雨の朝

雨が降っている。今朝、何時もより早起きした。いつもの習慣で窓の外を覘いてみたら空はまだ暗かったが雨が降る様子はなくてほっと胸を撫で下ろしたのに、朝食のカッフェを用意している間に静かに雨が降り出した。それは本当に静かで物音ひとつ立てずに。音を立てて夕立のように降る雨はそれはそれで気持ちが良い。更に付け加えれば例えばそれが急にすっきり上がって太陽が出ようものなら、気分の良いことこの上ない。でも私が一番好きなのは走る霧のような雨。傘を差そうかどうしようか迷うような雨。鞄の中に傘が無いでもない。一応小さいのがひとつ鞄の奥底に備えてあるが、わざわざ傘を差すとなると足踏みしたくるような雨。私が暮らしたアメリカの小さな町は一年中そんな霧やら雨やらの日があって、だから人々は濡れても良いようにトレンチコートや風除けのジャケットを愛用していた。それからこの町は1日の間にくるくると天気も季節も変るので全く隙も油断も無かった。だから年中そんなジャケットやコートを携えていなければならなかった。だから其のうち箪笥の中の衣服がそんなものばかりになってきて、時々うんざりもした。かといってそれらは大変便利で活躍するチャンスが多かったので決して無駄なものではなかった。私にはトレイシーと言う名の友人がいた。彼女とどんな風にして知り合ったのかは定かでないが、気が付いたらとても近所に住んでいた。近所の美しいフラットの二階が彼女の家で小さなキッチンのある小部屋は道路に面していたが広々とした居間は中庭に面していてそれは素敵だった。其の中庭は彼女の所有物ではなかったけれど、眺めを独占することは充分可能であった。手入れされた緑の芝生の庭。生い茂る植物。紫色のアイリスの群集。夜は海沿いの有名なレストランで遅くまで働いていた彼女。それは昼間の良い時間帯に美しい庭の見える居間で独創的な絵を描く時間を持つためだった。美しい彼女は近所の憧れの的で、私の友人たちもまたそれに漏れることなく幾人かが彼女に夢中だった。しかし彼女は誰に振り向くでもなく、沢山の友人たちとの時間を楽しむばかりだった。ある日の夕方、彼女の居間から見た走る霧のような雨に濡れた庭。見たことの無いような様々な緑色が散りばめられていて、彼女がここで絵を描くのを好む気持ちが良く分かった。そんなことを思い出しなが、それとは似ても似つかぬ景色をカーテンの隙間から眺めている。さあ、もう支度をしようか。私にしては珍しく不思議にゆとりのある朝である。

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