相性の良い場所

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失敗から始まった一週間。どうなることやらと思いながら、地味に、シンプルに生活してみた。そうしていれば不運が私をやり過ごしてくれるような気がして。ははは、君は面白いなあ、と相棒は言うけれど、私はいつもこんな風に思うのだ。静かに目立たずに居るうちに、色んな問題や不運は私に気付かずに通り過ぎてゆくだろうと。そんな風に静かに生活して驚いたのは、陽がだいぶ長くなったこと。自然と宇宙の神秘。世の中には天文学などに夢中になる人が居るけれど、気持ちは分かる。あれは実に神秘的だ。

夢の中で見た光景。何処かで見たことがある、これは本当に見たことがある光景だと思い、数日考えたら、リスボンだと分かった。昨夏泊まったホテルからの裏通りをずっと先に存在する河に向かって南下する途中で見た光景だった。その店の前を毎日歩いた。朝といい、夕方といい。大通りへ行くこともできたのに何故だか裏通り、いや、生活道路というべきか、普通の人達が普通に歩いているその通りが、私はとても好きだった。近年驚く発展を遂げたリスボンの街。特に大通りは20年前とは大違いで、どのホテルも煌びやかで、そういえばリスボンはポルトガルの首都であることを私に思いださせたものだ、しかし其れも大通りから少し中に入ると、地元、という言葉がピタリと来るような情景が存在して、やはりここはリスボンなのだなあなどと思ったものである。こんな店のショーウィンドウが存在するものリスボンだからなのかもしれない。其れならば、私とリスボンの相性が良いもの合点が行くというもので、昨年訪れたばかりなのに、この夏も行きたくて堪らないというのも頷けるというものだ。そんな気持ちに私は待ったをかけている。他にも素晴らしい場所は沢山ある筈。其れを探しに行かずにまたリスボンへ行くのは何故なのだ、と。まだ冬だというのにもう夏のことを考えては、周囲のイタリア人達を大いに驚かせている。

1月は駆け足。もう終わってしまったよ。




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元気な証拠

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薔薇色に染まった夕方。ああ、明日も天気になるのだろうと思いながら久しぶりに仕事帰りに旧市街に立ち寄った。このところ体調が良くなかったので、寄り道気分ではなかったのである。つまり、寄り道が出来るのは元気な証拠。嬉しいなあ、などと言いながら旧市街へ行くと、思いのほか人が居なかった。日が少し長くなったとはいえ、それでも早くやって来る夜。旧市街に着く頃には薔薇色の空も姿を潜め、すっかり夜になっていた。しかし其れも中世めいた美しい情景を眺めることが出来るなら、良いではないかと思いながらそぞろ歩いた。
30分ほどウィンドウショッピングをしようと思ったのに、面白いことに興味がわかない。まだ冬の真っ最中だというのに、冬物を眺める気になれないのだ。もし、店先に少しでも春めいたものが置かれていたら。もし、春色のスカーフが飾られていたら。そんなことを思いながらどの店のショーウィンドウも素通りした。平日の夕方とあってどの店も暇そうだった。其れも週末にもなれば、ごったがえすのかもしれないと思いながら、大通りを抜けて路地に入った。目的はチーズ。トリュフ入りのペコリーノチーズ。店に入って直径15センチ弱のそれを指さすが、これは切り売りできないとのことだった。半分だけ欲しかったのに。しかし丸ごとでしか売れないというのならば仕方があるまい。財布の紐がするりと緩んで紙に包まれた其れを袋に入れて貰った。今日の収穫は此れ。夕食に頂こうと考えていたのに、冷蔵庫に入れたきり忘れてしまった。明日のお楽しみ、などと言えば聞こえが良いが、こんなことを忘れてしまったことに自己嫌悪だった。明日は忘れてはならぬ。肝に銘じておこう。

帰りのバスの中に大きな犬が居た。性格が穏やかそうな犬。静かに座っていたのに、私が乗車したら私をめがけて突進してきた。目的はチーズの入った袋。あまりにクンクンするので飼い主が恥じながら、もう辞めなさいと、犬に声を掛けたので周囲にいた乗客たちが笑った。美味しい匂いが分かる犬。トリュフ入りペコリーノチーズなのだと私が袋を指さして言うと、誰もが成程と頷いた。バスは時々楽しい。楽しい人達に居合わす度に、バスは楽しいと思う。触れば手が切れそうなほど細い月が暗い空にひとつ。良い一日だった。




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月曜日

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朝から大失敗して気分が萎んだ月曜日。気分が乗らないまま家を出たが、案外うまく行ったと思う。難なく過ごした一日を終えて、ほっと安堵の溜息をつく。猫が足元に纏わりつく幸せ。猫が元気でよかったと思う。猫にしても人間にしても健康なのが一番だ。猫が嬉しそうなのは新しい猫草を購入したから。それから大好きなオレンジ色の球。たまにはね。人間だって美味しい赤ワインを奮発したり、トリュフ入りチーズを手に入れたりして楽しく美味しい生活をしているのだから。何事も平等にいこう。

フランス屋が店を閉めて、久しく仕事帰りの立ち飲みワインを楽しんでいない。旧市街にはワインを楽しめる店はごまんとあるが、ふらりと立ち寄って店の人や知らない客と丁度良い距離を保ちながら良い話、ポジティブな話が出来る店がみつからないからだ。その点フランス屋は満点に近い感じだった。時には興味深い人達から、見知らぬ世界を教えて貰うこともあった。店を閉めた店主は、次なる店の準備をしているようだけど、未だに何時頃何処に新しい店が出来るかの知らせは届かない。ただ、時折メールが届く。私は単なる客だったが、親愛なる友人達、との書き出しで、面白い話をしてくれるのだ。今日届いたのは秘蔵のポートワインのこと。1863年物のポートワインの話だ。もう数年前になるが、店主がこんな話をしてくれた。彼はワインとレコードが大好きで、地下倉庫には1000本を超えるワインが眠っているのだそうだ。レコードは地下倉庫ではないらしいが、こちらも大変な量のコレクションらしく、これらについて話し出すと止まらない。妻はお洒落でいつ見ても素敵な装いで、私は彼女を見かける度に感心するのだが、店主曰く、彼女はもう必要以上の服や装飾品を持っているそうだが、彼にはそれをとやかく言う権利はないとのことである。何しろワインとレコードのことがあるから。兎に角、1863年物のポートワインは、恐らく店主の地下倉庫に眠らせていたものだろう。此れを数人で分け合って飲もうという誘いだった。もちろん無料ではない。有料の試飲会みたいなものである。とても興味があるけれど、私のようなワインの知識もない人が参加するものではないだろう。それに参加費も大変な高額だから、他の人達に任せるとしよう。そのうち何か知らせが届くだろう、私に丁度良いような話が。楽しみは次にとっておくのもよいのだから。

今夜は誰かから頂いた白ワイン。ワイン農家から購入したらしい風貌のボトル。記憶になく、だから期待していなかったが、なんと、なんと、これが素晴らしかった。さあ、誰から貰ったのか思いだそう。さあ、何処で購入したのか訊きだそう。相棒と暫くこの話で花が咲きそうだ。




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海のように青い

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海のように美しい青い瞳。初めて彼に会った時、私の口からそんな言葉が突いてでた。彼は相棒の親友で、場所は初めて招かれて遊びに行った相棒のフラットだった。そんな風に今まで言われたことがなかった彼は、私の称賛を大そう喜び、初めて会ったその日から私達は良い友人関係を持つようになった。当時、相棒の料理上手は仲間内で有名で、だから昼食時や夕食時になると予告もなしに親しい友人達が立ち寄った。彼が立ち寄ったのも昼食時で、恐らく美味いものにありつけるに違いないと思ったからだったが、彼は相棒のフラットの数軒先に住んでいたから、食事時でなくとも、不意にドアのベルを鳴らすことが多かったようだ。
類は友を呼ぶというけれど、相棒の仲間は皆独身で、芸術肌で、自由を愛する人ばかりだった。結婚という枠にはまるのを嫌い、恋愛はしても結婚には踏み切らない、そういう人ばかりだった。だから相棒と私が結婚すると決めた時、仲間の多くは大いに嘆いたものだけど、彼は進んで結婚の証人を引き受けてくれた。こんな光栄なことは無いと言って。

彼はテキサス生まれのテキサス育ち。その彼がバークレーにやって来たのは学業の為だった。学業を終えて間もなくすると彼は写真にのめり込み、生活を立てるためにタクシードライバーをするようになった。此れならいつも機材を持って動ける。客が居なければ車をとめて、写真を撮ることもできる。そんなことがタクシーを運転するようになった理由だった。訊けばタクシー仲間にはそうした人が沢山居て、相棒の仲間もまた、そうした類の人達だった。しかし彼は本の虫でもあった。だから彼の家に遊びに行くと、本があちらこちらに置かれていて、時にはその本を私に貸してくれたりもした。此れは読みやすいし面白いから、と言って。彼と居る時間はそれほど多くないにしても、喋り始めればきりなく話し続ける彼から、色んなことを教えて貰い学ぶことになった。そのうちのひとつがアクセントだった。自分では気が付かぬうちに、彼のテキサスアクセントが身についたようで、あなたはテキサスから来たのかと見知らぬ人に訊かれて、大笑いしたことがある。そんなことがあったと彼に報告すると嬉しそうに笑い、小さな共通点を見つけた子供のような顔を見せたものである。
彼の気に入りの場所は、家のフラットから2ブロック先のタサハラ・ベーカリーだった。焼き立てのパンや菓子がガラスケースに並ぶ、オーガニックを謳った、その界隈では有名な店だった。朝8時頃に店に行くと、甘いパンと大きなマグカップにたっぷり注いだコーヒーをテーブルに置いた彼がどっしり腰を下ろして、買ったばかりの新聞を読んでいた。彼はこの時間が大好きで、誰にも邪魔されたくないのを私は知っていたが、そういう繊細な感覚のない相棒は、彼のテーブル席に腰を下ろして、昨日はこんなことがあった、今日は何処へ行く、と喋りまくるのだ。礼儀正しい彼は小さな溜息をつきはするけど、既に其処に居て話し続ける相棒の話に耳を傾けるのだった。暫くして、そろそろ帰ろうと私が相棒を促すと、彼はニヤリとして、君はよく分かっているなあ、というようなことを言ったものだった。
私より20歳年上の彼は、物知りで思いやりのある、親戚のおじさんのような存在だった。私達がアメリカを離れてイタリアに行くと決まった時に、一番残念がったのも彼で、イタリアに行っても何処に暮らせるかもわからない私達の為に、私達の猫を引き取ってくれたのも彼だった。僕はひとりだから、同居人がひとりくらい居た方が賑やかでいい、と言って。頼んだわけでもないのに、そういうことを言葉で言わなくても通じてしまうのが彼だった。
大きな体には不似合いなほどの内気で恥ずかしがり屋の彼は、恋愛が不得意で随分と損をしたと思う。でも、嫌な気分になって話が出来なくなるよりも、良い友達関係を続けられるならば、その方が僕にはずっと嬉しいと彼は言った。誰もが彼のことを信頼して、彼を悪くいう人などひとりも居なかったのは、彼がそんな人だったからだろう。
アメリカを離れて25年。その間に毎年彼から連絡を貰った。猫が近所に住む郵便屋さんの家に上がりこんでご飯を食べていると文句を言われたこと。あの界隈から離れたこと。猫が肥満体で困ったこと。私達の友人が写真家として第一歩を踏み出したこと。バークレーに一軒家を買ったこと。猫が老死したこと。隣の家の人が日本人女性と結婚したので、一度私に紹介したいと思っていること。それから、それから。
私が相棒と恋人同士になって暫くして、私が相棒のフラットに移り住むにあたり、彼が車を出してくれた。少ない荷物の中に鏡が入った箱があって、それを彼がうっかり地面に落としてしまったらしい。それを相棒が大いに咎めた。鏡が割れるのは不吉な標し。鏡が割れたなら、僕と彼女の関係は長くは続かないだろうと言って。彼と相棒はちょっとした言い争いをして、箱を開けてみたら鏡は割れていなかったから、相棒は大そう喜んだ。僕たちはきっとうまく行くよ。という話を彼が私宛のメールに書いたのは、1年半前の夏の終わりのことである。ふーん、そんなことがあったのかと思いながら、何故、彼はそんなことを今頃教えてくれたのだろうと思ったものだった。何故、今頃になって。

彼のことを此処に書き留めておこうと思う。昨晩、天に召された彼のことを時々思い出せるように。私には勿体ない程の友人。彼のような友人を持って私は幸運だったことに、今頃になって気がつくなんて。涙は零したくない。それよりも、ありがとう。ありがとう。私はずっと忘れない。




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食卓の常連

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不機嫌な空の土曜日。大雨は降らず、目を凝らさなければ見えないような霧のような雨が降る一日。傘を差して歩く人は居ないが、しかし其れも長く歩けば帽子もコートもしっかり濡れてしまうに違いない雨。アスファルトが濡れて黒く光っているのがその証拠。其れほど冷え込んでいないのに寒く感じるのは湿度のせいかもしれない。昨夜の薬が効いたのだろう、今朝は少し調子が良い。しつこい頭痛とも、じきにさよなら。こういうものは初期に解決しておくのが良いと思う。

昨夕、仕事帰りのバスに乗りこんだら、立っていた人がひょいと振り向いて私に挨拶を投げた。こんばんは、シニョーラ。見れば見覚えのある人。じっと考えていたら、相手の方から名乗り出た。近所の青果店の、と。ああ、そうだった、近所の青果店のバングラ人。見れば美人の妻と小さな子供が椅子に座っていた。様子を窺う限り、店を数時間閉めて家族で買い物に出掛けたらしい。子供の靴でも買ったのだろうか、靴屋の袋が目に入った。店の店主は夫だが、私が感心するのは妻のことだ。彼女が選ぶものにははずれが無い。林檎にしても桃にしても、そしてアボカド。随分前に今夜食べるアボカドを選んでほしいと頼んだところ、彼女はひとつひとつ手に持って、これがいい、今夜食べるならこれよ、と言って袋に入れてくれた。果たしてそのアボカドは全くの食べ頃で、丁度良く冷えた白ワインの供に用意した薄く切ったスモークサーモンと一緒に美味しく頂いたものだった。アボカドというのは匂いがしないので選ぶのが難しいというのが私と相棒の意見。それを見事に選び出した店主の妻に対する私達の評価はとても高い。さて、私は少し手前で下車して他のところに立ち寄ってからバングラ人の青果店に行くと、店主が店を開ける準備に明け暮れていた。本当は店は閉めないのだが、妻がどうしても一緒にとのことで数時間店を閉めたのだと店主が照れた。美人の妻にべた惚れなのだろう。確かに彼女は美人だから、私の目から見ても。最近何時も購入する林檎とトロペア産の玉葱と、季節外れだがダッテリーニと呼ばれる小さな甘いトマトと、そしてアボカドを注文した。今夜食べる用のアボカドと頼んだけれど食べ頃のは無いようだった。その中でも一番熟れているのを選んだけれど、4日後くらいが食べ頃というのが店主の見定めだった。代金を受け取りながら店主が訊く。シニョーラはアボカドをいつも買っていくけれど何故なのか、と。何故と訊かれても、それは勿論美味しいからで、これをサラダにしたり、スモークサーモンと一緒に頂いたり、食前酒と一緒に頂くカナッペに使ったりペーストにしたり、と説明しながら気が付いたのは、店主がアボカドの美味しさを知らないのではないかということだった。案の定、店主はアボカドを食べたことがなくて、それでよくも食べ頃が分かるものだと驚いた。あなた、食べてごらんなさいよ。これは日本では森のバターなどと呼ばれていてね、というと、シニョーラは日本人なんですかと返されて開いた口が塞がらなかったが、その件に関して追及するのが面倒くさくなり、はいはい、どうも有難うと手渡された袋を受け取って店を出た。家に帰ってアボカドを取り出し、それを林檎と一緒にビニール袋の中に入れた。こうすれば少し早く食べ頃になるというのを何時か誰からか聞いたことがあるからだ。美味しくなあれ、と言いながら袋を棚の中にしまった。恐らく月曜日が食べ頃。数年前までアボカドを食べたいとも思わなかったというのに。好物とは言わないにしても、何時の頃からかアボカドがうちの食卓の常連になった。月曜日の食べ頃に向けて、ちょっと良い白ワインとスモークサーモンを用意するとしよう。

1月も残りあと一週間。2月に入れば謝肉祭が始まるだろう。ヴェネツィアでは様々な謝肉祭の催しが予定されているだろうから、少し前に街を悩ませた高潮がやってこないことを祈るばかりである。そして少々落ち込んでいるヴェネツィアに沢山の人が訪れて、やはりヴェネツィアは美しい、やはりヴェネツィアは素晴らしいと褒め称えてくれると良いと思う。それが、私のヴェネツィア、と勝手に呼んでいる私の願いだ。




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