彼女からの電話

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蝉の声がする。其れも一匹二匹の話ではない。家の周囲の樹々に蝉が随分と居るらしく、蝉のオーケストラと言った感じである。運が良いのは今日が日曜日で、気持ちがゆったりしていることだ。自分なりに色んな予定があるにしても、こんな暑くてはどうにもならぬ。あー、辞めた、辞めたと全てを放り投げたら、ゆったりな気持ちになった。何だ、こんなことだったのか、という感じ。もっと早くにすればよかった。

昨夕、食事を終えるのを待っていたかのようなタイミングで携帯電話が鳴った。この時間帯に電話が鳴るのは珍しいことだった。さて誰だろう、と電話にでてみたら懐かしい声が耳に飛び込んできた。耳に心地よいハスキーな声。彼女にシャンソンを歌わせたら素晴らしいに違いないと昔よく思ったものだが、その声を再び耳にできるとは夢にも思っていなかった。彼女との関係は28年も前に遡る。1991年の秋のことだ。私はアメリカで独り暮らしを始めたが、安いアパートメントながらもひとりで暮らすには高く、それにひとりで暮らすよりも誰かと暮らした方が健康的に違いないと思い、いや、簡単に言えば私はあの小さなアパートメントから出ていきたくて、友人を通じて日本人女性を紹介して貰って、住み心地の良い、日当たりの良い明るいアパートメントを探したのだ。次に住む場所が見つかり月末が来ると私は独りで住んでいたアパートメントを後にした。とは言え、まだ入居手続きが完了していなかったので、一時的に住む場所が必要になり、私は友人の勧めでレジデンスクラブと言う場所に身を寄せた。此処はホテルのような場所だが、もっと格安。留学生などが利用する場所といった感じだった。そこで私は彼女と知り合った。私と彼女はすぐにピンとくるものがあって、帰り道でばったり会うとカフェに立ち寄ってみたりウィンドウショッピングをする仲になった。彼女は私より二つ上の日本人。小柄でスレンダーさんの彼女は、かっちりしたジャケットに洗いざらしの細身のジーンズを格好良く着こなす、お洒落の天才みたいな人だった。きついカールの長い髪を後ろの高い部分でキリリとひとつに結わき、キャップを被るとそのスタイルの良さや着こなしから、とても自分と同じ日本人には見えないと思った。一度彼女に誘われて買い物について行ったことがある。店じまいセールの最終日で、彼女が目をつけていたのは高級なジャケット。定価ならば到底手が出ないようなものだった。其れも今日が最終日となると私達のようなつつましい生活をしている学生にも手が出るような値段になっていて、彼女はそれを試着して私に見せた。それはもう格好いいの一言で、貴方は人を褒めるのが上手だと彼女は言いながら上機嫌になってそれを手に入れた。そんな素敵なジャケットが最終日まで残っていたのは、恐らくサイズが小さかったからだ。こんな小さなサイズを着こなせる人はこの街にはあまり居ないだろう。しかし其れでもこうした掘り出し物を見つけた彼女には脱帽で、やはり彼女はお洒落の天才なのだ、と再認識したものである。私と友人が新しいアパートメントに暮らすべくレジデンスクラブから出ていっても、私達の友人関係は続いた。私達が強いつながりだったかと言えばそうでもない。ただ、何かあると連絡を取り合い、顔をつけ合わせて話をして、ああ、やっぱりあなたと話ができてよかった、と思うような仲だ。大変落ち込んでどうにもなら無くなった私を外に連れだしてくれたのも彼女だ。此れからフットボールのプレイオフがあるから皆でユニオンストリートのスポーツバーに観戦に行こう、気分がすっきりするはずだから、との誘いで、実を言えばそんなものにはさらさら興味は無かったけれど、彼女の親切が嬉しくて迎えに来てくれた車に乗りこんだ。フットボールについてはどんなふうにゲームが終わったかすら覚えていない。覚えているのは彼女の恋人とその友人がゲームに夢中になっている傍らで、彼女が私の気分を持ち上げようと楽しい話を聞かせてくれたことだ。果たしてゲームが終わる頃には私は随分と元気になり、飲めないビールを飲んで彼女たちと乾杯したり夕食を楽しんで家に帰ってきた。そうした小さな彼女との忘れ難い思い出は沢山ある。最後に会ったのは24年前、そして最後に電話で話をしたのは多分18年前のことだろう。18年前は互いに深い問題を抱えていて、何となく纏まらない感じで電話を切って、其れっきりだった。別に喧嘩をしたでもないが、其れから連絡を取ることはなくなってしまった。元気で居ればいいと時々思いだしながらも。その彼女が電話をしてきたことに驚き、戸惑い、どうしたのかと訊けば、私の声を聞きたくなったと言うではないか。こんな嬉しいことってない。そんな人が地球の裏側に存在するのだと、心の中でサーフィンを愛する青年たちが喜ぶに違いないほどの大波がおこり、そして大波は私が近頃抱えて持て余していた全ての小さな思い悩みを呑み込んで去っていった。必要な時に彼女はどうしていつも登場してくるのだろう、と今日の私は思う。それが単なる偶然だとしたら、偶然ほど素敵なものは無い。彼女と私。最後に会った24年前の私達とは表情も姿が変わったに違いないが、気持ちはあの頃と同じ。たまに様子を見に来る相棒が呆れるほど沢山話した。1時間と17分。まだ話すことは沢山あったが、続きは次回にしようと頷きあって電話を切った。

昨日は色んなことを考えた。暫く停滞して色々が、何かの力によってぐいっと押し出されたような感じだ。そう言うことが時々ある。私の場合は5年や10年に一度の割合で、そう頻繁なことではないけれど。後は自力で前に進もう。それとも小さな奇跡を期待しようか。




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美しい爪

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風は何処へ行った。朝の、あの涼しい風は何処へ行ってしまったのだろうと空に問いたくなる程、昼には熱風が吹いた。

今朝は涼しいからこんなものかしらね、と身支度して旧市街へ行った。もっと暑くなれば、折角の土曜日でも外出したくなるに違いないから、今のうちに存分楽しんでおこうと思ってのことだ。近年暑さに弱くなり、明るい夏は大好きなのに夏以外の季節を好むようになった。そんな時、人間は変わっていくのだと実感するのだ。
まずはいつものバールに立ち寄って、カッフェと小さな甘い菓子。他にも店は沢山ある。時にこの近くには、こぞって感じのいい店が存在するが、足が向くのはこの店で、此の店が此処に存在する限り、私はこの店にばかり来てしまうのだろうと思う。今朝は程々の客の入り。私のようにこんだ店が苦手な客には、このくらいが丁度いい。注文したものがカウンターに並び、さて、と手を付けようとしたとき、ふたり向こう辺りから女性の声が聞こえた。若い女性ではなく、結構貫禄のある声だった。振り向いてみると、年の頃は60代半ばの、昔は美しい金髪だったに違いない髪をきちんと整えたイタリア人女性が居た。彼女は角ばった分厚いセルロイドのフレームの眼鏡をかけて、白地に様々な種類の花が散りばめられたワンピースを着て、赤い珊瑚のネックレスで首元を飾り、なかなか見応えのある装いだった。また明日も来るから。私は明日までボローニャに居るのよ。と言うことだから、彼女はボローニャの人ではないらしい。話し方やアクセントでどこから来たのかを聴き分けてみようと試みたが、遂に分からなかった。分かったのは、彼女が単なる旅行者ではなくて、何か仕事がらみでボローニャにやって来た、其れも何か重要なポジションに就く重要人物らしいことだ。店の人達は彼女の正体を知っているのだろう、大変丁重に店を出ていく彼女に挨拶を送った。彼女の後姿は美しく、幾つになっても美しく居ようと言った彼女の心意気が見えるようで嬉しくなった。
ふと、昔アメリカに居た頃の知人を思いだした。当時彼女は65歳くらいだった。日本人男性と結婚したフィリピン人女性。彼女は裕福な家の生まれで、結婚するまで洗濯ひとつしたことがなかったらしい。初めてセーターを洗ったらこんなに小さくなってしまったの、と手で示されたそれは2歳の子供が着るほど小さなものだった。湯でウールのセーターを洗ってはいけないなんて、洗濯機で洗ってはいけないなんて知らなかったのだと言って、若かった頃の自分の無知さを笑った。その後、彼女は様々なことを学び得て家事をひと並みにできるようになった。そういう彼女のことを夫は喜んでくれたし、感謝もしてくれたらしい。だから彼女は家事をするのが結構好きなのだと私に言った。65歳くらいの彼女は、大変スタイルがよく、この年齢の女性にありがちな贅肉の問題はなさそうだった。肉厚のシルクのシャツに膝小僧が見える丈の革のスカートを合わせ、パンプスを履いて街を颯爽と歩く姿は誰から見ても格好が良かった。短い髪はいつも整っていて、赤いルージュを引いていた。若かった頃はさぞかし美人でモテたに違いない彼女だが、鼻の形が良くないのが悩みだった。とは言え、他人から見ればなかなか素敵な鼻で、何が気に食わないのか理解に苦しむというのが私達の意見だった。ハリウッドスターのように鼻がツンと少し上を向いているのがいいと思うの、という彼女の言葉に、ハリウッドスターねえ、と私達は目を丸くするばかりだった。彼女はその話をするたびに右手で鼻を覆うのだが、その手は美しく、爪はいつもきれいに手入れされていた。1992年頃、アメリカではネイルサロンがとても流行していた。彼女はそうしたサロンで爪の手入れをして貰っているのだと教えてくれた。そんな彼女の陰口をたたいている人達が沢山居るらしい。こんな爪では家のことは一切していないに違いない、と。ところがところが、と言って彼女は人差し指をピンと立てた。私はゴム手袋をして掃除をするから全然問題ないのよ、と言って笑みを湛えた。紹介するからあなたもサロンに行ってみたらどうかと薦めてくれたが、丁重に断らねばならなかったのは、私にはサロンにお金を落とす余裕などなかったからだ。あれから20年ほど経った頃、私は若い友人の紹介でネイルの店に通うようになった。サロンにお金を落とす余裕ができたと言うよりは、自分でするのが面倒くさくなったからだ。辛抱が無くなったと言えばよいだろうか。さて、私の整った爪を見た相棒の親戚が、彼女は家のことを全然していないと噂していると相棒から聞いて、私は彼女のことを思いだした。なるほど、これが彼女が言っていたことなのだな、と。人差し指をピンと立て、ところがところが、と言いながら笑いだした私に相棒も笑いだし、いいさ、言いたい奴には言わせておけばいい、君がどれだけ沢山のことをしているかは僕が一番知っているからと言った。うん、君、いいこと言うね。あの頃の彼女にも、きっと彼女の夫がそう言ってくれたに違いない。そうであったならいいと思う。

来週は7月。駆け足で半年が過ぎたことに驚いている。もっとゆっくりでいいのに。




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合格の青果店

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正午を待たずに鳴きはじめた蝉。テラスの横に在る菩提樹の樹にしがみ付いているに違いない蝉が、力を振り絞るような大きな声で鳴くので驚いた。人間ばかりでなく、猫もまた一瞬飛び上がるのを私は見た。ぎゃっ。そんな感じだろうか。うちの猫は怖がり屋さん。だから、こんな風にしょっちゅう驚いては飛び上がる。飼い主に似たのかもしれない。私は一見強そうに見えるけど、実は大変な怖がりだから。

先日バジリコの小さな鉢植えを購入した。この時期、バジリコなしなんて考えられないと言ったのは誰だっただろう。私もイタリアに暮らすようになって、夏はバジリコが欠かせなくなった。熟したトマトを煮た中に入れるもよし、モッツァレッラに添えるもよし。兎に角バジリコがちょっと加わるだけで、急に食欲が増す。この季節は新鮮な野菜と果物がいい。昨年までは近所のバングラ人が営む青果店の常連だった。此の店の品ぞろえはいいし、鮮度もまた満足のいくものばかりだったから。ところが彼が欲を出して二号店を別の場所に出してから、どうも宜しくない。二号店は旧市街にほど近い、俗に言う裕福な人達が多い界隈で、どうもそちらの方に力を注いでいるらしい。店主が一号店を疎かにしているのは鮮度を見てよく分かる。と言うことで、同じく近所だが、別の店に行ってみた。此の店は長いことその場所に在って、ただ、あまり足が向かない店だった。理由はない。敢えて言うならば、大通りを横断しなければならないことだろうか。さて、店に行くと店主がカウンターの向こうから機嫌よく挨拶を投げかけてくれた。恐らくパキスタン人だろう。もっとも私にはパキスタン人とバングラ人の見分けがつかないので、もしかしたら彼もまたバングラ人なのかもしれない。イタリア人が中国人と日本人、そして韓国人の見分けがつかないとの同じだと思えばいい。今の世の中何処の国も、どこの町も、移民が居て普通なのである。今夜頂くのによいメロンを見繕って貰った。そして大振りで甘いアンズ。どちらも私の好物だ。この買い物でこの店が良いかどうかの見極めが出来るに違いなかった。店主はイタリア語があまり堪能ではなく客とも世間話のひとつもできない。だから店に並ぶ野菜と果物で勝負なのかもしれない。などと色んなことを想像しながら帰宅して、荷物を置くなりアンズを水道水で洗って齧り付いてみたところ、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。美味しい! 合格だった。夕食に冷やしたメロンを出すなり相棒が言う。バングラの店に行ったのかい? あの店にはもう行かないと言っていたじゃないか、と。だから別の店に行ったこと、アンズは甘くて美味しかったこと、メロンが美味しかったら合格で、鞍替えするのだと説明すると、ふーん、と彼はあまり興味なさそうにメロンを口の中に放り込んだ。すると、うーん、これは上等。此のメロンはとてもいい、と絶賛するではないか。鞍替え決定。長いことあの場所に店はあったのに、見向きもせずにいたのは勿体ないことだったが、遅すぎることはない。いい店が近所に見つかったことを嬉しく思った。この手の小さな店は常連になると色んなメリットがある。例えば割引は勿論のこと、時には店に並んでいるよりも新鮮なものを奥から出してくれることもある。それからこれも試してごらんよと、頼んでもいないのにおまけで袋に入れてくれることもある。とはいえ、イタリア語があまり話せないようだから、そんな会話は存在しないのかもしれないけれど。明日は仕事帰りに店に立ち寄って、トロペア産の玉葱と、小粒の、ダッテリーニという名のトマトと、そしてメロンを購入しよう。夏はこうしたものが美味しくて、パスタを茹でている場合ではないのだ。これらにパンと冷えたワインがあればいい、などと言ったら海の向こうに暮らす母と姉はびっくりするに違いない。もっと食事に手を掛けなさい、栄養をしっかり取りなさい、と叱られてしまうかもしれないと想像して、思わず笑いが零れた。確かにね。確かにもう少し手の込んだ食事を作らねばなるまい、と。

夏至を過ぎても夜の空は明るい。もっとも夏至からまだ一日しか経っていない。それにしても夏至と言う響きが好きだ。とても季節感があって、とても感慨深い、そんな言葉。




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思いがけぬ雨

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今朝、雨が降った。夏らしい、シャワーと呼ぶに相応しい降り方で、おかげで埃っぽかった地面が清められ、ぐっと涼しくなった。雨は1時間ほど続き、そして誰かがボタンを押して止めたかのようにぴたりと止んだ。雨上がりのアスファルトの道には幾つもの水溜りがあり、それを避けるようにして停留所へと歩いた。停留所の背後にあるのはモレーノの店。モレーノは理髪師である。此の停留所からバスを乗る時は、モレーノに手を振って挨拶するのが習慣だ。大抵の場合、店には客が居て、シャカシャカと器用に鋏を動かす彼がふと顔を上げた時を狙っての挨拶。だから彼と声を交わすことはない。今日は珍しく客が無く、彼は店の前に腰を下ろして新聞を読んでいた。勿論、店の入り口の階段などに腰を下ろすことはなく、店の中から椅子を出してのことである。彼は大変きれい好きでやたらな場所には腰を下ろさないタイプなのだ。老眼鏡なのだろう、赤いセルロイドフレームの眼鏡をかけて熱心に新聞を読んでいた。声を掛けるのが憚れるほど熱心に。Buongiorno モレーノ! と恐る恐る声を掛けると、今初めて気が付いたと言った風の顔で私を見ると、彼はBuongiornoと言った。今朝の雨ですっかり涼しくなったと喜ぶ私に、彼も同意して、しかし湿度がちょっとねえ、と眉をしかめた。そうだ、湿度が妙に高い。ボローニャはもともと湿度の高い街だから慣れているとはいえ、しかし今朝は飛び切りだった。ふと彼を見ると坊主頭だった。冬の間は巻き毛のもじゃもじゃ頭だが、暑くなるとバリカンですっかり刈ってしまうのが彼のスタイルだ。涼しそうなヘアスタイルだと言う私に、彼は頭をくるりと撫でて、いいだろう? 夏はこれが一番なんだ、と言って笑ったところでバスが来た。またね、モレーノ、と言ってバスに乗りこむと犬が居た。ガタイは大きいがおとなしくて、行儀がいい。顔つきといい、体つきといい、うちの猫によく似ていると思った。時々そんな犬がいる。うちの猫とよく似た感じの犬。

髪を切りに行った。いつもは呼び鈴を鳴らして扉を開けて貰わねばならぬと言うのに、今日は店の扉が全開だった。外が涼しいからだそうだ。早い時間と言うのに店には先客が幾人もいて、賑やかだった。隣の席に座っているのは金髪の魅力的な女性。50歳前後だろう。大人っぽくて自然で、媚びる感じは全くない。潔いと言う言葉がぴたりとくる。そしてどのようにしたら自分を魅力的に見せることが出来るかを知っている、そんな人だ。飛び切り目立つものは身に着けていないが、髪を洗うために立ち上がった時の姿が素晴らしかった。後から補充したセンスと言うよりは、生まれつき持ち合わせているセンスなのではないだろうか。私には逆立ちしても真似ができない、と思いながら鏡に映る彼女の姿に見惚れた。以前、まだこの店に通っていなかった頃、ガラス越しに店の中の様子を眺めながら思ったことがある。髪を洗ったりカラーリングしたりで頭が大変な様子になっている人達は、ポルティコの下の通行人が気にならないのだろうか、と。例えば私は中に居る女性の様子を見て、私のような知らない人に眺められて不憫だと思ったものだ。作業中はよいとしても、その頭で暫く待たねばならない時は、通行人と目が合ったりして、気まずいことはないだろうかと。今は自分がその立場にあり、どうか知っている人が通りがかりませんようになどと思うのだった。と、ガラスを叩く音が。見ればこの近所に暮らす少年。まだ4歳くらいのアンドレア少年だ。店に良く遊びに来るので、幾度か話をしたことがある。彼は私を覚えていたのだろう、コンコンとガラスを叩いて私の注意を惹くと両手を大きく広げてチャオチャオと嬉しそうだった。此処でも休暇の話に花が咲く。店主は7月早々家族でギリシャへ行くらしい。先ほどの魅力的な女性はスウェーデンに行くらしい。どうやら彼女は旅行が好きらしく、あちらに二週間、こちらに二週間と異なる街での滞在を満喫するのが好みらしい。アパートメントを借りて。暮らすようにして。私の休暇はまだまだ先、6週間先のことだと言ったことで、何だ、たったの6週間で夏の休暇なのかと気付き、急にわくわくしてきた。わくわく、わくわく。久し振りの此のわくわく感に今日は一日心が躍った。

ところで午後、夕方を待たずに大雨が降った。初めは雨ではなくて林檎ほどの大きさの氷の塊、雹だった。日本でもアメリカでも雹は見たことがなかったけれど、イタリアに暮らすようになってからは年に幾度も雹が降るのに出くわしている。それにしたって大きな雹で、歩いていたら怪我をしてしまいそうだ。車のフロントガラスだって割れるだろう。石みたいなものなのだから。果樹園の桃の実は大丈夫だろうか。桃はデリケートだから。雹が降り落ちてくる様子はまるで映画のようで興奮するが、私達の生活に多くの被害を与えるのが現実だ。テラスに居た猫がびっくりして家の中に戻ってきた。抱き上げてみると心臓が大きく打っていた。雹は、あまり降らぬ方がいい。




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嬉しい溜息

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予想通りの暑い一日。6月にしては少々暑すぎやしないか、と誰もが言った。そう言いながら昨年も同じことを言ったような気がすると誰もが言って、皆で大笑いした。

夏の休暇の楽しい計画に花が咲くようになった。そういう時期なのだ。休暇が待ち遠しくてならない時期。カレンダーを見れば、夏至が目の前に迫っていて、一年で一番日照時間が長い今を楽しまないでどうする、と言うことで仕事帰りに旧市街に行ったついでにフランス屋に立ち寄ってシャンパンを楽しんだ。暑い季節はワインを控えているけれど、良く冷えた爽やかな白やシャンパンならば話は別だ。そして気の合う人達が居合わせれば、それがたとえ知らない人だって、楽しい時間を過ごせるというものだ。君はこの夏どうするんだい、と訊かれてうふふと笑う。良い計画が待っているの、と言って笑う私に客たちは興味津々だった。店を出たのは19時半。空はまだ明るく、空高く燕が飛び交い、もう少し旧市街を散歩したいのを我慢して家へと向かうバスに飛び乗った。

涼しい夜風に安堵の溜息をつく。たとえ昼間が暑くても、夜にこんな風が吹くから大丈夫。今夜はよく眠れるに違いない。夜風に揺れるジャスミンの枝を眺めながら、週末を迎えた喜びに浸る、そんな晩。




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