9月の海

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金曜日の夕方遅くボローニャを出発した。行き先はフェッラーラ県の海。知人が4ヶ月間の長い休暇から戻ってくると、好きな時に海の家に行くと良いと言って海の家の鍵を貸してくれたのだ。奥さんを連れて週末にでもどうだい、と。知人は相棒の良く知っている人で、私はほんの数回しか顔を合わせたことが無い。私達からすると父親ほどの年齢の彼は近年体力がぐっと低下したらしく、それで相棒が時々手を貸す。裕福な家の息子の彼は仕事をせずにこの年齢まできた。贅沢に慣れきった人にしては我侭ではなく、むしろ自分ひとりでは何も出来ないのだと周囲に宣言して、だから手を貸してくれる人に感謝する気持ちが一般人よりもずっと深い。夕方遅くに出発したので海の町に着いたのは夜9時をすっかり回ってからだった。海は直ぐ其処にある筈なのに海が見えない。潮風だけが海があることを教えてくれた。家の近くのレストランでワインを頂いたら一週間の疲れがどっと出て、夜の散策もせずに家に戻って眠りについた。今朝は眩い光で目が覚めた。強い太陽の日差しが大きな窓から射しこんでいた。近所の人たちが路上で話をする声や犬の鳴き声が聞えた。時計を見ると既に10時を回っていた。お喋りをしながら遅い朝食をゆっくり楽しむ。そんな時間を過ごしながら知人は毎日こんな生活を送っていたのだろうかと想像した。午後、海へ行った。別に海に入るわけではない。まだ暑いとはいえ、やはり9月下旬の海は冷たい筈なのだ。単に潮風を吸い込むために、海の雰囲気を楽しむ為に、砂浜を散歩する為に海へ行ったのだ。9月下旬の海は思ったとおり人が少なく、私達にうってつけだった。私同様に相棒もまた、人混みがひどく苦手なのである。打ち寄せる緩やかな波に気をつけながら浜辺を歩く。時々足を止めて白く光る小さな貝殻を拾った。こんな風に貝殻を拾いながら歩くのは久し振りのことだった。アメリカに暮していた頃以来のことで、似ても似つかぬこの浜辺を歩きながら心が少し痛んだ。私はまだあの頃のことを随分と引きずっている、ボローニャに暮して16年も経つというのに。思うに私の人生は、いつも山寄りだった。山といわずも丘や高原。海は何故か縁遠くて、だから知らぬ間に海への憧れや想いが人一倍強くなった。だから海の打ち寄せる波の音に耳を傾けていたり浜辺の貝を拾っていると、ひょっとした調子に涙が零れ落ちそうになる。別に悲しくも無いの。ところで波の音とは何と精神に優しいのだろう。2時間もぶらぶらしていたら先程までくたくたで倒れそうだと言っていた相棒は生まれ変わったように元気になった。また海に来ようか、と言う相棒。すっかりこんな土曜日の過ごし方が気に入ったようだ。ストレスや疲労と上手く付き合う方法を知らない不器用な相棒だが、どうやら海が宜しいらしい。それにしても9月の海。私だって知らなかった、こんなに素敵なものだなんて。


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コメント

こんにちは。引っ越しをなされたのですね。今日はじめて知りました。
一時は、日本にご帰国なされて、震災等の状況をご覧になって、相当なショックを受け、暗く沈んでいらっしゃったのかと思い、とても心配しておりました(スミマセン)。繊細な方(でも、強い方)と想像しておりましたものですから。
でも、とてもお元気な様子。ホッとしました。これからも素敵なお話を綴ってください。

2011/09/25 (Sun) 15:31 | Via+Valdossola #BMBHB.Xg | URL | 編集
Re: タイトルなし

Via+Valdossolaさん、こんにちは。
夏には日本に帰省して色んなことを知りました。イタリアで報道されていないことが沢山ありました。同時にイタリアでは在住の日本人の心配を強く掻き立てるような報道の仕方をしていたような印象を受けました。審査市の住民の皆さんの大変さは今も変わらず大変であることを強く感じましたが、国全体が復興に参加しているのをとても嬉しく思いました。私もショックを受けて落ち込んでいる場合ではないのです。
こちら引っ越し先でも宜しくお願いします。

2011/09/25 (Sun) 22:35 | yspringmind #- | URL | 編集

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