色が濃い土地

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昨晩のことはあまり覚えていない。夕方、近所の青果店でオレンジとアボカド、それから店主がいいのが入ったと薦めるので林檎をふたつ袋に入れて貰うと大そう重くなって、ヨロヨロしながら家に帰った。それから猫にせがまれて早めのゴハンをあげて、家の中を一通り片付けると、もう自分たちの食事の準備をする気力はあまり無く、相棒にピッツァを持ち帰るように頼んだ。近所の持ち帰りピッツァの店は本格ナポリで人気があるから、注文してから随分店先で待たされると相棒がぼやくのだが、しかし確かに美味しくて、このように食事を準備する気のない晩は、あの店のピッツァということになる。手抜きで申し訳ないけれど、しかし其れでよかったと思っている。その後のことは覚えていない。恐らくはテーブルの上を片付けたり、食器を洗浄機の中に入れたり、洗顔や歯磨きなどをしたに違いないのだが、それらのひとつも覚えていない。そして相棒が言うには、昨晩の私はぷつんと糸が切れたように、深い眠りについたらしい。恐らくとても疲れていたのだろう。

目を覚ますと冴えない空。雨が降るのかと思ったが、そうでもない。時折風が吹き、時折薄日が射す、そんな土曜日。空は知っているのだろうか。今日が2月29日であることを。
昼過ぎに相棒が予告もなく人を連れてきた。誰を連れてきたと思う? と悪戯っ子のような表情で相棒が言うなり、背後から大男が顔を出した。相棒と彼はかれこれ15年くらいの付き合いで、友人と知人のちょうど中間のような存在だ。一緒に食事に出掛けることも家での食事に招くこともないけれど、時折電話を掛けてきて互いの近況報告をしたり、相手が困っていると知れば自分のやりかけの仕事を畳んで助けに行くような間柄らしい。時には近所のバールで一緒にパニーノを齧ったり、カッフェを奢り合ったり。近すぎない人間関係。丁度良い距離を保った関係。と、第三者の私は羨ましく思うのだ。さて、5年振りに見た彼。私の記憶と少々違う。5年という年月で少し老けたのかと言えばそうじゃない。前よりも男前になって、そして若々しく見えた。そういえば5年前の彼は、当時の恋人とひと悶着あって辛そうだった。彼を拘束し過ぎる恋人とは、その後、残念な結果になったが、恐らく今は新しい恋人と良い関係を持っているに違いない。元気そうじゃない。前よりも男前になったみたいよ、と言うと彼は無理に眉をしかめて見せたが、すぐに嬉しい気持ちの方が勝って、しかめっ面が大きな笑顔になった。イタリア人は働かないなどと人はよく言うけれど、私よりもずっと若い彼は単身の自営業で、朝から晩まで良く働く。土曜日だって祝日だって、必要とあれば働くから、顧客に大変評判が良く、休む暇なしだ。そんな彼も1年に2度休暇を取る。夏の暑い時期とそしてちょうど今頃。2月という月は休暇を取るのに都合よい。少しの予算でたっぷりと楽しめると言うのが彼の言い分だ。スキーなどは嗜まない彼の行き先は大抵温暖な場所で、例えばカナリア諸島とか、例えばマデイラ島。マデイラ島は特に大変な気に入りらしく、君も一度は足を運ばなくちゃ、その話が出る度に彼は言う。植物にしても野菜や果物にしても、兎に角色が濃くて、見ているだけで元気が出るとのことである。君はきっと好きがと思うよ、というのは私がリスボンを大好きなことを彼は相棒から聞いて知っているからだろう。彼もまたリスボンという街が大好きらしく、その辺りは私と大変気が合うらしい。ところが今年は休暇は取りやめになったらしい。例のウィルスの為だ。残念ねえと言う私に、そうでもないさ、と彼は言う。休暇なんてものは無理やり行くものじゃない。自分に丁度良い時期に行けばいいんだから。若いのに彼は本当によく出来ている。頭と心の中が良く出来ている。ついでに言えば精神がとても健全で、彼の恋人は、そんなところをよく理解しているのかもしれない。女っていうのは手が掛って、と言って随分前に私を笑わせたが、誰もが知っている、彼が恋人にとても優しくて、恋人を喜ばせる為ならどんな無理もすることを。案外そのうち結婚の報告が聞けるのかもしれない。
ところで相棒が彼を連れてきたのは、私がこのところ週末と言うのに家で燻ぶっているかららしい。今日は寒くないぞ。太陽はでていないけれど、寒くないよ。外に出ようよ。相棒と彼はそう言って私を外に連れ出そうとしたが、私は首を横に振る。嫌よ。でも、彼らの気持ちは有難かった。一日も早く、このウィルス騒ぎが終わるといい。そうしたら、まず初めに、相棒と彼を誘って、近所のバールでアペリティーヴォを楽しむのだ。

マデイラ島。一度は行ってみたいと思う。植物にしても野菜や果物にしても、兎に角色が濃い土地。そんな島を歩きまわるのは、どんなに楽しいことだろう。




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あはは

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温暖だと思えば、再び朝晩は寒く、まだまだ冬健在と知らされるこの頃。昨日の大風で急に寒くなったと思っているのは私だけではないだろう。兎に角、こういう時期が勝負時だと思っている。少しの油断がいけない。気を引き締めていこうと思う。オレンジがいい。オレンジを食べよう。と思ったら、残りひとつになっていた。明日の夕方にでも近所の青果店に立ち寄って補充したいと思う。

物事には向き不向きがあるように、人間同士にも向き不向き、つまり相性というものが存在すると思っている。どんなに努力してもうまく付き合えないタイプの人が居るのは別に悪いことじゃない。人間関係なんてそんなものだと思っている。若い頃はそんな相性が合わない存在を疎ましく思ったものだけど、大きな大人になると適度の距離を保って上手くやり過ごすこともできるようになった。けれど、時々爆発することもある。そんな時、自分のことをまだまだ駄目だなあと思うのだ。もっと大人にならなくてはね、と。但し、時には爆発するのもよい。そうして気持ちをリセットするのだ、などと言ったらあまりに格好良すぎるだろうか。あはは。

昔、私の大切な友人がこんなことを言った。あなたはどうして怒りや苦しみを内に秘めてしまうのか。隠すことなどないのに。怒りも苦しみも、言わなければ誰にもわからないのに。特に怒りは、その相手にぶつけなければならない。さもなければ、相手はどんなことをして相手を困らせたり悲しませたり苦しめたりしているか、知りえないのだから。そんなことを自ら知るような人ならば、相手をそんな気持ちにさせたりはしないのだから、と。友人こそ何時も気持ちを内側に隠してしまうのに、そんなことを言うので私はとても驚いた。驚いた顔の私に、友人は付け加えるのだ。そう。言うのは簡単なんだけど、実際そうするのは難しいのよね。でも、時には必要なのよ。
友人の言葉は忘れない。もう会うことが出来ない私の友人の言葉。良いことを教えてくれたと思っている。穏やかでいようとは思うけれど、時には必要なのよね、と。
兎に角、人間づきあいは難しいのだ。猫や植物を相手にしている方が、ずっと平和で安らか。と、まあ、今日はそんなことがあったので、爆発した反省と友人への想いを含めて此処に記しておこうと思う。そして、あははと笑って忘れてしまおう。

ところで、あと2日で2月が終わるって本当なの? 駆け足もいいところだ。2月に何をしたかは思いだすことができない。ただただ、毎日が過ぎていったような。あまりに勿体なかったような。




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習慣

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そんな予報はでていなかったのに、昼前に鼠色の雲の大群が西の方の空に広がり、これは天気が崩れそうだと周囲の人と言葉を交わしているうちに、雨では無く、大風が吹き始めた。ひゅゅゅーと風の音が響く度に、肩をすくめた。もしここに母が居合わせたならば、こんな日は外に出るものではないと言うだろう。母は風が嫌いだったから。そして夜になっても風が止まなければ、早く寝るのが一番と言って家じゅうの明かりを消して回るのだ。母に早く寝るよう促されるたびに、まだもう少し本を読みたいのにとか何とか言ったものだが、面白いもので大人になって母の声が聞こえない場所に暮らすようになると、いつの間にか染みついた習慣で、風が吹いているから早く寝ようと自ら言うのだから、笑ってしまう。一体何時からそんな風になったのかは、いくら考えても分からないけれど。

習慣と言えば、私の朝食は習慣化していて、飽きもせずに同じパターンの朝食を続けている。その年数25年。イタリアに来てからずっと同じだ。大きなマグカップにたっぷりのカフェラッテ。ビスコッティを5枚、気に入りの小振りの皿に並べて。そして熟れすぎていないバナナ。そう記すと味気ないが、私なりの拘りがあり、例えば牛乳。牛乳は低脂肪なんてものではなくコクのあるものがいい。カッフェは昔ながらのやり方で、小さなモカを使ってゆっくり淹れる。ぬるいカフェラッテなんてとんでもないことで、しっかり温めたものがいい。ビスコッティも市販のものながら気に入りのものがある。何でもよいわけではない。特に朝だから、どうでもよいビスコッティであってはならぬ。そしてバナナ。青くない、しかし熟れすぎていないバナナであれば合格だけど、此処で相棒が拘るのが産地。今日買ってきたのはエクアドルだからとか、コロンビアだからとか、コスタリカだからとか言って、感心したり喜んだり。バナナなしの朝食は耐えられぬ私ではあるが、美味しければ何処のでも良いと思っていて、しかし適当に返事をすると、君はバナナの奥深さを知らないな、バナナの魅力とは、などと言ってますます話が長くなるので、ほほう、成程、などと感心してみたりと色々難しいのである。この朝食スタイルが生まれた理由は分からない。いくら考えても思いだせぬ。しかし25年も続いていると言うことは、相当気に入っている証拠である。
イタリアに来る前の、アメリカに居た頃もバナナなしの朝食は考えられなかった。しかしビスコッティではなく、近所のベーカリーの甘いパンを好んで頂いた。ベアクローと呼ばれる、つまり熊の爪をまねた形のパンが店の人気で、これが焼き上がる時間をめがけて朝食に行く人が多かった。店の名前はタサハラベーカリー。自然酵母などを得意とした店だった。私がまだアメリカに暮らす前、母を連れて此の街に冬の休暇に来た時に、グリーンズという名の、埠頭に在る有名なベジタリアンレストランで母と食事をしたものだが、其処で出されたパンがあまりに美味しかったので訊いたところ、タサハラベーカリーとのことだった。当時はそれが何処にあるのか、どんな店なのかも知らなかったが、それから数年してその街に暮らすようになり、相棒のフラットに遊びに行くようになると、近所にタサハラベーカリーがあるではないか。曲がりくねった道がやっとタサハラベーカリーに辿り着いた。タサハラベーカリー!そう言って喜ぶ私に相棒も彼の友人達も首を傾げたものだけど、そういう彼らだって此の店が大好きで、その証拠に彼らは皆毎朝此処で朝食をとるのだ。50セント払うと飲み放題のコーヒーと焼き立てのパン。持ち込んだ朝刊、誰かが置いていった雑誌などを読みながら。そこに行けば必ず誰か知り合いが居て、テーブルが全て塞がっていても、誰かが私達を見つけて同席させてくれた。会社員みたいな朝が忙しい人は既に店を出ていて、店で長々と寛いでいるのは経営者か自由業、芸術家か学生か、そんなところだった。あの店は大変人気があったから絶対に店を閉めないだろうと誰もが思っていたのに、絶対なんてことはこの世の中にないのだと思い知らせるかのように、ある日店を閉めた。私と相棒がアメリカを去って少し経った頃のことだった。その後には小奇麗なフランス風カフェが店を構えたが、界隈の住人達はどうしても足が向かず、そこに行くのは近くの医大の学生ばかりで、それだからますます住人が通わなかった。
習慣という言葉から、随分昔のことを思いだしたものである。こうして考えてみるとどの習慣も愛おしく、そんな習慣があったことを嬉しく思う。現在進行形の私の朝食の習慣が、いつの日か形を変えるとは今のところ考えることもできないけれど、その時の自分に合う朝食スタイルを楽しめればいいと思う。

さあ、それで夕食だけど、今夜は誰が作るの? やはり私だろうか・・・・・じゃあ、そろそろ腰を上げるとしようか。




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明るい方向

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週を跨いだ辺りからテレビを見るのが怖くなった。情報ばかりが増えて、私は悪い意味で心を踊らされている気分である。気をつける為の忠告は聞いておいた方が良い、現状を知っておいた方が良いと思うものの、多すぎると恐怖心を煽りたてられるばかりで、頭が下がってしまった。それでテレビを見るのを止めた。正確には、報道の類を見るのを止めたと言えばよい。それ以外の、例えばフランスのシリーズ物ドラマを見ている分には、なかなか心穏やかなのだから。

仕事は忙しいし、家の中の器具は壊れるし、アレルギー性鼻炎は酷いし、世間は騒がしくて散策もできぬ。何だ、いいことがひとつもない、と呟いて思いだした。それでも私は元気に生活している。朝が来れば起きる元気があって、慌ただしく朝食をとって身支度して家を飛び出さねばならぬが、仕事が出来るのは有難いことだった筈。家の中の器具の故障も、そのうち業者に来て貰って何とかして貰えばいいだけだ。確かに鼻炎で鬱陶しいが、それが何だと言うのだ。時期が来れば治って、鬱陶しかったことも忘れてしまうに違いない。そう思えば、気持ちが軽い。確かにいいことのひとつもないけれど、案外悪くないなあと思えるのだから笑ってしまう。溜息をついたり笑ったり、そんな私を見て相棒は目を丸くする。傍から見ていると怖いらしいが、しかし最後は笑って終わったので、安心したとのことである。そうだ、明るい方を向いて歩こう。辛いことには終わりがあるのだ。そんなことを考えていたら、ふと父のことを思いだした。
私は父がある程度の年齢になってから生まれた。父と母はひとまわり違いだったから、母にとっては決して遅い子供ではなかったけれど。しかしそんなこともあって、父は姉と私をとても可愛がった。庭の植木をいじるのが好きだった父。父を外に連れ出すのは至難の業だった。外に行くと言っても、その辺りを手をつないで散歩するだけなのだが、日曜日の午前中は父に強請って歩いたものだった。今歩けばさほどの距離ではないに違いない道のりを2時間もかけて歩き、そろそろ家に帰ろうかと言う父の手を引いて、もう少し、もう少しと言って困らせた。そして散歩の最後は大抵家から10分ほどの場所に在る商店街で、そこで家で待つ母と一緒に食べる和菓子か、手焼きせんべいか、冬場なら鯛焼きなどを買って散歩を終わらせるべく家に帰った。父は疲れたに違いないのに、やあ、楽しかったと言ったものだ。父が私達との散歩のことでぶつぶつ言った記憶はない。何時も終わりは楽しかったと言って私達を更に喜ばせたものだ。
父は楽天家でのんびり屋、競争心が無く、都合が悪くなると歌ってみたり、何となくつかみどころがなかったけれど、何時も明るい方向を見ている人だった。私は父のような人になりたいと思っていた。私がまだ5歳か6歳の頃のことだ。私は父の娘だけど、父のような穏やかさはない。もし今からでも遅くないのなら。もし今からでも遅くないのなら。私も父のように常に明るい方を向いて歩いて行きたい。

クローゼットの中を見て驚いたのは、トレンチコートがひとつもないことだ。そういえば昨年処分してしまった。ならば春先はどうするの? と自分に問う。新しいのを購入してから古いのを処分する習慣は何時まで経っても身につかない。この春はトレンチコート無しで行くか、それとも新調するか。それもこれも流行のウィルス騒ぎ次第。一日も早く、以前のようにウィンドウショッピングなどを気軽の楽しめるようになればいいのに。散策をしながら気に入りの店に立ち寄れるような、気楽な毎日が戻ってくることを心から願う。




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良い人達

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季節の気が狂ったかのように暖かい。ボローニャの17度とは、私が覚えている限り3月の気温である。昔、もう23年ほど前、アパートメントの前の街路樹が2月早々に満開になり住民たちを驚かせたものだが、確かあの年の2月もこんな温暖だった。気が狂った2月、と言ったのは、近所の靴の修理屋のおじいさん。70年近く生きているがこんなことは初めてだと言って、気の狂った2月を嘆いていたものだ。あの後彼は店を閉めて隠居生活に入ったけれど、まだ元気にしているのなら、この暖かい2月を再び嘆いているに違いない。

あの頃、暮らしていたのは案外ごちゃごちゃした界隈だった。ローマの仕事を辞めてボローニャに戻ってくる私の為に相棒が探してくれたのは、狭いながらも広いテラスのある貸しアパートメントだった。当時その界隈には外国人など居なかったから、随分と珍しがられたけれど、別に嫌な思いをしなかったのは住人たちが素朴で親切だったからだ。隣に暮らしていた老夫婦は、相棒のことを息子のように可愛がった。彼らには子供が居なかったから、もし居るならば丁度相棒くらいの年だろうと言うことでとのことだっただろうか。時には食事に招いてくれたり、私が風邪を引いて寝込んでいると聞けば手製のトルテッリーニを持ってきてくれたり、ワイン農家から新しいワインが届けば2本ほど持ってきてくれたり。その代わりに相棒が、重いものを運んであげたり、病院に来るまで連れて行ったりしたものだった。反対側の隣の家も親切だった。タクシーの運転手を長年していると言うお父さんは、植木の手入れが好きだった。手で土を解して、何かを混ぜて。既に沢山の植木が広いテラスに並んでいたが、それでもまだ足らないかというように大きな植木を持ち込んでは、彼の妻を呆れさせた。彼のテラスには、そんな訳で鳥や蝶で賑やかだった。街中のオアシスみたいなものだろうか。おじさんのテラスには蝶や小鳥が沢山来るのねえと羨ましがる私に、彼は嬉しそうに笑うばかりだった。時にはメルロと呼ばれる鳥がやって来て、植木鉢の土を掘り返して彼の頭を悩ませるのだが、メルロはね、土行水するのが好きなんだよ、悪戯しているんじゃないんだよ、と私に説明してくれたものだ。そんな彼も、始めは私が言葉を理解するのかどうかわからず、挨拶くらいしかしてくれなかったけれど、ある日、おじさんの花は咲くのに何故うちの花は咲かないのだろうと話しかけた時から、色んな話をしてくれるようになった。土づくりが大切で、こうするんだよ、とテラスを仕切る柵越しに教えてくれたものだ。夏場になるとちょっと留守にするので水をくべてくれないだろうかと頼まれて、おじさん家族が居ない間に枯れてしまっては大変と、柵越しに並べられた沢山の植木鉢に毎朝毎夕水をくべたものである。地味な界隈で若い人達はあまり住んでいなかったけれど、近所の人には恵まれて、相棒がとても良いアパートメントを見つけてくれたことに長い間感謝した。そんなこともあって、あのアパートメントには10年暮らした。10年後あの場所を出る時は、隣人達から残念がって貰い、頭が下がった。私達が出ていくことを残念がってくれる人達が居ることに驚いたと言い換えればよいだろうか。そして私達は感謝したものだ。良い人達が周囲に居たことを。
長いこと、あの場所には足を運んでいない。用事もなければ足を運ぶ理由がないからだ。あのアパートメントには今もあの住人たちが居るのだろうか。この温暖な2月に、あのアパートメントの前の街路樹は咲いているのだろうか。

夕方空が薔薇色に染まった。あっと驚くほどの薔薇色に。明日も良い天気になるらしい。良い一日になることを心から願いながら、空が暗くなるまで眺めていた。




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