美味しい生活

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新しい一週間が始まると気持ちがぴしりとする。週末の緩やかな時間から、早起きで始まる一日への気持ちの切り替えはなかなか難しいけれど、忙しい毎日があるから週末が楽しいと思えばいい。と言いながらも月曜日は苦手。しかし今週は木曜日が祝日だから、ちょっと気分が違う。祝日の少ないイタリアだから、祝日のある週は何となく嬉しくてそわそわする。

先週、忙しい間を縫って旧市街に立ち寄ったのは、美味しいものが欲しかったからだ。プロシュートクルード。生ハムだ。それからパンチェッタも。パンチェッタにたっぷりと寝かせたとっておきのバルサミコ酢を少したらして頂くのは最高だから。これらを売る店は沢山あるが、私はやはり旧市街の食料品市場界隈にある小さな店が好きだ。客で混み合っていて随分待たされるけれど、それでも其処に行きたいのは、やはり質がいいからだ。それに腕がいい。生ハムもパンチェッタも一瞬でも厚切りになると美味しさが半減してしまう。でも、この店なら間違えない。言わなくてもちゃんと薄く切ってくれるが、注文するときに、薄く切ってくださいよ、と敢えて頼む。そんな風に言葉を添えることによって、店の人が更に気を引き締めて切ってくれるのである。あれは一体何年前のことだっただろうか。初めてこの店で購入して家に持ち帰った晩、相棒が感嘆した。美味いなあ。それにこの薄さも素晴らしいじゃないか。一体どの店なんだい? それで旧市街のあの路地の角の店だと答えると、ああ、あの店ならわかる、しかし高かったんじゃないかい? と訊く。そうだ、確かにその辺の店に比べれな少しくらいは高いだろう。しかし折角の夕食、夫婦そろって楽しむ夕食だ。飛び切り美味しいものを食卓に並べたい。レストランに行くことを考えたら高くないとの私の答えに相棒は満足したらしく、それからは生ハムとパンチェッタはこの店と決まった。そしてチーズは向こうの店に。同じ店で買い物を済ませることもできるけど、私なりの拘りだ。時間が掛るけれど、美味しいものを買い求めるのに面倒も何もない。面倒臭がり屋の私がそう言うのを聞いて相棒は酷く可笑しく思ったらしい。お腹を抱えて散々笑らわれた。笑いも食卓には欠かせない。笑いのある食事は楽しくて美味しい。こうした小売店で買い物をする楽しさを知ったのはイタリアに暮らすようになってからのことだ。それまではスーパーマーケットが楽しいと思っていた。でも、店の人と言葉を交わしながら美味しいものを選んで貰いながらする買い物の方が私らしい。そういえばイタリアに暮らすようになってから私は随分お喋りになった。昔は無口で静かだった。そんなことを言っても、誰も信じてはくれないけれど。

今日は一日よく風が吹く。夕方に吹き始めた強風が少々調子に乗り過ぎている感じもある。今晩のボローニャは風速41キロメートル也。これはかなり強い。明日の朝、テラスに置かれている植木が何処ぞに吹き飛ばされているかもしれない。ならば今のうちに飛ばないようにすればいいと人は思うだろうけれど、私には無い。こんな強風の中テラスで植木を移動させる作業などする勇気は私には微塵も無い。




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夏時間を終えて

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10月が終わろうとしている。それを待たずに夏時間が終わった。冬時間と言いたいところだが、これが平常時間。夕方は暗くなるのが早くなるが、朝は日が昇るのが早くなる。残念なことあり、しかし良いこともある、ということだ。ところで、日が昇る、という言葉は何と力強い印象を持っているのだろう。日が昇る、と思うだけで、日が昇ると言葉にするだけで、何となく元気になる。たとえそれが頭痛で始まる朝だとしても、日が昇るという言葉がなんと私を励ましてくれることか。

昔、アメリカに暮らし始めたばかりの頃のことだ。好きこそものの上手なれ、という言葉があるけれど、私の英語はそうではなかった。英語の音が好きなのは子供の頃からのことだった。それからアルファベットで手紙を書くのも好きで異国に暮らす同年代の女の子と手紙のやり取りなどもしたものだったが、しかし私の英語は使い物にならない程度のものだった。それなりに自信を持ってアメリカに暮らし始めた。手始めに学校に通い英語をたしなんだが、それで初めて分かった。私は全然英語をわかっていなかったこと。そして私が話す言葉が少しも相手に伝わらないこと。日に日に元気がなくなって、遂には話すのが嫌になってしまった。外を出歩くのは問題ないにしても、何処かで人と話をするのは極力避けて、というのが決まりだった。望みに望んで来たこの街での生活だったが、情けないことに私はこんな風だった。自分だけが頼りの此処での生活だったから、前途多難と思われた。捨てる神あり、拾う神あり、という言葉があるけれど、そんな私を周囲から応援してくれる人が幾人も居て、3か月もすると吹っ切れたのか、再び人と話すのが苦になら無くなり、下手なことや分から無いことも気になら無くなった。肝が据わった、と言うと丁度いいかもしれない。兎に角私は再び英語の勉強を始めた。それも早朝に。まだ多くの人が眠っているであろう暗い時間に目を覚まして、コツコツ勉強するようになった。日中は外に出て人と交流したかったからだ。早朝に起きて林檎を齧って、コーヒーを飲んで、そして勉強しているうちに、空が明るくなっていった。日が昇る、それは腹の底から力が沸き起こるような瞬間で、ああ、諦めないでよかった、と自分が早々に英語でつまずいで様々なことを放棄しそうになっていたことを思いだしながら、喜びの溜息をついたものだ。私の部屋は坂道に面していて、窓の下を時々トロリーバスが通過した。机は出窓の前に置かれていて、勉強しながらようやく外に出始めた早起きさんたちの姿を見ることが出来た。道を挟んで向こう側にある家の住むイタリア人家族。老人は早起きで、何をするでもないくせに日が昇ると外に出てくる。そうして杖で体を支えながら、道行く人達を眺めるのだ。それから坂道を走る人達。バスの停留所へと足早に向かう人達。そうしているうちにアパートメントの住人たちが目を覚ましだして、一日が始まるといった具合だった。27年も前のことで、私がとても若かった頃のこと。あの頃、色んなことを経験した。それは少しも無駄になどなっていない。何か困難にぶち当たった時、ふと思いだすのだ。大丈夫。私は色んなことに遭遇して、そしていつだって乗り越えてこれたのだから。酷い貧乏もしたし、医者に行くお金がなくてカトリック教会が運営する無料の医者のところに早朝並んだこともあった。裏切りなんてこともあったし、騙されたこともあった。そう言うことのどれもが無駄になっていないことを、ああ、良かったなあと思うことがある。当然ながら当時は辛かったり、苦しかったり、憤慨したり、悔しがったものだけど。今はそんなことも笑い話のように話すことが出来る。笑って話すことができるようになったのは、時間と言う名のフィルターのおかげに違いない。あの頃、日が昇るのを毎日見たことは一生の宝物。私にとっては忘れがたい美しい思い出。アメリカを離れて長くなり、折角身に着けた英語を忘れかけていても、あの日が昇る瞬間のことだけは忘れない。

今日の風は昨日よりも強い。イタリアには日本のような強風注意報なるものは存在しないが、もしあったとしたら今日の風は強風警報並みの風だ。もっとも私が暮らす界隈は、ボローニャの何処よりも風が吹くようだから、案外他の場所ではこんな風は吹いていないのかもしれない。テラスに置かれた柚子の樹が大きく揺れている。折角実った柚子の実が風に捥がれて何処かに飛んで行ってしまっては大変、と先ほど収穫した。もう少し、あと2,3日くらい待ちたかったけれど。たったの4個だけ。でもいい匂いがした。近いうちに純和風料理でもするとしよう。




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外に出よう

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今週末は天気が悪い、と誰もが言っていた。嵐が来るだろうと言われていて、だから週末は家に籠りきりになるのだろうと思っていた。昨日金曜日は交通機関などのストライキだった。運が良いことに通勤時間帯だけはバスの運行が保証されていて、と言っても随分と本数が少ないわけだが全くないよりは有難い。だから折角の金曜日だが仕事を終えるとまっすぐ家に帰ることになった。案の定バスは随分遅れてやってきて、道も車で混み合っていて、家に帰るとすっかり疲れてしまった。その上、空の様子がおかしい。そのうち大風が吹いて雨も降るのだろうと思っていたがそうでもなく、しかし低気圧がボローニャを覆っているらしく、酷く頭が痛む晩だった。頭をぎゅっと締め付けるような感じ。これはイタリアに暮らすようになってから始まった頭痛だ。一夜明けると頭痛は悪化していて、目を開けるのも辛い。空の様子は悪くないが、窓を覆うカーテンの向こう側で大きな木の枝がばさばさと揺れているのが見えて、雨こそ降っていないが穏やかな天気ではないことが窺えた。腹をくくってもう一度目を固く瞑る。もうひと眠りしたらいいだろうと思って。そうして目を覚ましたのはもう昼に近い頃だった。頭痛が弱まったので遅い昼食を取り、家のことをあれこれしてから迷いに迷った挙句、外に出た。気分転換のためだ。それから数日前にわざわざ電話をくれた、旧市街の店の人のために。大きな店に入った小さな店舗だ。何時もどんな割引もしないこの店だが、この週末だけ特別に2割引くとのことである。このチャンスを逃す手はないからと電話をしてくれた彼女は全く親切で、しかも丁度必要なものがあったから有難い知らせでもあった。

旧市街の郵便局前広場でバスを降りた。うっとくるような匂いが鼻についた。その瞬間に、ああ、そんな時期になったのだなあと思った。広場には大きなイチョウの樹があって、この時期になると銀杏の実が落ちるのだ。銀杏の実を食べる習慣もなければ美味しさも知らぬ人達だから、実は無残に踏みつぶされてしまう。そして残るのは匂い。見上げるとイチョウの樹。イチョウの樹が銀杏を拾い集めてくれないことを悲しんでいるように見えた。
店に行くと彼女が居て、忙しそうだった。私のようにこの機会を逃す手はないとやって来た客たち。しかも昨日はストライキで来れなかった客が多かっただろうから、それも忙しい要因だっただろう。少しすると彼女が自由の身になって、私のところにやって来た。あれとこれ。いつものものをお願いした。元気かと訊かれたので頭が痛いというと、この気まぐれな天気のせいでみんな頭痛に悩まされているのだと彼女は言った。どうやら彼女もまた頭痛に悩んでいるらしい。そして彼女は言うのだ。折角コートを新調したというのに、こんなに暖かくては新しいコートを着ることもできない。残念だわ。そう言って実に残念な顔をしたので、思わず彼女と顔を見合わせて大笑いした。成程、新しいコートか。彼女が言った言葉を反芻しながら店を出た。新しいコート。良い響きだ。思えば随分と長いことコートを新調していない、と思った。私は長持ち派。気に入ると10年くらい平気で着続ける。手入れをしながら着ているからくたびれた感じはないけれど、確かに新鮮味はない。ちょっと考えてみよう、と思った。
ふと思いついて、七つの教会群へと続く道のバールに行った。美味しいカップチーノが欲しくなったからだ。そして家に少し菓子を持ち帰ろうと思って。店はカラブリア出身の兄弟が運営している。もう長いことそこにある店。古臭い店構えだが、沢山の常連客が居て、随分前に隣の店舗を買い取って素敵なサロンに改造した。と言っても店構えは古く、奥に続くサロンだけがモダンと言った具合だった。ところがこの夏改装工事をしたらしく、店構えもモダンになった。まるで別の店のようだ。それに随分と広く感じる。と、それを店主に言うと、広さは前と同じだが、ちょっとした工夫で広々と見えるようになったと言って胸を張った。素晴らしいと褒めると、実に嬉しそうな笑みを見せた。小さな紙皿に15個ほど小さい菓子を載せて貰った。此処の菓子はとても美味しい。此の美味しさを知らない相棒への土産だ。そしてカップチーノを注文した。此処のカッフェもカップチーノも、私が知る限りボローニャでもトップだ。勿論それは私が思っているだけかもしれないけれど。そして私が他の美味しい店を知らないだけなのかもしれないけれど。
頭痛は一向に治らず。しかしちょっと外を歩いて気分は良い。思いきって外に出たのは正解だった。

数日前の晩の満月は素晴らしかった。夕食時にはキッチンの窓の外高くに居た満月は、夜が更ける頃になると、寝室の窓の外高くに移動した。私を見守っているのだ。満月は、もう随分昔に居なくなった父であり、舅であり、私の大切な親友だ。淋しくしていないか、身体を壊してはいないか、相棒と喧嘩をしていないか。そんなことを彼らが満月の中で考えながら私を見守っているのだ。大丈夫。私は元気にしているから。安心して頂戴。




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ヴェネツィアの迷路に魅了される

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昨夕の風は凄かった。急に空が黒くなったと思ったら、強い風が吹き出して木の枝が弓のようにしなり、ばさばさと葉が音を立てた。横殴りの風。向こうの方では雨が降っているのだろう、時々轟音が聞こえて空が光った。窓の立て付けが悪いのでひゅーひゅーとあちらこちらから音がして、怖くなったのだろう、猫は私にぴたりと張り付いて動かなくなった。私も、風の音が怖い子供だった。姉と留守番している時にこんなことが起きようものならば、掛け布団に包まって風が止むのを待ったものだ。さて、この風は雨を呼び、そして冷たい空気を呼びつけた。ボローニャにやって来た本当の秋。急に気温が下がって、戸惑っているのは人間ばかりではない。屋外の植物もまたひどく驚いていることだろう。

ボローニャに住んで長くなると様々なことが当たり前になり、そして色んなことが予測できるようになった。例えば道を歩いていて、この先が行き止まりだとか。初めて歩く界隈にしても恐らく左に行く道があるに違いないとか。暮らし始めたばかりの頃は、道の名前が途中から変わることに戸惑ったりしたものだけど、慣れてくれば其れほど大きな街ではないから、かそれとも私の勘が働くようになったからなのか、歩いていて驚くこともなければ困ることもなくなった。ヴェネツィアはそうはいかない。この先に道があるのかないのか、予想が付かない。あると思って行ってみると行き止まりだったりするのだ。そもそも自転車も車もない街だ。行ってみて行き止まりならば戻ればいいくらいのものなのか、標識なるものがあまりに少ない。更に驚くのは、建物が建っていて道が無いように見えるのに、道が存在することだ。私と相棒が小さな広場に出くわして美しいラインを持つ教会の階段を眺めながら、行き止まりなようなので戻ろうかなどと話していたら、教会と隣接する建物との隙間から女性が思いがけず現れたので驚いた。道がある、あそこに小路がある。そう言って私達は道に吸い込まれて、幅の狭い道を右に左に歩いて行った。私達は地図を持っていたけれど、既に自分たちが何処に居るかすら分から無くなっているので無用の長物だった。だからその小路が地図にちゃんと記されているのかどうかは分からない。ヴェネツィアの小路はボローニャ旧市街のそれとは規模も違えば印象も異なる。私は、ヴェネツィアの小路が好きだ。こんな小路がボローニャにもあったら、どんなに楽しいことだろう。もっともそんな小路に面した家の陽当たりとか通気性とかを考えれば、素敵だとか魅力的だとかばかり言ってはいられないに違いないけれど。この近道なる小路。一歩間違うと飛んでもない方向に出てしまう。私がこの街に暮らしていたら、迷路にはまって、いつも約束の時間に遅れていくに違いない。それともこの街の人達は、そんな小路も上手に使いこなしているのかもしれない。うん、きっとそうだ。

秋めいているボローニャ。でも背後に冬が控えているのを感じる。寒い冬になるだろうか。それとも、散策に相応しい冬になるだろうか。今のところ誰にも予想がつかない。




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ヴェネツィアの色

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昨日の秋晴れが夢のことだったように思える。今日は空が晴れない。最も多くの地方が雨の予報なのだから、太陽が出ないくらいで不満を述べるのは感謝が足らないと言うものだ。こんな日は頭が冴えない。頭のピントが合わないと言ったらよいかもしれない。何かしていないと、眠りに落ちてしまいそうだ。その証拠に猫はもう眠りに落ちた。もっとも彼女はいつもこんな風だ。朝食を取ってみなに愛想を振りまいて、ある一定の時間になると、それじゃあ、と言った感じで私達から離れると、ソファの上に横になって直ぐに眠りに落ちる。眠りは深く、少々の物音では目を覚まさない。まるでスイッチが入ったようだ。深い眠りのスイッチ。

数日前、ヴェネツィアへ行った。今回は相棒も一緒で、いつもの気まぐれな散策ではない。何しろ日頃歩かない人が一緒なのだ。だからその辺りは充分考慮した上での日帰り旅行だった。10月というのに気温が上がって、街を歩く人達の多くが半袖姿だった。ヴェネツィアは運河からの風が路地を吹き抜けるから意外と寒い、というのが私と相棒の考えで、だからしっかり着こんで行ったから直ぐに額に汗をかいた。スカーフをとり、ジャケットを脱いだ。それでも暑いが、これ以上は薄着になれぬ。行きかう人達の半袖姿が妙に羨ましかった。相棒はヴェネツィアに訪れる人の多さに改めて驚いているようだった。君は一体何年イタリア人をしているの?と問いたくなる。この街は一年通してハイシーズンで、旅行者が絶えない街なのだ。そんなことをイタリア人の彼が知らないことに私は大そう呆れたが、いいや、案外そういうものなのかもしれない。こういうことは案外外国人の方が知っているのかもしれない。それに彼が最後にここに来たのは、数年前の12月終わりで、多少ながら人が少ない時期だったから。冷たい空気が街を包むこの時期は、旅人が遠のく時期なのかもしれない。兎に角、人の多さに驚く相棒と、人混みが嫌いな私だ。ひと気のない道ばかりを探して歩くことになった。だから見どころとは大きくかけ離れた場所ばかりを歩くことになったのは言うまでもない。時には何も知らない旅人たちが、私達の後についてくることもあった。ああ、君達は何も知らないね。この先には小道と小さな運河があるだけ。君達が見たいような見どころなるものは待っていないというのに。そんなことを思いながら、歩いたものである。そうしているうちに目的地に着いた。鮮魚市場の近くの店だ。とりあえずお腹を満たそうと思って。レストランに関しては悪名高いヴェネツィアだ。知らないところに入って大金を払わせられるのだけは避けたい。かと言って、バールでパニーノも寂しい。この、バールでパニーノというパターンは、相棒とのヴェネツィア訪問ではよくあることなのだ。それで思いついたのが、この春先に立ち寄った小さな店。近所のおじさんたちが昼食に来るような店だ。と言いながらも旅行者も来るのでそれなりに小奇麗で良い雰囲気で、店の人も感じがいい。さて、こういう店は大きな声で挨拶しながら入るのがいい。相棒を従えて大きな声でこんにちはと言いながら店に入る。今日はふたりだから、と私は言ったが、今日も何も、店の人が前回私がひとりで来たことなど覚えている筈がない。しかし店の人も調子を合わせて、あら、今日はふたりなのね、と言い、私達は案内されて4人席のテーブルに腰を下ろした。この店は混み合ので、ふたりなのに4人用テーブルに案内されるのは稀なことだ。ついている、と思った。高くないのかい? ううん、大丈夫。旅行者目当ての店じゃないだろうね。ううん、大丈夫。ほら、と向こうのテーブルを指さす。恐らく週に数回は通っている近所の老人がふたり。世間話をしながら昼食中だった。相棒はそれを見て安心したらしい。私はすっかり信用と主導権を獲得して、自分の好みで料理を選んだ。今回分かったのは、相棒にとってヴェネツィアは近くて遠い土地らしいということだ。それに反して私にとっては遠いようで近い、ちょっと気が向けば足を運べる土地。行けば行くほど身近に思う。現に今年はもう2度目だ。もっとも、いつも思いつくままの散策だから、サンマルコ広場に行くこともなければリアルト橋を渡ることもない。せいぜい鮮魚広場だ。そしてそれ以外は偶然通りかかって知った教会と運河たち。注文した料理はどれも相棒に好評で、また来たいなどと言うのだから相当気に入ったらしい。それに勘定を済ませて店を出る時に、また近いうちに来るから、などと店の人と話していたから。何時もボローニャにばかり居る相棒。あまりボローニャを離れることが出来ない。それなりの理由があってのことだけど、小旅行が楽しいことを思いだしてくれればいい、時には何処かへ行きたいと思うようになればいい、と、ずっと思っていた。だから店の人との会話を耳にして、とても嬉しく思った。快晴の日の運河は美しい。その場に居合わせる人がなければ、しん、と静まり返っていて時が止まったかのようになる。私が好きなヴェネツィアだ。静かで時が止まっている、自分が今何処に居るのかを忘れてしまうような、どの時代に居るのか分から無くなるような。それから諸々の心配や悩みを運河の底に沈めてしまうのだ。そうすれば心が軽くなるから。ぽっかり空いた心の穴には美しい運河の色で埋めればいい。私は美しい色の運河を眺めながら、何時も同じようなことに思いを巡らせるのだ。それにしてもヴェネツィアは来る人を錯覚させる。夢と現実。少なくともボローニャとは異なる色と空気を持つ街だ。




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