも好きだったけど、ガレージセールという奴は掘り出し物を探すだけでなく新しい人との繋がりを生み出す役割もあって、それがとても楽しかったのだ。私が相棒と暮らすようになってからは、日曜日の午前ともなるとまずは近所のタサハラベーカリーで朝食をとり、其の足で近所のガレージセールを見て回った。あの辺りにはなかなか面白いものが並んでいて、例えば古書、絵画、写真、50年代のラジオ、電話機などがいとも簡単に見つかった。もっともそれらはそれなりの値段がつけられているのだけれど、その交渉すら楽しかったように記憶する。ある日、友人のブリジットが提案した、私達もガレージセールをしましょう、と。彼女と相棒と私、それから近所に暮らす友人のロバート、私達と親しいシャロンと其の友達。言い出したブリジットがあっという間に新聞に広告を出して、ガレージセールを開くことになった。探せばあるものだ、と改めて驚くほど当日は沢山の物が並んだ。昔気に入って購入したがいつの間にか邪魔者となったものや、不用になった小さな家具など。驚いたのは広告に記したオープンの時間になると沢山の人が集まったことだ。近所の人もいればガレージセールハンターもいたし、たまたま車で前を通って立ち寄った人もいた。兎に角ゆっくりと始めるつもりが初めから大忙しで、嬉しいやら何やらであった。勿論来る人すべてが何かを買ってくれた訳ではない。ただお喋りをして行ってしまう人もいたけど、それはそれで楽しくて町を歩いていると挨拶をしてくれたりした。それにしても大変な繁盛であった。思いがけぬ収益を上げて気を良くした私達は、時々発作的にガレージセールをしよう! と誰かが言い出しては待ってましたとばかりに準備を始めた。あれから私達はボローニャに移り、ひとり抜けふたり抜けして熱が冷めたようにしなくなったが、何時か私と相棒があの町にもう一度暮らすようなことがあって、ガレージセールをしよう! と言い出したならきっと直ぐにあの仲間達が集まるに違いないのだ。実際あれは楽しかった。あれは私のアメリカ生活で楽しかったことのひとつなのだ。ボローニャにガレージセールは無いけれど、しかし別の楽しみがあるじゃないかと自分に言い聞かせる。ほら、美味しい食事があるでしょう? 美味しいワインがあるでしょう? 美しいポルティコの下を歩くことや、カフェで寛ぐことにしても。良いことを見つけるのは得意なのだから。
夕方4時を過ぎるとあの空は霧で隠れてしまった。遠くに見える筈のなだらかな丘も霧がすっかり隠してしまった。そして30分もしないうちに闇がやって来た。しかし、冬なのだ。そう思えば何とかやっていけるものだ。


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