冷たい空気を吸いに外に出よう

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ちょっと気を許すと体調を崩すのは何故だろう。冬のせいばかりとは言えまい。きっと生活習慣のせいか、栄養バランスが悪いのか。睡眠時間が足らないのかもしれない。それとも帰りのバスの乗り継ぎで体を冷やしてしまったか。何にしても気をつけねばならない。此れから一年の締めくくりに向かって、忙しさに輪が掛るであろうから。
数日前に体調を崩して寝込んだから、今日は昼までぐずぐず迷った。家に居ようか、外に出ようか。気持ちは外に向かっているが、一向におさまらぬ頭痛。そして全身の痛み。激しいものではなく、静かに辛抱強く続く痛みに私は少々うんざりしていた。薬を服用しても治らない。眠っても治らない。少々怖い気がしたが思い切って外に出たのは、外の冷たい空気を吸いながら歩いたら、少しは気がまぎれるだろうと思ったからだ。

テレビのニュースで言っていたが、今週末はBLACK FRIDAYで街の人達は浮足立っている。昨年のことは覚えていないが、今年は多くの店がそれに参加しているようだ。ショーウィンドウの張り紙を見ては人が中に吸い込まれて行く。確かにこの時期の割引は有難い以外の何でもない。例えば早めにクリスマスのプレゼントを用意する人も居るだろう。例えば冬物を新調したい人も居るだろう。私はと言えば実用的なものばかりを買い物を昨日のうちに済ませてしまったから、今日は買い物をするつもりはさらさらない。広場を歩いたり、路地を歩いてみたり、途中でバールに立ち寄って何か温かいものを頂くのが唯一の出費になる筈だった。だった、と言うのには理由がある。街の中心にある小さな百貨店的存在の店に立ち寄ったからだ。地上階には知人が働いている。知人とは、手っ取り早く言えば、私が信頼する美容師の妻。まあ、妻の方とも仲良くなって2年も経ってから、実はこのふたりが夫婦であることを知ったのだけど。兎に角、彼女は素敵な人で、私は時々彼女から長々と色んな話を聞かされるのだが、勿論客のあまり居ない平日の夕方などのことである。今日のような割引を歌う週末は忙しいに違いないから、ちょっと挨拶程度にと思ったのだ。行ってみたら案の定彼女は客と話をしていて、その後にも数人の客が待っているようだった。声も掛けられそうになく、ちょっと上階の家庭用品などを見て時間を潰そうと思って階段を上がった。家庭用品売り場は早くもクリスマスの雰囲気満載で、きらきらと美しく、見ているだけで楽しい気分になった。今年は光物の飾りが主流らしい。光る青。光る緑。客たちが飾られたオーナメントを手に取っては、これがいい、いや、あれがいいと迷っている様子を私は楽しく観察させてもらった。今日は家族連れが多い。小さな子供を連れた家族、犬を連れた夫婦、若しくは恋人たち。私は人の居ない方へ居ない方へと足を運び、辿り着いたのが紅茶や珈琲をいれる器具を置く一角だった。私の目を惹いたのは透明の耐熱ガラスで作られた紅茶のポット。ひとり若しくはふたり分の紅茶を入れる為の小さなポットでとても機能的に出来ていた。薄いガラスで、手にしてみると軽い。こんな繊細ならばすぐに割れてしまうだろうと思ったが、丁度通り掛かった店員が、そんなことは無い、とても良くできたもので、例えば食器洗浄機に入れても割れることもないと言う。お茶のポットを洗浄機に入れるつもりはないが、つまり見た目より丈夫だと言うことだ。値段を見ると手頃だった。先日購入したダージリンをこれでいれてみたらどうだろう。そう思って購入した。手頃な値段からさらに随分割引されて、とても良い買い物をしたと喜んで階下に行くと、先ほどまで忙しそうにしていた知人が遅い昼食時間なのか、姿を消していた。まあ、いいか。目的の彼女と話せず、思いがけず紅茶のポットを購入して店を出た。先ほどまで曇っていた空にかすかな光が。暗かった街に希望の光がさしたかのようで、道行く人達の表情も、気のせいだろうか、少し明るく見えた。
帰ってくるなりポットを洗った。ポットにダージリンの葉を入れて、沸かした湯を注ぐといい匂いが立ち上った。透明だから紅茶の色が見えるのも面白かった。そうしていれた紅茶に頂き物のジンジャージャムをひとすくい混ぜてみたら、まあ、何と美味しいこと。冷えた身体があっという間に温まって、身体が解れていくようだった。週末の午後は丁寧にいれたダージリンティー。この冬はこれで行こう。

あっという間に空が暗くなるのは冬の証拠。今夜は霧が出るだろうか。以前、丘の町ピアノーロに暮らしていた頃、家の周りが霧で見えなくなったものだが、今でもあの辺りはそんなだろうか。霧は嫌いじゃない。なのに眺めていると不安な気持ちに駆られる。霧とはそういう存在なのかもしれない。




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良い習慣

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昨夕の夕焼けは幻。今日は朝から分厚い雲が垂れ込めて、午後には雨が降った。其れも冷たい雨で、冬のコートを着ていながらも胸元を手でグイッと寄せ合わせてしまうほどだった。明日からは帽子が必要になるのかもしれない。厚着は格好良くないと私は若い頃から思って疑わなかったが、最近は、いいや、薄着で寒そうにしている方がよろしくない、と思うようになった。だから早々に冬のコートを着始めた。きちんと着て寒空の下を颯爽と歩く方がずっとカッコ良い。襟巻をぐるぐる巻いて大きな広場を颯爽と横切るのだ、と。

今年もクリスマスカードを買い求める時期になった。近年は紙製のカードを購入する人が少ないからなのだろう、昔ほど手に入れるのが安易ではなくなった。私にはカードへの思い入れみたいなものがって、どんなものでも良いと割り切ることは出来ないのだ。だから僅か5枚程のクリスマスカードを手に入れるために、何軒もの店を渡り歩くのだ。この時期の恒例と言ってもよい。そうして色々見て回ってから、結局初めに行ったいつもの店で購入すると言った具合だ。ならば、始めからいつもの店で買えばいいのにと言われそうだが、そうもいかないのである。
アメリカに居た頃だから1990年代前半のことだ。当時はまだ手紙を書くのが主流だったから、感謝祭を終えるとどの店にも豪華なクリスマスカードが並んだものだ。種類が多すぎて悩んでしまうほどで、それは至極幸せの時間だった。初めの年は節約節約の年だったから、クリスマス直前に値段ががっくりと下がるまでカードを購入することが出来なかった。そんな直前まで待って送ったカードは、一体何時頃私の家族や友人達の手元に届いたのだろうか。今となっては思いだすこともできないけれど、翌年に届いたことだけは確かである。母が電話でまだ届かないけれど、と言ったのを今でも覚えているから。年々私はカードを買い求める日が早くなっていったが、それでも充分ではなく、私のカードはクリスマスの後に届くので有名だった。イタリアに暮らし始めてもクリスマスカードは欠かさなかった。12月早々ポストに投函した時は、今回ばかりは確実にクリスマス前に届くだろうと胸を撫で下ろしたものだが、それがどうして、元旦になっても届かず、ホリデーシーズンがすっかり終わった頃に届くのが常だった。イタリアは郵便事情が良くないと言うのは有名な話だったから、誰もが仕方がないと諦めていた。
多くの人がカードを送るのを辞めていったが、私はこれからもずっと続けるだろう。受け取る家族が喜んでくれる限り。受け取る友人が喜んでくれる限り。これは私の良い習慣なのだ。そして私の気に入りの習慣なのだ。

店先にミカンが並ぶようになった。ミカンだなんて懐かしいなあと思いながら皮を剥くと立ち昇るいい匂い。それは冬の匂いでもあり、私が子供だった頃の家族との思い出にも繋がる。林檎もいいけどミカンも。今冬は果物を沢山食べて元気に過したいと思っている。




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眩しい人達

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外に食事に行くのは嫌いではないが、いつの頃からか家で食事をするのが大好きになった。それまでは、どこかに食事に行くとなるとワクワクしたものだけど、そして自ら提案したりもしたけれど、最近は家でどんな美味しいものを頂こうかと考える方がずっと楽しい。と言っても料理の腕がいい訳でもなければ、多くの料理を知っているでもない私だ。他人が、えっ、と驚くほどシンプルなものばかりで、手の込んだものは大抵相棒が担当する。例えば魚料理などは圧倒的に相棒が上手く、私の出る幕もない。私はこれを幸運と呼ぶ。誰かが作る料理を頂くのは、驚きや感激も伴うから、自分の手料理よりもずっと楽しくて美味しいと思うから。ご馳走でなくたって良い。緩やかな時間、和やかで時間、そして肩の力を抜いてお喋りしながら頂く食事は楽しくないはずがないのだ。其処に美味しいワインがあればこんな嬉しいことは無い、という私の発言が世間に流出したらしく、良いワインが手に入ったからと言って友人知人から貰うことが多くなった。その多くはワイン農家のもの。粗削りなものもあれば実に繊細でよくできたものもある。商品ではなくて作品と呼ぶに相応しく、実際どんな高価なワインよりも有難い。
ワインにしても何にしても物を作りだすこと、生み出すことは素晴らしい。そして、そういうことに携わる人達にしても。生憎自分はそういう類の人間ではない。その分だけ、そうした人達を眩しく思う。

夕方、西の空が燃えるように赤く染まった。夕焼けは翌日の晴天の印。今週は、先週の分まで空が晴れるといいと思う。




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床屋のモレーノ

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モレーノの父親がこの界隈に床屋を開いたのは何時のことだろう。モレーノの家族はこの近所に家を構え、モレーノはこの界隈で育った。この界隈に生まれ育った人達は今も沢山存在する。根っからのボローニャ人、この界隈が好きで離れられない人達。大人になるとモレーノは父親のように床屋になり、店を継いだ。床屋が二代目なら客もまた二代目が多く、そういう客層を持つモレーノは幸運だったと言っていい。ボローニャには幾つもの床屋、散髪屋が存在して、最近は洒落た店も沢山ある。なのに洒落た若者ですらモレーノのところに通うのは、彼の腕が良いのと、そして人間性だっただろうか。月曜日から土曜日までの週6日間。店が停留所の背後に存在するので、土曜日に旧市街へ行く時にバスを待ちながら彼に手を振って挨拶したものだ。時には客のいない日もあり、彼は店の前に椅子を置いて、腰を下ろしてぼんやり何か考えていた。そんな時には声を掛けて世間話のひとつもしたものだ。モレーノと私は大した友達でもなかったけれど、少なくとも8年間の付き合いがあった。時には皆でバールに集い、時には友人の家での夕食で一緒になり、そんな時には彼の妻も同席して、私達は単なる知人のような、もっと踏み込んだ知人のような。優しくて、思いやりがあって、人が嫌な思いをするようなことは決して言わぬモレーノ。夏の終わりにバス停から手を振ったが散髪作業に集中していて彼は私に気付かなかった。ま、いいか。次に声を掛ければいいか。そう思ったのを覚えている。

モレーノが店を休むようになった。シャッターは下ろされていないが、小さな紙切れが張り付けられていた。読みにくい字で、病気のため休業、と書いてあった。それを見て、風邪でも引いたか、と思った。私にしても扁桃腺を腫らせて寝込んだばかりだったから、ああ、モレーノもか、とそんな風に思っていた。それからずっと店は休業だった。風邪をこじらせたのかと思ったのは、私の周囲にそうした人が案外多く居たからだ。数日前に相棒から知らされたモレーノが他界した話。病気を見つけた時にはもう手の施しようがなかったらしい。あの日、手を振った私に気付かなかった彼は、恐らくそれを知ったばかりで、周囲に構っている暇などなかっただろう。唯一気持ちを紛らわせることが出来るのは、散髪だけだったのかもしれない。あんなに集中して髪を切る彼を見たのは初めてだったから。いつもはもっと余裕があって、客と話をしながら、笑いながら髪を切っていたから。
金曜日に葬儀があった。多くのこの界隈の友人知人が悲しい悲しい別れに参加した。
土曜日の昼前、病気のため休業の張り紙が貼られた、固く閉じられた店の中に人が居た。遠くから目を凝らして眺めてみたら、モレーノの妻だった。そのままになった店を片付けに来たに違いないが、店の片隅の椅子に腰を下ろして泣いていた。背中を丸めて。だから声を掛けられなかった。あの日、モレーノと挨拶を交わせなかったように、彼の妻とも声を交わすことが出来なかった。でも今回だけはそれでよかったのだと思う。暫くそっとしておいてあげたいと思うから。バスを待ちながらモレーノと書かれた看板を眺めていたら、涙がふたつ零れた。
そのうち店の中はすっかり片付けられて、モレーノの床屋の看板も取り外されるだろう。でも、次に別の店が入っても、私はずっと忘れない。さよならじゃない。ちょっと居なくなっただけだ。優しい、思いやりのあるモレーノ。多くの人の心に彼の笑顔が残ればいいと思う。モレーノのことを、今日は文字に残しておきたい。

近年私の周囲から大好きな人達が姿を消していく。こういうのを運命と呼ぶならば・・・・・私は運命と仲良くやっていく自信はない。




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独り言

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雨が降るかと思っていた日曜日。朝から空が晴れて、素晴らしい気持ちで目が覚めた。雨戸は全て閉めないのが好きだ。テラスへと続く大窓はきっちり占めてあるが、もうひとつの窓は外の様子が分かるように半分ほど雨戸を開けてある。だから目を覚ました時に外が明るいとテンションが上がる。ようし、起きよう、と。その代わり雨降りで外がうす暗いと、何時までもベッドの中に潜っていたくなるのである。特に仕事に行く必要のない週末の朝は。
窓辺に黄色く色づいた菩提樹の葉がふたつ。どうりで猫が其処から動かないわけだ。猫ははっぱが大好き。私と猫は気が合うのだ。樹も大好き。風に枝が揺らぐ様を眺めるのも好きで、風が吹く日は窓辺に並んで外の様子をずっと眺める。もしも向こうの建物のテラスから私達の様子が見えたなら、一体何だと思うだろう。窓辺に落ちていた黄色い葉を摘み上げで床に置くと、猫は歓喜して走り回り、そして戻って来たところで葉に頬を寄せる。こんなものでこれほど喜んでくれるならお安い御用だ。但し、どんなに嬉しくても楽しくても、ベッドの上は禁止だと言うことを覚えておくのだよ。

イタリアには感謝祭は無いがブラックフライデーは存在する。それも数年前に急に始まって、近頃では私達もそれを楽しみにするようになった。方々から知らせが届く。あと数日でブラックフライデーだからと。消費者の私達の心をつかもうと業者もあの手この手で迫ってくるから、私達それに踊らされることなく、は賢くなければならぬ。前から目を付けているものや、必要なもの。そういうことに利用したらブラックフライデーのセールは本当に有効なものとなるだろう。
アメリカに暮らして初めての感謝祭を終えると、そんな特別な金曜日が存在するなどとは知らなかったから、買い物に繰り出す人々を見て、景気がいいなあ、などと思ったものである。私はまだ暮らし始めて半年も経っていなかったし、その街の住人とこあまり多くかかわることは無かったし、何しろ私は英語がてんで駄目だったから親切に誰かが教えてくれたとしても、正しく理解できたかどうかは疑問だった。前日の静けさが嘘のように、急に賑やかになったダウンタウン。ひとりでぶらぶらしていたのは、知っている誰もが出払っていたからだ。手の出ない高級デパート、マグニンに人が吸い込まれていく。此れは尋常ではないと目を白黒させたものだ。マグニンはこの街の、大人の女性たちの憧れ的存在だった。少なくとも私には手の届かない憧れの象徴みたいな店だった。マグニンには及ばないが手頃なところで隣のメイシーズに入ってみた。と、ブラックフライデーの文字。昨日まで定価だったものが、ガックリ値引きされていて、成程、これだったかと思ったものだ。もっとも私は引っ越しや学費、生活費などで買い物を楽しんでいる場合ではなかったから、単なる見物客で、しかし来年は是非ともこの割引を利用できるようになりたいものだと思ったものだった。あの日の私は若かった。まだ20代で、何もかもが可能に思えた。貧乏も苦労もあの若さだったから乗り切ることが出来たのだろう。今の私には手に負えないことも、あの頃の私にはどれもが可能に思えたから。
もう一度アメリカに暮らしたいと、長いこと願っていた。特にボローニャに暮らし始めたは良いが、生活の波に乗れず、心を塞いでいた頃は。あれから24年も経って、今は此処でもいいと思う。ちょっとやそっと出は揺るがぬ土台を私は作り上げたと思うから。恐らくそれが必要だった。アメリカだろうとボローニャだろうと、自分に心地よい土台があれば大丈夫。そう思えるようになったことを、素直に嬉しいと思う。

ところであの高級百貨店マグニンはあの街のちょっとした象徴だった筈なのに、ある年、店を閉めてしまった。何か、ひとつの時代が終わったような。そう感じたのは私だけでは無かった筈。今は私の記憶のひとかけらとして残っているだけだ。




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