春の匂い

DSC_0047 small
                               昨年の今頃。さよなら4月。

午後から酷い頭痛だ。空は今にも雨が降りそうな鼠色なのに、ちっとも雨粒が落ちてこない。低気圧が頭上を覆っているのが頭痛の原因。昔から私はこういう天気に弱い。大抵こんな風に頭痛を抱えたまま晩を迎えるのだ。木曜日だが、良い週末をと言って職場を出た。明日は5月1日、労働者の為の祝日なのだ。例年だと労働条件改善を願って各都市で集会などが開かれるが、今年に限ってはそれは無いのではなかろうか。何しろソーシャルディスタンスだし、それに今はそれどころではないのだから。労働条件改善の前に仕事を再開したい願いの方が強いだろう。それに、コロナウィルスが深刻化した時、“コロナウィルスの為にイタリアでは誰も職を失わない”とあれほど力強く首相がテレビで唱えていたが、実際はそんな綺麗ごとでは終わりそうにないから。

昨晩相棒がいい匂いを放って帰ってきた。いい匂いは苺。不揃いだが真っ赤に熟れた国産苺だ。いいのがあったから買ってきたと言って袋から取り出す相棒。しかも、こんなに沢山どうするのというくらいの量だった。君は何時も洗ってそのまま食べたがるけれど、と言いかける相棒を遮って、うんうん、今回はちゃんと準備するからと約束した。彼は苺を縦に4つ切りにしたものを砂糖と檸檬で敢えて数時間冷蔵庫で寝かしたものが好きなのだ。彼はこういうもので育った。多分多くのイタリア人の好物でもある。私も其の例に漏れないけれど、しかし、そのまま食べても甘くて美味しい苺は、そのまま口に放り込みたくなるものだ。そうしているうちに苺の量が減り、彼の好きな苺の檸檬和えなるものを作るチャンスを失ってしまうのだ。此処数回そんなことが続いていて、先日彼の不満が爆発したばかりだ。そういう訳だから、今日は家に帰ってくるなり、すぐに苺の作業に取り掛かった。水で綺麗に洗い、へたを取り除き、四つ切にして、ブラウンシュガーと大量の檸檬をふりかけた。やあ、春の匂いがするぞ。苺と檸檬の匂いをいち早く嗅ぎつけた相棒が言った言葉で、私はブリジットのことを思いだした。
ブリジットはアメリカで相棒のフラットに部屋を借りていたイタリア人だった。フォルテ・デル・マルミ出身の細身で足の長い、ブロンドのショートカットが潔い女性だった。昔から綺麗だ、美人だともてはやされて育ったに違いない彼女は、まずはNYへ行き、後に西へと移り住んだ。ブリジットはモデルになりたかったようだ。モデルクラブに登録して、その時に撮った粋な写真が部屋に飾ってあった。綺麗だったのよ私、とブリジットはよく言ったが、私が彼女と知り合った頃も十分綺麗で魅力的だった。生憎彼女はモデルとして花を咲かせることは無かったが、何処へ行っても目立ち、その場を華やかな雰囲気にする存在だった。相棒と彼女が暮らすフラットに私が加わり、3人暮らしが始まり、時々私達は友人を招いて夕食会を催した。まあ、招かなくても数多くの友人が夕食時にフラットに立ち寄ったものだが、夕食会ともなると料理の数も多ければ、腕の振るい具合も大したものだった。ブリジットは肉が大好きだった。けれども体型維持のために肉料理と距離を保っている人だった。其れで彼女が用意するのは大抵野菜料理や果物。それでいてテーブルに肉料理が並ぶと抗うことが出来なかった。忘れもしない、友人達が到着する1時間ほど前に、彼女が苺を沢山買いこんで帰ってきたことがある。熟れていて、甘い匂いがぷんぷんした。私はてっきり苺に生クリームか何かを添えて頂くのだと思っていたのだが、違うわよ、もっと美味しいものよ、と言って作業を始めた。苺を水で洗って、へたを取り除いて、四つ切にして、砂糖と檸檬をふりかけて、それらをざっくりとかき混ぜたら、さあ出来たと言って冷蔵庫に入れた。春はこれが無くてはね、と言って彼女はご機嫌だった。その晩の夕食会は楽しくて、春の夜風が気持ちよかった。美味しいものが沢山並んだが、一番好評だったのは、食後に出てきた彼女が用意した苺。甘くて酸っぱくてまさに春の味がした。素晴らしい、と誰もが褒め称え、誰もが作り方を知りたがった。作り方って言ってもねえ、と彼女は相棒と私の顔を見て笑うばかりだった。ブリジットはそれから3年もしないうちに若くして他界した。もう会うことが出来ない分、春になって苺を準備する度に彼女のことを思いだす。春はこれが無くてはね。

空高く輝く月。ここ数日、月の存在を忘れていた。月が地上を照らして、夜なのにとても明るい。こんな晩は外を散歩したら素敵に違いないが、もう暫くの我慢。我慢、我慢の連続で4月が終わろうとしているのを残念に思いながらも、いいや、私達には希望の5月があるではないかと己に言い聞かせる。希望の5月。そんな5月になればいいと思う。




人気ブログランキングへ 

自由を求めて

DSC_0027 small


在宅ワークの水曜日。そんなことは無いよ、と言いながらも私が家で仕事をするのを好ましく思っていないらしい相棒は、今日は用事があって朝から留守。此れを運が良いと呼ばずに何と呼ぼうか。穏やかな一日。空も穏やか。雨が降ると言っていたのに。気持ちよく始まった一日も昼を回った頃に天候が急転した。雷が数回鳴り響いたと思ったら、空は薄暗くなり、むむ、此れはまたもや激しい雨、と構えていたらガラス窓をこつんこつんと何かが叩いた。雹だった。直径がせいぜい3センチ程度の小さいものだが、数秒後にはまるでスイッチが入ったかのように大量の雹が空から落ちてきた。南西からの強い風に乗って雹が降った。昨年、拳ほどの大きな雹が降ってきて街中の車を傷めつけた記憶が蘇った。階下を見れば敷地内の定位置に止められた3台の車。どれもうちの車とは比較にならぬほど高級だ。ガレージがあるのだから中に入れればよいのだが、出入りが激しいのでいちいち中になど入れてられないよ、ということらしい。15分ほど降り続いて止んだ雹。地面は敷き詰めたかのように氷の粒で真っ白だった。止んだ後は空が再び晴れた。まるで何があったか知らないかのように。気まぐれな空。明日はどんなことがあるのだろう。

そんな今日は面白いことがあった。正午だっただろうか、気温が上がり始めて気持ちが良いので部屋の窓を開け放っていたら、近所の人達の会話が家の中に飛び込んできた。何しろソーシャルディスタンスを保つために、人々はテラス、窓、庭と離れた場所から話をしているから、そうでなくとも大きいイタリア人の話し声はさらに大きく、嫌でも話が聞こえてくるのだ。彼らの話題は近所の孔雀。こんな住宅街なのに、近所の誰かが庭で孔雀を飼っている。うちからは孔雀の姿は見えないけれど、声が聞こえるから知っている。数か月前、この近所に孔雀が居ると言う私に、こんな住宅街に孔雀など居るものかと相棒は鼻で笑ったけれど、ある日裏通りに車を走らせていたら、庭から美しい孔雀が飛び出してくるのに遭遇して、うん、君の言う通りだったよと相棒が孔雀の存在を認めたが、やはりこんな住宅街に何故孔雀、との疑問が残ったようだ。さて、その孔雀だが、最近朝といい晩といい、やたらと鳴く。騒いでいると言うよりは、誰かを呼んでいるかのような声。美しい孔雀だ。近所のアイドル的存在だから、声がうるさいなどと文句を言う人はひとりも居ない。ただ、あまりに鳴くので、どうしたのだろう、というのが彼らの話のポイントだった。あの美しい孔雀さんはお腹が空いているのではなかろうね。小屋が狭いのかもしれない。まさか飼い主が孔雀さんを虐待などしてはいないだろうね。其処まで話が辿り着いた時、男性の大きな声が聞こえた。わああああ。此の声を聞いで、恐らく近所の誰もが石のように固まったに違いない。一瞬沈黙が流れ、そして、脱走だー、と大きな声が。孔雀が脱走したらしい。飼い主なのか近所の人なのか、たまたま通りかかった人なのか、兎に角大きな声で数人が叫んでいるので、その様子を見ずとも状況が窺えた。どうやら庭から道に出て、一方通行を逆走しているらしい。しかもその逃げ足が速い速い。その様子を想像すると可笑しくてお腹がよじれるほどであるが、しかし車と衝突事故などしたら大変と、声に耳を傾ける誰もがハラハラした。大騒ぎになったが、事故を起こすこともなく、無事に連れ戻すことに成功したようだ。騒ぎを詫びる為に男性が、大きな声で周囲の住人に呼びかけた。すみません。すみません。孔雀は時々自由を求めて脱走する癖がありますが、もう大丈夫。皆さん、良い昼食を。後に残ったのは静寂。そうか、孔雀は時々自由を求めて脱走するのかと思いながら、昼食に準備に取り掛かった。時々自由を求めて脱走したくなるのは孔雀ばかりではない、この私にしても、と思いながら。

孔雀のおかげで楽しい一日になった。さあ、そろそろ夕食の準備を始めよう。気分がいいからワインの栓を抜いて、アペリティーヴォなど楽しみながら。




人気ブログランキングへ 

火曜日

DSC_0039 small
                      昨年の今頃。ああ、ポルティコの下を歩きたい。


雨が降ると言われていた火曜日だが、昼になっても雨は降らず、このまま降らずに一日が過ぎていくに違いない、ほら、陽だって射しているからと思っていたら、13時半を回る頃になると天候が急転した。雨が降りだしたと思い始めたら、急に雨脚が強くなり、まるで雹でも落ちてきたような音を立てながら空から垂直に大粒の雨が降ってきた。外に停まっている車はまるで洗車でもしているかのようだった。雷まで鳴り響き、まるで亜熱帯地方のスコールのような雨。予報どおり。今日は雨の火曜日なのだ、などと思っていたら、そのうち青空が広がり、何も無かったような顔をして陽が射した。火曜日は気がへんだ。歌では火曜日は怒っていて、気が変なのは月曜日だけれど。

忙しい一日の仕事を終えて、そそくさと家に帰ってきた。仕事には行けるが、寄り道はいけない。従って家と職場の単純な往復。こんな生活はもうひと月ほど続くだろうが、少なくとも外に出ることが出来るので文句は言うまい。家に帰ってきたら、相棒が自慢げに冷蔵庫から取り出して見せてくれたものがある。豚のバラ肉を塩漬けにしたものを巻いて加工したもので、男の掌からはみ出るほど大きなものだった。パンチェッタだよ、自家製パンチェッタだよ。ミケーラから貰ったんだ、と相棒は大変自慢げだった。
私達は以前住んでいた丘の街のアパートメントを売った後、今暮らす家の近所に仮住まいしていた時期がある。植物に溢れた庭のある、なかなか良い環境のアパートメントで、住人もなかなか良かった。そのうちのひとりがミケーラ。彼女は良いワインが手に入ったから、良いパンが手に入ったから、良いペコリーノチーズを貰ったからと言って、私達に分けてくれる奇特な人である。彼女には中学生の息子が居るが、そんなことを言わなければスタイルが良くて趣味の良い若い女性に見える。夫も素晴らしく見掛けの良い男性で、このふたりが並んで歩いていると、若しくはふたりが車から降りると、大抵誰もがハッとして見惚れてしまう。だから中学生の息子が“お母さん”とミケーラを呼ぶと、知らない人は何が何だかわから無くなってしまう、それがミケーラなのだ。外見の良いミケーラは性格も大変よく、外見も中身も良い人は世の中に本当に存在するのだと、私はいつも感心するのだが、そのミケーラがパンチェッタを相棒に持たせた理由はどうやらこういうことらしい。彼女の夫が営む会社に勤める誰かが、母親が作ったパンチェッタの塊を持ってきてくれたらしい。それは見るからに自家製の、見るからに美味しそうなものだった。ただ、パンチェッタの脂身の多さに慄いて、美味しいのは分かっている、でもこれを食べたら大変なことになるでしょう? ということで、夫の分を少しだけ残して、それを相棒に持たせたらしい。ミケーラも彼女の夫も体型には大変厳しい哲学を持っている。実際彼女たちは何処にそんな時間があるのか知らないけれど、仕事や家のこと息子のことを上手にこなしながら、週に数回ジムにも通って体型維持に努めているのだ。初めてそれを知った時は、近所の誰もが成程! と唸ったものである。彼らのあの素晴らしいスタイルは、努力の賜物なのだ。
それでミケーラから貰ったパンチェッタは確かに脂身がすごくて、彼女ほど体型維持に努めていない私でも、うーんと唸るほどの迫力だった。ただ、イタリア人の多くはこうしたものが好物で、相棒も其のひとりだ。此処に姑が居たら大騒ぎになっただろう。姑もまた、こうした重いものが大好きなのだ。勧められて一切れ頂いてみたら、美味い。確かに美味い。だからこそ、私はこのパンチェッタと距離を保つことにしよう。そうでなくても外出禁止令で、身体が重くなっているのだから。意志を強く持たねばならぬ。イタリアにはこの手の美味しいものが一杯なのだから。

こんな風にして4月が終わっていくのかと、夕方の明るい空を眺めながめた。そのうちツバメが飛び交い始めたら、初夏の始まりだ。




人気ブログランキングへ 

青い空が青く見える

DSC_0083 small


外が家の中より暖かいのがこの季節の特徴だ。テラスに出れば緩い風は吹いているも寒さを感じることは無い。寧ろ気持ちが良くて、コットンシャツ一枚になりたくなる程だ。なのに家の中に一歩足を踏み入れると、上に何かを着たくなる。昔からこの季節が好きで、そして苦手だった。体温調整するのが苦手な私らしいと、家族や友人達は笑ったけれど。

昨晩はテレビに釘付けになった。本当はフランスはリヨンの刑事ドラマを見ていたのだが、其れをむしり取るようにして相棒がチャンネルを替えたのだ。むっ。ちょっと。と文句を言おうとした瞬間に画面に映し出されたイタリアの首相を見て言葉を呑み込んで耳を傾けたのは、今後のことを語るに違いないと咄嗟に理解したからだった。案の定話はそれで、相棒とふたりで椅子に座るのも忘れて釘付けになった。外は怖いくらい静かだった。誰もが家に居る証拠。そうだろうとは予想していたが、私達のこの生活はまだ続きようだ。但し、5月4日からは行動範囲は少し広がり、州内の移動が可能になった。条件はこれからもマスク着用で、勿論ソーシャルディスタンス。店や美術館などの活動開始はもう少し先の5月18日。この中にテイクアウトの店も含まれているそうだから、僅かながらも嬉しい。そして実は誰もが心待ちにしている理髪店、美容院、エステ関係、そしてレストランやバールについては6月1日が活動開始日。学校に関しては活動開始日は9月とのことだから、気の遠くなるような話である。此れが決定なのか予定なのかは私には分からないが、万が一状況が悪化するようならば、様々な活動開始日は間違えなく先延ばしになるだろう。だから喜んでばかりもいられない。予定通り事が進むように、私たちひとりひとりの協力が必要ということだ。3か月も切っていない伸び放題の髪を指で摘まみあげて溜息を吐く。髪を切るのはまだひと月も先のこと。それでも私は小さな光を得た。この光の方向に歩いて行けばよいという、確信みたいなものを得て、今日の私は元気だ。青い空が青く見える。窓の外では栃ノ木の花が咲き誇り、そうだ、その調子だと言っているように見えた。

5月18日になったら、旧市街の仕立て屋さんに電話をしてみようと思う。3月初めにジャケットの直しを頼んでおいたままになっている。あれから直ぐに状況が急転して私は公共のバスに乗らなくなり、どの店も強制的に閉まったから、案外ジャケットは手つかずのままかもしれない。それでよいと思っている。11月まで必要ないだろうから。ただ、仕立て屋の彼女が元気かどうか知りたいから、電話をしてみようと思う。ねえ、あなた。私のジャケットはどんな具合? などと言って。




人気ブログランキングへ 

兆し

DSCF1141 small
                         昨年の今頃、ボローニャは開放的だった。


日曜日。気候が良いので窓を開けて過ごしている。咲き揃った花の花粉が気にならなくはないけれど、そういうことがどうでも良く思えてきたのだ。何しろ周辺を走る車の音は無く、自然環境が改善されたのだろう、今日は朝から様々な鳥が鳴いていて、ふとした拍子に森を歩いているような錯覚に陥った。思春期の頃、夏になると山にキャンプへ行ったものだが、その時に得た感覚によく似ていて、嬉しいと思った。久し振りのことだ、こんなに嬉しいと思ったのは。医療の崩壊、人間関係の崩壊、経済の崩壊と、もう何か月もそんなことばかり耳にしていたから。嬉しいという感覚、一瞬胸の中がぽっと温かくなる感覚を久しぶりに得て、囀る鳥たちに礼を言いたくなった。ありがとう、ありがとう。これは良い兆し。私達が良い方向に向かっている証拠なのだ。

飛び石で仕事に行くようになって2週間が経つ。飛び石とはいえ、私は家から出られることを心から喜んでいる。少し世界が広がった感じ。少し歩く歩数が多くなったはずだ。そして毎日昼食は何にするか、相棒に訊ねなくてよいこともまた、精神的にかなり良い。今日は日曜日。世間の家では日曜日の昼食ともなれば手の込んだ食事を用意するが、うちでは現在、如何に昼食を簡単に済ませるかが課題のひとつで、だから今日は日曜日だがサラダ。当初はサラダの昼食を喜んでいた相棒も近頃は、サラダかあ、と文句を言うようになった。だからそれなりの工夫が必要だが、大丈夫、今日はスモークサーモンがあるのだ。盛大にちぎって洗ったサラダ菜。見るからに甘そうな新鮮なダッテリーニ種のトマト。昨晩大量に茹でたじゃが芋の残りもある。トロペア産の玉葱をこれでもかというくらい薄く切って、スモークサーモンを大皿に盛れば、後は自由に自分の皿にとって食べるだけ。上等なオリーブオイルやレモン、塩はポルトガルから持ち帰った物。それなりに拘りのある昼食だ。此れには相棒も喜んで、いいなあ、これは良いぞ、と上機嫌だった。白ワインを一杯と行きたいところをぐっとこらえて、ミネラルウォーター。単なる水も足の長いグラスに注げば、気分がアップするというものだ。最近はそういうことを心掛けるようになった。ちょっと工夫して楽しく生活すること。健康的な食事を楽しむことも。物足らないのは美味しいジェラートが手に入らないこと。バールやレストラン同様、ジェラート屋さんも閉じられたままだ。こんな良い季節に美味しいジェラートを食べられないなんて、と呟く私に相棒が言う。もうじきだから。もう少ししたらきっと店が開くから。誰もがそんな風に心の中で念じている。もうじきだからと自分に言い聞かせている。

テラスの向こう側のアカシアの樹の花が咲いた。数年前にバッサリと切られた時の悲しみを乗り越えて、綺麗な緑の葉を揺らしながら白い花を自慢しているかのようだ。生命力。私達は自然から学び得ることが沢山ある。待っていれば、そのうち全てが上手く行く。アカシアの樹が私にそう語りかけた。




人気ブログランキングへ 

Pagination

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
ysmind@gmail.com 

フリーエリア

月別アーカイブ

QRコード

QR