共同生活

夕方が長くなった。もう少し正確に言えば昼間の時間が長くなった。何しろ仕事帰りに寄り道してもまだまだ空が明るいのだから、ご機嫌としか言いようがない。例えどんなにつまらないことがあった日だって、明るい空の夕方にちょっぴり散歩をしたならば心が和むと言うものだ。友人知人と約束して食前酒を楽しむのも良いし、ひとりカメラを持って歩くのも良い。何しろ空が明るいのだから、何だって有りなのだ。近頃の私は体内に小さな悲鳴が一杯だった。それをひと言で表すのは難しいけど、例えば枠から外れたがっているような感じ。例えば酸欠で空気を求めているような感じ。何時の頃からか私はそんな風に感じていたのに、気がつかない振りをしていた。うん、そうだ。気がつかない振りをしていたのだ。昔、私は大変几帳面で自分に酷く厳しかった。それは決して欠点ではなかった筈だけど、一方でいつも自分の首を自分で閉めているようにも感じていた。自分が決めたルールから一歩踏み出すことが出来なかった。そうすることがいけないことのようにすら思えていた。そうして私はいつの日かアメリカへ行って様々な人達と共同生活をしていく中で、自分を少し変えなければ上手くやっていけないことが分かり始めた。つまり、決めたことを守るのは良いとしても、ある程度柔軟でなければ上手くやっていけないということ。面白いものでそれをするのにはかなりの勇気があった筈なのに、やってみれば案外簡単なことであった。そしてそれは自分でも驚くほどの良い結果を与えてくれて、こんなことならばもっと早くにすればよかった、とすら思った。色んな人が周囲にいた。写真に携わる人が沢山居た。それから家具にモザイクを施す人、陶芸家、小説を書く人もいたし絵を描く人も居た。私が暮らすフラットの道を挟んで向こう側には音楽家夫婦が住んでいた。夫の方はクラシックギターを教え、妻の方はハープの演奏者で様々な場所に招かれては演奏する人だった。骨董品店を営む人も居れば勿論学生も居たし、硬い真面目な仕事に就く人だって居た。皆さまざまな考えと意見を持っていて、彼らと話をするのは大層楽しかった。私は彼らを夕食に招いたり招かれたり、それから昼下がりに彼らとちょっとカフェなどに立ち寄ったりしながら、沢山の言葉を交わして自由な考えや発想、希望に限りなく近い刺激を吸い込んだ。何時だって私達は色んなことを学んでいる筈だけど、あの時代ほどそれを強く感じたことは後にも先にもなかった。そして私が一番自分らしくいた時代でもあった。そうして私はイタリアに暮らすようになり、気がついたらまるで贈答用の化粧箱に並べられた大粒の苺のようになってしまった。他のどれと違ってもいけない。大きさも色艶も。並べられ方だってきちりと決まっていて、置かれる角度までも決められて。文化の違いなのかもしれなかったし、たまたま私が置かれた環境がそうだったのかもしれない。とても保守的な生活。仕方がないことと思い込もうとしていた。でも少し前から私はそれに苦痛を感じ始めていていた。自分らしくない自分。それは明らかだった。ただ、直視するのが辛かったし、そうすることでどうにかなるとも思えなかった。確かに私の生活はそんな風に決められているふしがあったからだ。ところが今日、仕事帰りに明るい空を見ていたら急に心が決まった。やーめた。自分らしく行こう。大きさが違っていても角度が違っていても良い。私は自分らしく行こう。突然私がそんなことを言葉にしたので横に居た相棒が驚いてこちらに顔を向けた。え、本当? そんな感じの表情だ。そう、今日から私は昔のように私らしく行くんだから。言葉にしてみたら妙にすっきりした。まるで長年全身を纏っていた諸々がガラスの破片と化して地面に落ちていったかのように。今日から自分らしい自分。自由との共同生活。

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