小さな数々

いつも同じ犬に吠えられる。ピアノーロのバス停で降りて少し行ったところの角の家の犬で、その角を曲がろうとするところで人の気配を感じるらしく、興奮を伴った大きな声で騒ぐのだ。かといって犬は私を嫌いではないらしく、私の顔を見るなり吠えるのをピタリと辞めて、おや、奥さんでしたか、とでも言うように表情を柔らかくして尾っぽを振って歩み寄る。身体が大きくて一見怖そうに見えるが尾っぽを振って喜ぶ様子は実に可愛い。庭先の鋭い吠え声に驚いて家から飛び出してきた飼い主が、ああ、あなたでしたか、毎回すみません、と目で詫びる。毎回同じことの繰り返し。多分この犬は勘が鈍いのだろう。それとも鼻が利かないのか。どちらにしても犬に嫌われていないようなので私はとても嬉しい。今週末は案外上手くいっている。昨日夕方遅くの赤ワインとお喋り、今朝の涼しいボローニャの散歩。遠くにいる友人たちから届いた久し振りの便り。こんな小さなことが私にとってどんなに大切なことか。私はそんな小さな数々の物事に支えられながら生活しているのだ。夕方になって雨が降り出した。夏の予感を伴う夕立だった。空を埋め尽くした黒い雲の向こう側で雷の音が鳴り響く。その度に肩をつぼめて空を眺めた。雷は嫌いではない。もっとも私が6歳の頃、町の真ん中にあった大きな柳の樹に雷が落ちた時は怖かったけど。確か家から150メートル程の所にあった筈だ。雷が落ちた柳の樹はそのあと暫く放置されていたが町の誰かが引っこ抜いて跡形も無くなった。私はあの柳の樹に特別な思いを抱いていたのだろうか。あの頃から何時か自分の庭に柳の樹を植えようと思うようになった。長くしなやかに延びた柳の枝がゆらゆらと風に揺れる様子を見るのが好きだったからかもしれない。冬になれば葉という葉が落ちてしまうくせに、春になると瑞々しい緑の葉を豊かに纏う柳の樹を不思議に思っていたからかもしれない。少しずつ遠ざかっていく雷の音に耳を澄ましながら、久し振りに静かで幸せな土曜日の夕方を過ごしている。

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コメント

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yspringmindさん、私の住むスイス、バーゼルはずっと良いお天気が続いていましたが今週になってやっと雨が降りました。真夏に体験するような突然の雨。それでも昨日は良い出会いがあったり良い会話があったりで心がやわらかくなるような一日でした。yspringmindさんのブログを読ませていただいてますます心がやわらかくなりました。ありがとう。新しい週も良い時間が過ごせますように。

2011/06/05 (Sun) 18:04 | basilea #79D/WHSg | URL | 編集
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basilea さん、こんばんは。こちらボローニャは今日の午後から酷い雨が降り、何時間も経つ今でも雨が降っています。雨が降ると外が静かですね。今夜は良く眠れそうですよ。
心がやわらかくなるブログ・・・いいですね、そういうの。こちらこそ有難うございます。忘れていた大切なことを思い出したような気分です。さあ、明日からまた頑張らなくては。良い一週間にしましょうね。

2011/06/05 (Sun) 22:33 | yspringmind #79D/WHSg | URL | 編集

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