人を笑顔にする本

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先週末、ボローニャ辺りにやって来た低気圧は割と速やかにバルカン半島へと移動して、再び高気圧に覆われている。一頃ほどの暑さではないにしても、少し歩くと汗ばんでくる。たとえ暑さが苦手でも、7月終わりに相応しいと思えば何とか上手くやっていけるだろう。

昨夕、仕事帰りに旧市街へ行った。ちょっと本屋に寄りたくて。何時も行くのは二本の塔の下にある本屋。ところが探している本が見つからず、今度はエンツォ王が幽閉されていた館の一角にある本屋へ行った。ボローニャの人なら知らない人などいないに違いない、子供の本を売る店だ。私が探している本は絵本だから、此処ならあるに違いないと行ったのだが、遂に見つけることが出来なかった。知人によればこの店は一日居ても飽き足らぬ店なのだそうだ。確かに子供向けの本が棚と言う棚、台という台に並べられていた。ただ、私には種類が多すぎで眩暈を誘うような多さだった。さて、此の本屋で、探していた本は見つからなかったけれど、ひとつ面白い本を発見した。私の好きなフランスの絵本作家が書いた、巨大な蛸が人を助けたりして大活躍する本だ。絵のタッチといい文章といい、大変好みで、私をぐいぐい引き込んでいった。読みながら笑顔になれる本は素晴らしい。これは私の本だ、と思いながら顔を上げたら、知らない人達が私を遠巻きに楽しそうに眺めていた。時々こういうことがある。嬉しかったり楽しかったりすると、場所をわきまえずに笑ってしまうこと。無邪気といえば聞こえが良いが、こんな大きな大人だからちょっと恥ずかしかった。それにしても本は出会いが大切。だからこの本との出会いは大切にしようと思いながら買わずに店を出てしまったのは、前の客の会計が手こずっていて時間が掛っているうえに、店内が暑くて暑くてどうしようもなかったからだ。また日を改めてくるからと店の人に声を掛けて店を出ると、微風が私の首元をするりと抜けていき、ほっとした。いい店だが、私にはちょっと暑い。涼しい日に来るのが適した店なようだ。しかしエンツォ王が幽閉されていた建物に子供向けの本屋があるなんて、素敵じゃないか。それがとてもボローニャらしく思え、近いうちにまた来ようと思いながら歩き始めた。
本。子供の頃、母が毎日本を読んでくれたのを思いだす。私は幸運な子供だった。こんな風にして子供の頃から本に接することが出来たのだから。今でもそれらの本のことは良く覚えている。本の匂いや手触りすらも。宝物だったあの本たちは私と姉が大きくなると母が教会に寄付してしまったけれど。

夏真っ盛りだが、夜になると夜風が涼しく、草むらの虫の音に耳を傾けると、夏を通り過ぎようとしているのではないかとふと思う。現に日が少しづつ短くなっているようだ。あまり先のことばかりを考えずに、今を存分楽しんでおこう。テラスで夜風にあたりながら、そんなことを思う。




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地図を広げて

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今回に限っては天気予報が大当たりで、ボローニャ辺りはひんやりとした日曜日だった。うちの辺りでは20度しか上がらず、言い換えれば朝から晩まで20度だった。窓を閉めれば暑いし、開け放てば一筋の冷気が家の中を駆け巡って、場合によっては剥き出しになった足首や首元を冷やして大変なことになる。如何にして体を冷やすことなく外気を家の中に取り入れるかが、本日の課題だったと言ってよいだろう。猫は涼しくも寒くない場所をちゃんと探し当て、のびのびと眠る。その姿を眺めながら、あんたって賢いわねえ、と声を掛けては、動物とはそういうものなのかもしれないと思う。

今日は昼食の後に地図を広げてみた。リスボンの地図だ。過去に2度行っているから何処かに地図がある筈だが、その間に数回引っ越しをしたために多くのものが見つから無くなり、そのうちのひとつがリスボンの地図だった。本当ならば行った先で最新の交通網などが記入されている地図を手に入れればいいのだが、6年振りにいくリスボン、最後に行ってから僅か6年しか経っていないリスボンの街の記憶が消えていて、色んなところを訪れたいのに、色んな場所を歩きたいのに、さて、どうしたものか、と言うことで、先週旧市街の大きな本屋に立ち寄って地図を入手したという訳である。と、あれこれ理由をつけてみたが、早い話が私は地図が好きなのだ。旧市街よりも広い範囲の地図しかなかったのでそれを購入したが、広げてみたら随分と大きかった。私の知らないリスボンの地域。住宅街だろうか。そんな範囲まで載っている地図を見ながら、私が知っているリスボンがほんのごく一部であることを確認することになった。さて、地図を眺めながらペンで印をつけていく。確かこの辺り。確かこの道。印をつけたうちのひとつは、食料品市場界隈にある小さなカフェ。鄙びた界隈のその並びに、幾つもの立ち飲みバールや美味しそうな物を売る店が並んでいたが、地元のおじさんたちがあまりに多すぎてひるんでしまい、比較的入りやすそうに見えたカフェに入ったのだ。もう午後も3時を回っていて昼食時は過ぎていたが、私は朝から何も食べていなかったから空腹だった。私は歩き始めると食べたり飲んだりすることを忘れて、何処までも何処までも歩いてしまう癖がある。その日もそうだった。店のカウンターに行って店の人に話しかけた。大変な空腹なのだ。何か空腹を満たす美味しいものはあるか。見るからに旅行者の外国人がいきなり空腹を持ち出して来たので店の人は笑い、そして同情したのか、昼食の時間は終わっていてキッチンが閉まっているけれど、これならば出来ると言うので、どんなものだかよく分からなかったがそれを注文した。そして冷えた白ワイン。喉も乾いているのだと言うと、爽やかな白ワインをグラスに注いで奥のテーブル席に持ってきてくれた。店内は古い建物の特徴をよく生かしてあり、私好みだった。そもそも古いものを取り壊さないリスボン自体が私の好みなのだけれど。手紙を書き始めて少し経つと注文したものがテーブルに置かれた、それは温めた掌に乗るほどの円形のチーズで、ナイフで上を切り抜いて中のトロトロになったチーズをパンにつけて食べると美味しいと説明を受けた。其の通りにしてみると、まあ、美味しいこと。思わずイタリア語で美味しいと唸ると、ああ、イタリアから来たのね、あなたは、と言って嬉しそうにカウンターに戻っていった。ようやくお腹が落ち着いて気持ちに余裕が出来ると、周囲に様々な客が居ることに気付いた。子供を連れた数組の家族が大きなテーブルでゲームをしていたり、ひとり客が本を読みながらワインを飲んでいたり。時間帯のせいもあるだろうか、それとも場所柄かもしれないが、恐らく地元の人達が多く通う店らしかった。あれから6年経ち、近年はポルトガルが大変人気と聞いているから、あの店もまた私のような旅行者が多く足を運ぶようになったに違いない。しかし地図に印をつけたと言っても私の記憶が正しいかどうかは分からない。案外見当違いの場所で、行ってからぐるぐる探し歩く羽目になるかもしれない。其れもよし。旅とはそういうものなのだ。道に迷うからこそ発見があり、道を人に訊くことで人の有難さを知り、時間が掛った分だけ目的地に到着で来た時の喜びは大きい。

それにしても、ここ数日、小さな用事が沢山あって覚えきれない。其れで紙に書きだしてみた。月曜日は、火曜日はと書いてみたらうんざりした。まるで用事に振り回されているみたいで。平日の昼間の仕事は生活の糧なので有難いこととしても、その後にすることの何と多いことか。それでどうしてもというもの以外に横線を引いてみたら随分すっきりした。よし、これで行こう。夏の休暇に辿り着く前に疲れてダウンするなんて御免だから。




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冷えた空気

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パリに住んでいる常連客が、大型低気圧がイタリアに向かっていると言っていた、と話していたのは私が通う店の店主だ。8年だか9年だか通っていた店に行くのを止めて、彼の店に行くようになって数年が経つ。彼は私の髪を切る人。有名人でもなければ有名店でもないが、良い顧客がついているようで、時々店でそうした客を目にしては、ハッとさせられるのだ。テレビに出てくるジャーナリストとか、モーダ関係の人達。勿論そんな客ばかりではない。私のようなごく普通の人も沢山居る。兎に角、パリに住んでいる其の人は、ボローニャに戻って来る時は必ず店に立ち寄り髪の手入れを頼むらしい。其の人が、パリに居た大型低気圧がイタリアに直進している、もうじきよ、と言ったらしいのだ。今朝は土曜日だと言うのに平日のように早起きして、髪を切りに行った。暑くなる前にと、一番早い時間を抑えて貰ったのだ。それでパリの常連客の話になり、大型低気圧の話になり、そう言えば今夜から日曜日にかけて雨が降り、気温が急降下するという話は本当だろうか、いいや、私達は騙されている、そんなに涼しくなる筈がない、ありえない、うん、ありえない、と話をして、昼前に帰ってきた。

早起きをしたから午後は昼寝でもしようと思ってあれこれしているうちに大きな雷の音が鳴り響き、空を見ると家の上は黒い雲で覆われていて、此れは来そうだ、と思った途端にばらばらと大粒の雨が降り始め、あっという間に乾ききっていた地面が黒く濡れた。地面が濡れる匂い。この匂いを嗅ぐと、何時も懐かしく思う。自分が子供だった頃の思い出に結びつくこの匂い。この匂いが好きかどうかは実を言えば自分にも分からないが、少なくとも心が静まって、安堵の溜息が出る。家中の窓を閉めたのは、雨が四方八方から吹き付けるからだ。私達の多くは数週間前の土曜日のことを忘れていない。大きな雹がばらばら降って、人や車を散々傷つけたこと。こうして空が黒くなると、誰もが車を移動させて、路上から人が消えるのは、私達があの日のトラウマから抜け出していない証拠だ。暫くすると雨が止み、息苦しくなった室内の空気を入れ替えるために窓を開けると、まるで初秋のような冷えた外気が部屋の中に流れ込んだ。驚きだった。
ふと思いだしたのは2005年の8月のこと。あの8月は休暇の半分をクロアチアのイストリア半島で、半分をブダペストで過ごした。稀に見る冷夏で、折角イストリア半島に行ったのに海に入ることはあまりなく、旧市街を歩いたり、ごつごつした浜辺に腰を下ろして海を眺めながら話をするばかりだった。ブダペストに移っても同じく冷夏で、私が知っている夏のブダペストはすっかり影を潜めていた。私が知っている夏のブダペストは、カーンと空が高くて明るくて、時には暑すぎてどうしようもない、そんな印象だったのに。しかし涼しいから赤ワインが美味しくて、私と相棒はそこで合流した友人達とレストランのテラス席で赤ワインを頂きながら涼しい夏の夜を楽しんだものだった。懐かしい思い出。もう一度あんな涼しい夏を過ぎしてみたい。

今日あたり海にいる人達は残念がっているに違いない。街に居る私達にはこれほど有難いことはないけれど。暑くなり過ぎたボローニャ。ちょっと小休憩が必要だった。今夜はよく眠れるだろう。




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小さな拘り

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遠くの空が光った。方向的に北の方で、どうやら雨が降っているらしく、そちらの方から気持ちの良い、微かにヒンヤリした風が流れてくる。暑くなり過ぎた一週間。うちの辺りは38度にまで上がり、仕事帰りに立ち寄ったクリーニング屋さんの女主人が辛そうにしていた。店には暖房もなければ冷房もない。冬はアイロンの熱気で暖房なしでも過ごせるらしいが、夏もアイロンの熱気で酷く暑くなるから冷房のひとつもつければよいのにと思うのだが、私が知る限りボローニャのクリーニング屋さんはどの店も冷房がない。だから女主人はいつも袖なしの肩をむき出しにした装いで、そして何時も額に汗している。もうすぐ店を閉める時間だからと勇気づけるが、今日という今日はかなり堪えているらしい。店の裏の扉を開け放ってはいるが、何しろ外が物凄く暑いので、扉を開けていてもあまり効果はないようだ。女主人も彼女の夫も70歳前後の身だ。熱中症には気を付けて。もうじき楽しみにしていた夏の休暇なのだから。そう言って店を後にした。
家に帰ったら猫が床で伸びていた。こちらもかなり身体に堪えているらしい。家中の窓という窓を開けて空気を入れ替えて、そして伸びた猫の体を優しく撫でつづけたら、ようやく元気を取り戻したらしく、体を起こして水を飲みに行った。もう大丈夫。けれどもこの気候が続くようならば、ちょっと工夫しなくてはならないだろう。猫が涼しく留守番できるように。人間と同じように動物もまた暑さ対策が必要なのだ。

数日前、旧市街にボタンを買いに行った。気に入って購入した麻のパンツだが、縫い付けられているふたつのボタンがどうしても気に入らない。幾度かそれを無視して今日こそは履いて外に出ようと試みたが、上にシャツを着れば誰にも見えないふたつのボタンがどうしても気に食わず、未だにパンツは履いていなかった。ならば、と言うことで旧市街の店に行くことになった。暑い夕方で、何もこんな暑い日に買いに行かなくてもと己をあざ笑いながら。しかしあのふたつのボタンは自分の趣味の範囲外で、許しがたい類のもの。一日も早く取り換えてしまいたかったし、購入したパンツをどうしても履いて外出したかったのである。ボローニャにボタンを置く小さな店は幾つもあるが、一番便利な塔の下の、知っている店の中でも一番小さい店に行った。8月早々夏季休暇に入るとの張り紙が店の入り口に貼ってあった。この時期は用事を先延ばしにすると、困ったことになる。自分に夏季休暇があるように、他の人にも長い夏季休暇があるのである。店には先客がいたが、ドアが開いたのを察知した別の女性が奥から出てきてすぐに訊いてくれた。何をお見せしましょうか。若いが大変丁寧で、まるで日本に居るようだと錯覚した。パンツのベルトの部分についているボタンが気に食わないので、もう少し感じの良いものに替えたいのだ。直径は、色は、好みの雰囲気は。私の話に黙って耳を傾けて、私に背を向けたかと思ったら、壁の棚に整然と仕舞われた箱を7個も8個も取り出して、此れはどうか、あれはどうかと薦めてくれた。その中に興味を惹かれたものがあり、それを手にすると、成程、この手のものが好みなのかと言うように頷き、再び幾つもの箱を取り出した。此れは形が良いけれど雰囲気が合わない。此れは若干小さいけれど大変私の好みに合う。此れは、あれはと褒めたりケチをつけたりしながら、いったい幾つのボタンを手に取っただろうか。僅かふたつのボタンの為にこんなに迷う客とは思っていなかったに違いない店の人は、しかし怒ることもせかすことも無く、私と一緒にボタン選びをしてくれた。うん、やはり此れにする。でもふたつではなくて4つ。このボタンは華奢だから、壊れた時に替えが無いと困ったことになる。そんな私の言葉に店の人は笑い、確かに此のボタンはとてもいい、実はこのボタンが店にあることを知らなかったのだと言いながら、ボタンを小さな紙の袋に丁寧に滑り込ませた。家に帰って来てパンツに縫い付けられていたボタンを取り外し、購入したての新しいボタンを並べてみたら、何と素敵な。直ぐに縫い付けて試着してみたら、ボタンが違うだけで何と雰囲気が良いことか。シャツで隠れる場所のボタン。しかし、ふとした拍子にチラリとみえる場所のボタンは、何でもよいとは思わない。小さな拘り。此の小さな拘りを私は大切にしたいと思う。

ああ、それにしたって白桃の美味しいこと。今年は雹や天候のせいで果物が不作かと思ったが、そうでもないらしい。果物を自ら好んで食べない相棒に、良く冷えた最後の白桃を切り分けて皿にのせて薦める。白桃かあ、といいながら彼はあまり気乗りのしない顔で口に放り込んだが、大きな笑みが広がった。美味しいじゃないか、コレ。それは良かった。ならば明日にでも青果店に立ち寄って、美味しい白桃を見繕って貰うことにしよう。




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猫に教えて貰った

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蒸しムシむし暑い。気温もさることながら湿度のパーセンテージも私の快適レベルを遥かに超えた一日だった。家に帰って来て気軽な装いになり、冷たい水で洗顔して、美味しい水を飲んでほっと一息つくのが嬉しい瞬間。猫は冷えた床が好きらしく、ごろりん、ごろりんと楽しそう。しかし月曜日からこんなでは先が思いやられる、と言うのは今週は大変暑くなる予報が出ているからだ。一番暑くなるであろう街はフィレンツェ。条件がよく似ている盆地のボローニャも似たり寄ったりに違いない。先ほどテレビの報道で40度と聞こえたけれど、聞き間違えだろうか。そう願いたいと思いながら、明日もゆったりした涼しい服装で出掛けようと心に決める。

と、猫が興奮しながら私の足元をぐるぐる回る。どうやら、ついて来い、と言うことらしい。尾っぽが真上にピーン伸びているのは嬉しい証拠。何でしょうか、さあ、教えてくださいよ、と彼女の後をついて行くと、あっ。蝉だった。蝉が床にひっくり返っていた。日本に居るような大きな蝉でないにしても、蝉は蝉である。蝉が部屋の中に居るはずがないので、恐らく猫がテラスから持ってきたに違いなく、猫はそれを私に見せて、さあ、褒めてくださいよと言わんばかりに大きくニャーと鳴いた。そんな、ニャーと言われたって。私は虫が大好きで樹に登って虫捕りなどをしたものだが、それも幼少の頃のことで、今では小さな虫だって苦手なのだ。蝉の命は絶えていた。紙で摘み上げて外に捨てたら、猫が悲しい顔をした。私への贈り物だったのだろうか。褒めてくれない飼い主。喜んでもらえると思ったのに。そんなところだろうか。ごめんごめんと猫を抱きあげながら人間同士でもそういうことがあることに気付いた。良かれと思ってしたのに喜んでもらえるどころか怒らせたり落胆させたりすることがある。例えば私と相棒は考えていることも、することも好みも異なるふたりだから、そうしたことが多々あるのだ。そうか、そういうことか、と気付いて有難うと猫の頭を撫でる。私は人からばかりでなく、家の周りの樹々や、そして猫からも教えて貰うことばかりだ。

ところで街を歩いていたら、単に並べているだけなのに涼しげに見える花屋の店先に感心した。涼しさとは、視覚から得ることもできるのだと。




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