喜び

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今日は朝から近所の花屋さんへ行き、ヤドリギを購入した。バングラ人夫婦が経営している小さな店だ。ヤドリギはイタリア語でVischio。この名前、長年すぐに忘れて困った。覚えていると思って花屋へ行くと度忘れして、えーと、えーと、と言っているうちに花屋さんがこれでしょう? と出してくれると言った具合だった。其れも近年は、Vischioを頂戴、と慣れたものだ。旧市街などの花屋へ行けば訊かずとも見えるところに置いてあるが、うちの近所の花屋くらいでは、客の方から訊かなければ欲しいものが出てこない。店先に見えるところに置かれているのは大抵、色違いのシクラメンの鉢や、アマリリスやヒヤシンスの球根が少し目を出した小さな鉢だ。秋にはその場所に菊の鉢植えが並んでいた。そうだ、この店は鉢ものを置く店。切り花などは置いていないから、ヤドリギも本当は彼らの得意分野ではないのだろう。だけど季節柄、少しヤドリギを置いている。そんなところなのかもしれない。ヤドリギを入り口に飾って新年を迎えるのが習わし。其の下で口づけをすると幸せになれると欧羅巴では言い伝えられている。私たちはこうした古い言い伝えや習わしが好きで、一年の最後の日になるとこうしてヤドリギを求めて花屋に足を運ぶのだ。
日本に居た頃、ヤドリギなどと言う存在は知らなかった。名前すら聞いたことがなかったけれど、イタリアでは容易にヤドリギを見つけることが出来る。ちょっと雑木林に足を踏み込めばいいだけ。何の関連も無い樹の上の方に、まるで乗っ取ったようにしてヤドリギが存在する。けれども、それを手に入れるのは簡単なことではない。何しろ樹の高い高い場所に在るのだから。
ところで今年の花屋さんはやる気一杯で、外に大きな大きなヤドリギを吊るしていた。素晴らしい形のヤドリギに、多くの人が足を止め、店に吸い込まれて行った。店の奥さんに訊いてみたら、あれは単なる客寄せの飾り物などではなくて、れっきとした売り物なのだそうだ。既に売却済みで、午前中のうちにとりに来ると話しがついているらしい。参考までにい訊いてみた。あれは一体幾らで売ったの? 私は100ユーロと踏んでいたが、実際は50ユーロの値を付けていたそうだ。話の具合だと、それよりも安く売却したようだ。店の奥さんに言わせると、幾ら縁起物とはいえ、たった一日の為に客にそんな大金を払わせるつもりはない、とのこと。随分良心的な奥さん。旧市街へ行けば、ヤドリギは心無い値段がつけられて、それでも飛ぶように売れていくと言うのに。縁起物だからこそ、ちょっと高くても誰もが買っていく。私がそう説明すると奥さんはあははと笑って、良いことをするとちゃんといつか自分に返ってくるものだ、お客さんにはよくしておくのがいい、お客さんあっての商売だからね、と言った。何だか久しぶりにいい話を聞いた。私は自分の家のサイズに合わせて小振りのヤドリギを購入して店を出た。この花屋さんに幸あれ。来年も繁盛間違いなし。

ヤドリギは購入した。後は相棒がシャンパンを忘れないでくれればよいだけ。それにしても駆け足の一年だった。ツマラナイこともあった筈だが、面白いことに良いことしか思いだせない。それでいい、それでいいと私は思っている。

大晦日に辿り着けました。穏やかな気持ちで今日を迎えることが出来た喜び。私を取り囲むすべての人に感謝です。今年も一年間お付き合い有難うございました。これから迎える新しい年が、私達皆にとって希望に満ちたものでありますように。




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拘り

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日本に暮らしていた頃は12月30日ともなると一年の締めくくりを感じて感慨深かったりするものだが、私が暮らすイタリアでは、そうした感情はあまり生じないようだ。いつもと同じ一日。違うのは、休暇中で毎日家に居ること。暫く仕事に行かなくていいこと。其れも明日になれば少しくらいは異なった感情が生まれようというもので、早ければ昼を回る頃から近所の何処かから爆竹の音が鳴りだして、一年を終えるお祭り騒ぎの準備に誰もがそわそわし始める。そんなことを言いながらも一応私は日本生まれの日本育ちだから、新年を迎えるにあたり身の回りを綺麗にしておきたい気持ちがあり、ここ数日はカーテンを洗ったりガラス窓を磨いたり、棚の中を整理したりと甲斐甲斐しい。寝室には1800年代後半のものと思われる古い家具がある。昔はチーズを保存する棚だったが、それを修復して今は私の所有物を収納する棚になっている。家具の足元には玉葱のような丸い装飾がついている。それがエミリアの家具の証拠だ。今こそエミリア・ロマーニャ州などと呼ぶけれど、もともとは異なる地域だった。エミリア地域とロマーニャ地域。ロマーニャ地域は州の南東で、ラヴェンナ、フォルリ、チェゼーナ、リミニ辺りを指す。残りの部分がエミリア地域で、古い人達のエミリアにおける誇りの高さと言ったら。亡き舅はそんな古いエミリアーノの典型だった。ボローニャ人である誇りに加えてエミリア人である誇りで、手に負えないことがよくあった。そういうことを舅が他界したことでもう二度と耳にしなくなったと思っていたら、相棒がそれを受け継いでしまった。此れはエミリアだからとか、なんとか。そういう自分はボローニャから飛び出して20年近くもアメリカに居たくせに。ボローニャに帰ってきたらすっかり父親のような、古い古い拘りのボローニャ人になってしまった。兎に角、寝室に在るその家具は私の大の気に入りで、もう20年くらい使っているのだけれど、幅が狭くて小ぶりなくせに随分沢山なものを収納できるのである。整理整頓には案外自信があるが、しかし改めてみたらなんと沢山の不用品があることか。特に空き箱類が多くて驚いた。ティファニー色の小箱や目の覚めるようなピンク色の大箱。山吹色の平たい箱や、藍染めみたいな色合いの箱もあった。数えてみたら10個以上あって、どれも美しい色合いだった。それが恐らく箱を棚の中にしまいこんだ理由に違いないなかった。使うかもしれないと思って取っておいた美しい色の箱達だが、思い切って破棄することに決めた。すると驚くほど棚の中が片付いて、気分一新。此れだけで充分新年を迎える準備が出来たような気分になったと言ったら、人に笑われるかもしれないけれど。

思いだしたのは、まだ準備が完了していないこと。お祝いのシャンパンは相棒に準備して貰うとして、ヤドリギの枝、ヤドリギの枝を求めて、明日は花屋に行こうと思う。此れなしで、どうして新年を迎えられようか。ふふふ。いつの間にか私もそんなことに拘る人間になった。




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鐘楼に登る

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毎日が飛ぶように過ぎていくのが12月の特徴とはいえ、此れほど早くて良いのだろいうかと戸惑うほどである。つい数日前に冬期休暇に入ったと思えば、休暇の中間地点まで来ているではないか。ぼんやりしていたら休暇の最終日になってしまうよと、自分に言い聞かせる。さて、残り半分はどんな楽しいことをして過ごそうか。

ひとり歩きの良い点は、思いついたら誰に遠慮するでもなく、行動に移せることかもしれない。反対に、急に気が向かなくなれば、計画を中止できることでもある。私の場合は単なる散策にしても旅行にしても計画を立てることはほぼ無いから、後者のように中止することは無いけれど、前者のように思い付きで行動することは大いにある。例えば昨日の午後のように。
小さな用事を済ませて旧市街を歩いていたら小腹が減った。其れで久しぶりに大通りから少し中に入った角に在るエノテカ・イタリアーナに立ち寄った。案外空いていてよいかもしれないと思ったからだったが、その予想は大きく外れて随分の混み具合だった。ただ、それでも外に出ていかなかったのは、カウンターの中で忙しく働く店主が明るい声で挨拶を投げかけてくれたのと、互いの名前も知らないが、長いこと顔を知っている店の女性が私の存在を見つけると先客を差し置いて注文を訊いてくれたからだ。私はこの店の常連客ではない。多分年にせいぜい6回くらい土曜日の昼食時に立ち寄る程度の客。但し、15年ほど通っている。そんなことから全然上等な客ではないが、前から顔を知っている客として、結構よくしてくれるのだ。テーブル席は客で既に埋まっていて、カウンターにしても先客で混雑していたが、感じの良い知らない客が、小さい客にスペースを作ってくれた。私は背が低くて色んなことで損をしていると常々思っているのだけど、小さい東洋人、か弱そう、良くしてあげなくては、と思ってくれる人が案外いて、昨日のように頼まなくても良くしてくれることに遭遇する。有難いことである。当然ながら、小さい東洋人の私ではあるが、か弱いなんてことは全く無く、自分で頼んで場所を作ることも可能なのだけど。柔らかい赤ワイン。私はいつもこんな風に注文する。そうすればワインのプロがちゃんと私好みの美味しいのを探し出してくれるからだ。店の女性が色々考えて、店の棚からいいのを取り出して栓を抜いてくれた。グラスに注ぐその感じで、美味しい奴だと直ぐわかる。それからパニーノを作って貰った。薄く薄く切ったパンチェッタに良く寝かせたバルサミコ酢を垂らしたものが挟まっている。実にシンプルだが、私は此処に来ると何時もこれだ。パンは少し温めましょうとの店の人の提案だった。パニーノを手にするまで多少時間が掛ったが、美味しいのを頂けて、機嫌よく店を出た。昼から赤ワイン。母や姉が聞いたら、きっと驚くことだろう。しかしイタリアでは少しも特別なことではなく、食事にワインは付きものなのだ。それがたとえパニーノのような軽食であっても。大通りを歩いていたら目に飛び込んできた立て札。サンピエトロ大聖堂の前でのことだ。大聖堂の右脇入り口に行けば鐘楼に登ることが出来るとのこと。時計を見れば丁度登れる時間帯である。先ほどワインを飲んだばかりで塔に登るのはどうかと思いながらも、思いついたが吉日、と入り口へ行ってみた。5ユーロで鐘楼に登れて、大聖堂の下に納められている宝を見ることが出来て、地下通路まで見れると言う。居合わせた他人と顔を見合わせて、面白そうねと料金を払った。さて、鐘楼は70メートルだった。階段と言っても段があまりなく、実に歩きにくい急斜通路みたいなものだった。幅は大柄な男性がひとり歩くのが丁度良い程度の狭さ。其処を登る人、降りる人が同じ通路を歩くので、鉢合わせになるたびに大騒ぎで、頂上に辿り着く頃にはくたくたになった。しかし、其処に待っていたのは素晴らしい眺め。大聖堂も鐘楼も1100年代終わりに着工された古いもので、壁の厚みや、風情のある天井や梁、4つの巨大な鐘と音色は、此処に登るまでの苦労を忘れされるものだった。頂上の鐘をつく部屋では地元のガイドさんかボランティアか、驚くほど丁寧で詳しい説明をしてくれた。知識が豊富なので私の突拍子もない質問にも快く堪えてくれて、全く拍手ものだった。それにしてもこのボローニャの眺めを見れるとは。実を言えば私は一種の高所恐怖症なので、登るのはお手の物だが降りるのが苦手である。案の定、帰りは大変怖い思いをして、地上階に着いた時にはその辺に在った椅子に座りこまねばならなかった。宝も地下通路も諦めて帰って来たのは疲れて疲れて疲れ切っていたからだ。しかしあの素晴らしい眺め。悔いはなかった。
一夜明けて分かったのは、私の頭から爪先までの筋肉という筋肉が痛み炎症していることだ。ベッドから起き上がることが出来ないほどの痛み。ははは。と笑ったのは相棒と私。日頃の運動不足が見事に表れた。歩け、歩け。元気なうちはどんどん歩けと相棒に言われて、其の通りだと思った。この休暇を利用して、毎日歩こうと思っている。

今日は寒い一日だった。最高気温が4度ってどういうこと。其れでも文句は言うまい。太陽が出てくれるだけで、充分有難いから。




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文具が好き

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クリスマスと言う重要な行事を終えて、街は平常に戻りつつある。と言っても直に一年の締めくくりになり、新しい一年が始まるので、私の心は少しも平常ではない。私にとって一年の締めくくりはとても大切だ。例えばやり残した色々を片付けてしまいたかったり、それなりに家の中も整えたかったり、新しい一年を落ち着いた気持ちで迎えるための準備をしたり。冬期休暇なのをよいことに、私は身の回りの見直しに余念がない。自分には不要だが誰かが使えそうなものを袋に詰めたり、何故こんなものが今の今まで残っていたのかと思うようなものを捨ててみたり、乱雑になった本棚の整理をしたり、手紙の束を箱に詰めたり。古い写真は見始めるとキリが無いから閉じ込めておこうと誓いながら、やはり開いてしまって作業が滞る。自分がまだ20代の頃の写真。アメリカで生活を始めたばかりの写真。一緒に暮らしていた友人達との写真。相棒と暮らし始めた頃の写真。今はもう空に輝く銀色のお月様になった大好きなの友人の笑顔の写真もあれば、今は随分と年を取ったが、海のように青い瞳でコットンの半袖シャツを着た相棒の親友が何がそんなにおかしいのか大笑いしている写真もあった。私達は皆幸せそうで、私達は皆仲良しだった。あれから25年近く経った。そんなに沢山の月日が経つなんて、あの頃の私には想像もできなかったのに。

思いきって旧市街へ行ったのは文具の店に行く為だった。昨日のことだ。随分前に気に入って手に入れたペン。昔苦手だった類の青色の絵の具があったが、いつの頃からかと手も好きになって、店先でそれを見て恋に落ちた。メーカー側ではそれを重油の青と呼んでいるが、私はセルリアンブリーを一瞬憂鬱にしたような色と表現したい。私には高価だが、文字を書くのが好きな私だ、自分への贈り物のつもりで購入した。店先で試し書きしたのでインクの色は知っていた。しかし書き心地にばかり気が行って、インクの色への関心が足らなかったらしい。家に帰って手に入れたばかりのペンを使ってみて、あ、と思った。水色。インクは水色だった。濃いブルーならまだよいが、水色は色が薄くて読みずらい。確か店の人は素敵な水色のインクと言っていた。確かに素敵な水色だが、あまり実用的ではないと思った。それでインクを黒に替えようとずっと思っていたのに、明日、明日と延ばしていたら、随分の月日が経ってしまった。ペンを購入した店は何しろ遠方にあるので、ボローニャ市内に良い店はないだろうかと思っていたところで思いついた。ある、ある。Vecchiettiに行けばいい。
Vecchiettiとは店の創業者、そして引き継いだ家族の名字だが、訳すと老人達となる。今でこそVecchiettiと言えばボローニャの老舗で、その名を聞けばピンとくる人が多いけど、昔は案外揶揄われたのではないだろうか。イタリアの名字は面白いのが沢山あって引っ張り出したらきりがない。例えば小鳥ちゃんみたいなのもあれば、飽食家なんてのもあって面白い。さて、この店は案外古い歴史があって、ペンを売って100年ほど経つ。初めの創業者が没したところで妻が家業を引き継いで、店を開けたのが旧市街のVia Manzoniだった。そうとも知らずにボローニャに暮らし始めた私は、ある日散歩の途中に来に店を見つけて、その古い佇まいや、ペンの種類の豊富さ、趣味の良さに恋に落ちて、店に入ることすらしなかったけど、散歩をする時には必ず店の前を眺めたものだ。この店のある通りがなかなか渋い場所に在って、多くの人はそれに気が付かない。但し古いボローニャ人なら誰もが知っていて、店について滔々と話をするくらい有名な店だった。ある日、店の外からショーウィンドウを眺めていたら、中に居た人と目が合った。店の人がショーウィンドウの中のペンを取り出そうとしていたからだった。店の人は感じが良くて、どうぞ中におはいりなさいと言ってくれたけど、私は入ることが出来なかった。私にはペンにお金をかける経済力が無かったから。まだ職につけず不安定だった私は、何時も店の外から見る専門だった。イタリアという国の個人商店は敷居が少し高い。単に関心があったり冷やかしならば、外から眺めるのが良い。しかし、求めている物があったり、此れという物が決まっている場合は、店の人が親身になって相談を聞いてくれたり、丁寧な対応をしてくれる。時にはほんの少し割引をしてくれることもある。だから私は見るだけの場合が多く、しかし買い物をする時は個人商店が好みなのだ。さて、9年ほど前に店は場所を移し、街の中心も中心、エンツォ王が幽閉された館の目と鼻の先に店を構えている。明るい雰囲気の店構え。今はペンを使って字を書く人が随分少なくなったけど、場所柄うまくやっているようで、いつ見ても中に客が数人いる。それから旅行者と思われるような人が昔私がそうしていたようにショーウィンドウに張り付いて、ペンをひとつひとつ観察している。兎に角良いものが置いてあるので、ペンを使う人には堪らない店だ。
正午を回った頃に店に行くと、先客が5人も居た。何しろ対応が丁寧なので、たっぷり30分待たされて自分の順番が回ってきた。インクが水色なのだ。黒に替えたいのだ。そう言いながら鞄から自分のペンを取り出して見せると、店の人がふんふんと頷きながらインクの芯を替えてくれた。こんな簡単なことならば、もっと早くに来ればよかったのに、何しろ億劫で、4か月も延ばし延ばしになっていたが、これで良し。これからどんどんペンを使って文字を書こうと思う。

今日は歩き過ぎたのか。こんなに身体が痛いなんて。日頃、如何に運動不足であるかが分かるというもので、反省、反省。休暇中は歩くことを存分に楽しみたいと思っている。




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小さな店

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祝日明けの金曜日。夜中に随分気温が下がったらしく、朝起きたら家の中が寒かった。うちでは眠る時は暖房を切るからである。喉が渇くからとか、暖房費の節約だとか、色んな理由があるけれど、ベッドの中はぬくぬく温かいから必要ないと言うのが一番の理由かもしれない。しかし、そんな寒い翌朝は空がカーンと晴れ渡る。ここ数日続いて快晴で、私も猫も大喜び。猫は窓辺に座って窓の外を眺めるのが好きだからで、私は外を歩くのが好きだからだ。ここ数日色んなことがあって今ひとつ気持ちが晴れないが、そんな日は外に歩きに出るのが良い。

旧市街の花屋や魚屋、サラミ屋などが並ぶ食料品界隈を抜けた先の地味な通りに、小さな店があった。地味と言いながらも小奇麗なセレクトショップやら何やらが並ぶ通りで、一様に店の規模は小さいが、その中でもその店は飛びぬけて小さかった。犬や猫、鳥に纏わる道具や食料品などを置く店で、通りに面した店先には猫草や、植物の種、金魚が中で泳ぐ水槽などが並んでいた。俗に言うペット用品店なのだが、巷に存在するような可愛らしさ、明るさが無い店だった。地味で実用的な印象の店、と言ったらピタリと来る、そんな感じ。当然ながらそういう類の店なので、うちに猫が来るまで店に立ち寄る理由が無かった。初めて店に足を踏み込んだのは、5年前だ。キャットフードを求めてのことだった。うちに来た猫に、なるたけケミカルなものが入っていないものを食べさせたいと思ったからだった。それにこの店には以前から一度は行ってみたいと思っていたせいもある。店に行って分かったのは、小さい店ながら色んなものが置かれていること。そして、この店を贔屓にしている客が沢山居ること。不愛想な大柄な店主は、話すととても優しくて親切であること。店主は私の話を聞くと色んなものを提案してくれて、私はそのうちの2,3種類を購入して家に帰った。そうして結果報告に店に立ち寄ると、店主は、猫を我儘にしてはいけないよ、と言った。贅沢させてはいけないよ、とも言い換えられる言い方。君が飼い主なんだから、君が猫に教えなくてはね、と付け加えた。ふーん、そんなもんかしらねえ、とその日は思ったものだけど、そんなことがあってから、店に行くと色んな話をするようになり、店の前に店主が立っている時は大きな声で挨拶を交わし、店主が店の中に居る時は私は通りから大きく手を振るようになった。そんなことが数年続き、2年前に店主がスクーターの転倒か何かで酷い骨折で入院し、家族が穴埋めしていたけれど、色々大変だったと思う。ようやく店主が復帰しても、思うように動けない。狭い店は彼を更に動きにくくしたのかもしれない。時々元気か店に立ち寄って確認したが、あまり良い返事は帰ってこなかった。そんなことをしているうちに店が永久的に閉まった。昨年の今頃のことだ。私は決して良い客では無かった筈だ。この店で購入するよりも、近所の店で買うことが多かったから。理由は重いからで、少しでも近くで買い物をしたかったのである。そのうちネットで安く購入することを覚えた。時代の流れと言ってもよかったが、そんな風にひとりふたりと客が減っていけば、こんな小さな店は直ぐに打撃を受ける筈だと気付くのがあまりにも遅かった。もう会えない優しい店主。20年以上あの場所に存在した店が、今はもう無い。今はもう別の店になった場所の前を通り過ぎる時、淋しいなあと思いながら、小さな声でごめんねと呟く。謝る必要などないと知ってはいるけれど、それでもごめんねと呟くのだ。消費者としては同じ物なら少しでも安く手に入れたいのが本音だけれど、此のネットでの買い物が個人商店を打撃しているのは確かで、個人商店が好きな私としては、実に悩ましいのである。

ところでトリュフ入りブリーチーズが残り僅か。駄目でもともと、とフランス屋に立ち寄ってみたたが、やはり完売で、来年まで手に入らないそうだ。相棒はそんなチーズを好む私を贅沢者だと言うけれど、いいや、そんなことは無い。健康で美味しいものを美味しいと感じるうちが華。ダイヤモンドを買い求めている訳ではないのだからね、と話を締めくくりながら、しかし、私にとってあのチーズは、ダイヤモンドほど価値があると思って思わず笑みが零れた。




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