9月が終わる

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9月最後の日。日曜日と重なった。朝から空の機嫌が良く、夏とは異なる日射しが屋根を、地面を照らしつける。寒くこそないけれど、もう暑くはない。昼間だってせいぜい24度にしか上がらないし、日陰に入ると恐ろしく冷え込んでいて、日向へと飛び出したくなる。少し前には考えられなかったこと。私達は皆、日陰を探しながら街を歩いていたのだから。今年は金木犀のない秋。私の大切な金木犀は枯れてしまい、今は静養の為にテラスの鉢植え生活から地植えの生活に。地面の土はきっと気持ちがいいことだろう。のびのびと根を伸ばして、こんな生活をしたかったのだ、などと思っているかもしれない。窓を開けても金木犀の匂いがしないのは残念だけれど、何処かで元気にしていると思えば、それも悪くない。

少し前まで私はフットワークの良い人間だと思っていた。思いつくと切符を買って、ちょっと小旅行に飛び出せる人間。そんな風に思っていた。その証拠に、私はボローニャに暮らし始めたはいいが、仕事を切望してローマに飛び出した。相棒をひとりボローニャに残したことへの多少なりの罪悪感は今も残っているけれど、しかし不満を積み上げながら一緒に居るよりも、気が済むまでやってみて離れて良い関係を持てる方を選んだのだ。22年前の話だ。ローマの生活は様々な点でボローニャと異なっていた。その一番目は、頼る人が居ないと言うことで、自分が動かなければ何も先に進まないことだった。ボローニャではいつも傍らに相棒が居て、その気はなくとも頼っていたから、私にとってローマの生活は背筋がピンと伸びるような緊張感のある生活と言ってもよかった。それから、もう私は相棒の奥さんと呼ばれることはなく、相棒の付録のような存在でもなくなった。私は名前で呼ばれて、自分の同僚や友人知人を得て、ようやく自分の存在なるものを確認することが出来た、それが私のローマの生活だった。幾度目かのお給料日に、住んでいた界隈の通りに面した洒落た店でさらりとしたコットンのセーターを購入した。まだ通貨がリラの時代でゼロが幾つもついて高価そうに思え、贅沢し過ぎたと思ったものだが、アパートメントに戻って住人達に見せると、良い買い物だったと褒めてくれた。休みの日に私が映画に行ったり、こんな風に買い物を楽しむことを住人達はいつも喜んでくれた。そうよ、楽しまなくちゃね、と。私が相棒と離れてローマに暮らしているのを多少ながら不憫に思っていたのかもしれない。しかし其れですら、私は嬉しかった。私は自分の足で立って生活している。以前アメリカに移り住んで得た自力の生活の喜びをもう一度掴んだように感じたのだ。そのローマの生活を終わりにしたのが9月最後の日。相棒がボローニャから車でやってきて、私の荷物を車に詰め込んで、寄り道しながらボローニャに帰るというプランだった。お世話になった人達に挨拶をして職場を後にして、アパートメントに戻って荷物を詰め込むと、後は去るだけだった。1年足らずの短かったローマの生活。でも色んなことを得た私にとっては宝物のような月日だった。イタリア生活の始まりはそんな風だったから、私は何時かイタリアを飛び出すだろうと長いこと思っていた。しかし23年。時々脱出はするが。まだここに居る。地面に根っこが生えた樹のように。昔みたいな根無し草の雑草ではない、そんな感じがする。少しくらいの困難では揺らぐことの無い樹になった。長い年月をかけてやっと心が落ち着いたのだなあ、と9月最後の空を眺めながら思う。これでよかったのだろう。

さて、しかし、小旅行ともなれば話は別だ。ヴェネツィアにも行きたいし、トスカーナにも足を延ばしたい。それから久しぶりにオーストリアにも。そういうことが楽しいのは、戻ってくる場所があるからなのだと、最近やっと気が付いた。




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土曜日の計画

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冷たい風が吹く。このところの急激な冷え込みに、油断は少しもしていなかったが体を冷やしたらしく、少々風邪を引いたようだ。それに周囲に風邪引きさんが居たから、それも原因だっただろう。空気が冷たいから昼間の空は飛び切り青く、そうでなくとも素敵な季節がますます素敵に磨きがかかる。こんな季節に風邪で寝込むなんてことがあってはならぬ。栄養と睡眠をたっぷり摂って初期のうちに治してしまおう。そうだ、梅干し。母が作ってくれた梅干しを食べてみようか。私の万能薬の梅干が何とかしてくれるに違いない。

心待ちにしていた土曜日。今日は昼前に家を出てエミリア街道を南西に向かったところにある小さな町へ行く計画があって、相棒と少し前から楽しみにしていたのだ。特に何をするでもない。単にボローニャを脱出して、いつもと違う場所をそぞろ歩く、そして昼食を楽しむという細やかな計画である。天気は上々。車の窓を閉め切れば暑いし、開ければ風が冷たすぎる。どうにも調整の難しいが、しかし何と空が晴れ渡って気持ちがよいのだろう。エミリア街道を南東に走ると海の町に突き当たるが、私達の目的地は遥かに手前、隣町のイモラよりも手前のドッツァと言う町だ。住民は7000人にも満たない、小さな丘の町。丘と言ってもせいぜい標高190メートルで、ワインの為の葡萄や果物が周囲の丘を埋め尽くす典型的なこの辺りの田舎町と言ったら分かりやすいかもしれない。ただ、単なる田舎町にしては名が知れていて訪れる人が多いのは、中世からの歴史と要塞、それから壁に描かれたアートのせいだ。町の中心部は狭くて、徒歩で1時間もかからずに歩きつくすことが出来るけれど、情緒豊かな小路を、足と止めながら歩くならば、時間はいくらあってもいいだろう。さて、家を出るのが少し遅くなったのでまずは昼食にありつくことにした。要塞の前に陣取る感じの良い店が私達の目的地だ。一等地にあるために知らない人は旅行者目当ての高い店と思う節があり、店の前に来て中をうかがいながらも中に入って来る人は少ない。大抵その近くのもう少し砕けた感じの店に吸い込まれて行く。それでその一等地の店は地元の人達や、この店に一度入ったことがあるような客で賑わうのだ。例えば相棒も、以前はこの店に偏見を持って足を踏み込むことを拒んでいたけれど、今はこの店が気に入りになった。手打ちパスタの美味しいこと。女主人の感じが良いこと。それが私達がこの店を評価するポイントで、その辺で食事をするよりもずっと良心的な料金なのだ。時間はたっぷりある。時間をかけてのんびり昼食を楽しんだ。食べすぎたかな。大丈夫、これから散歩するんだから。そんなことを話しながら店を出た。外に出ると、中を伺う人達が居た。とても美味しかったと訊かれてもいないのにコメントすると、彼らは目を丸くした顔を見合わせ、ありがとうと言いながら中に吸い込まれて行った。きっと彼らも気に入るだろう。午後の丘の風はヒンヤリ。首元を撫でていく風に私達はジャケットの襟を立てた。一体どれほど歩いたのだろう。いつも車移動ばかりで久しぶりに歩いた相棒が先に音を上げた。疲れたのでは仕方がない。そんな訳でボローニャに帰って来た。それにしても気持ちの良い土曜日。この爽やかな美しい天気は一体何時まで続くだろうか。10月もこんな空が続くならば、また近いうちに何処かの町で散歩を楽しみたいと思う。
 
ところで梅干しと言えば、この夏帰省した時に友人夫婦から紀州の梅干を頂いた。梅干しの贈り物だなんて!と舞い上がってしまった。日本に暮らしていた頃は若すぎたからなのか、梅干しの存在を有難いと思ったことがなかった。今は、宝石ほどの存在価値である。梅干し。今、うちの冷蔵庫には、母が作った梅干しと、友人夫婦からの上等の梅干が並んでいる。今日はどちらを頂こうかしら、なんて言える日はそう長くはない。新しい年を迎える頃まで在庫が持つとは到底思えないから。




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迷信

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急激に気温が下がった。朝晩は僅か10度。ベッドから抜け出すのが辛い。遂に意を決して起きたとしても、剥き出しになった腕や足が冷えた空気できりきり痛む。寒いとは言いたくない。まだ、冬ではないのだから。しかしこの冷気はどうしたことだろう。駆け足で秋に向かっているのを実感する、そんなボローニャ。一昨日の満月は美しかった。空気が冷たいから尚更輝いて見えた。ちょっといいことがあったので、上等なワインの栓を抜いた。ボルドーの白。ボルドーと言ったら赤と言ったのは誰だろう。ボルドーの白の素晴らしさを知らない人に違いない。美しい月を眺めながら頂いた夕食とワイン。おかげで特別の晩になった。

満月を眺めながら、アメリカに暮らす友人のことを思った。少し前に長い長いメールを貰って、それに応えるべく私も長いメールを送ったところ、翌日友人から再び長いメールが送られてきた。まあ、随分と書くことが沢山あること、と思ったものだが、そういえば私も、昔は長い長い手紙を多くの友人に向けて書いたものだったと思いだして苦笑した。あの長い手紙を受け取った友人達はさぞかし驚いたに違いない。ただ、昔はイタリアの郵便事情が悪かったから、便りが相手のところに届くまでに時間が掛って、丁度良い間隔を空けて手紙をやり取りすることが出来た。メールはそうはいかない。一瞬のうちに相手にメールが届いてしまう。さて、友人からのメールにはいきなりこんなことが書かれていた。まるで口火を切るかのように。
私が友人達との3人暮らしを辞めて相棒のフラットに移り住むという日、相棒の友人が車を出してくれることになって、ふたりして私のアパートメントにやって来た。既にパッキングされた私の荷物を車に積む作業は、あっという間のことだった。あまり物を持っていなかったからだ。そのうちのひとつの箱を彼らは落としてしまった。箱には鏡が入っていると記されていて、相棒は酷く落胆したそうだ。鏡が割れるのは悪い知らせだ。彼女と僕の関係がうまく行かない予告のようなものだ、と相棒は友人に詰めよったらしい。そんな迷信めいたことを、いいや、迷信などではないと、ふたりは少し諍いして、兎に角、中を確認してみようと言うことになってこわごわ箱を開けてみたら、中の鏡は割れていなくて相棒は安堵の溜息をつき、これはいい、いい知らせだ、彼女と僕の関係が長く続く印だと言って喜んだという話が、長々と記されていた。この話を私は知らなかった。だから、へえ、そんなことがあったのかと思うと同時に、あの頃の相棒がそういうことに拘って、あれほど仲の良かった友人とこんなことで言い争いをしたことに驚いた。兎に角、友人はそのことを私に知らせたかったらしい。私と相棒が、あれから26年も一緒に居ること。それはあの時のことがあってのことだと言いたかった。そういうことなのだろう。
そういえば、相棒はそうした迷信めいたものが好きだ。いや、好きと言うよりは拘ると言った方がいい。洗い立ての、アイロンをぴしりと掛けたテーブルクロスの上に赤ワインを注いだグラスを倒してしまい、大きな赤いしみを作った時、これはいい、幸運を呼ぶよ、などと言って指を零れたワインで濡らして耳朶につける。幸運を呼ぶですって? この赤いしみはどうしてくれるのだ。彼の幸運の言葉が私の憤りを逆なでする。私にとっては不運も不運。此の赤いしみ、すっかり取れるのかしら、と。

明日はもう金曜日で、毎日が飛ぶように過ぎて、あっという間に週末になるのを快く思う。9月も直に終わり。10月が直ぐそこまで来ていることに気付いて、私は多少ながら当惑している。この調子で行くと、あっという間に10月も過ぎていくに違いない、と。フェッラーリ並みの速さだ、と。




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水色の似合う女性

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猫がテラスの端っこに佇んで何かを見ていた。何が居るのだろうと彼女の横にしゃがみ込んで菩提樹の辺りを眺めてみたが、尾長鳥が居るでもない、栗鼠が居るでもなかった。見えるのは風に揺れる菩提樹の枝葉。そうか、風を見ているのね、と訊ねてみたら、にゃーっと鳴いた。それがどういう意味なのかは私には分からない。しかし私とよく似た猫だから、多分、風を見ていたのだろう。月が美しい。明日は満月だと言うが、雨は降りやしないだろうかと、やきもきしている。月ごときでと人は笑うかもしれないけれど、私にとって満月はとても大切な存在だ。満月を眺めながら会えない友を想う。満月を眺めながら父や舅を想う。満月を眺めていると心が落ち着いて、日常の小さなことに翻弄された心がリセットされる。私にとって満月は、そんな具合で、心待ちにしている存在なのだ。

昨日のこと。姑のところの昼食会に参加して、後片付けをして帰って来たところ、丁度隣の奥さんが家から出てきた。美人の奥さんは私よりずいぶん若い。みずみずしくて色白の金髪で、顔かたちも姿も美しい。女の私から見ても文句なしに美しくて、だから世間の人達が彼女をちやほやするのも無理はないと私は思っている。彼女はロシア人。イタリア人と結婚したロシア人女性だ。ロシア人特有のイタリア語を話すが、本当によく喋る。仕事帰りに家の前などで会うと長いお喋りに捕まって、話を打ち切るのが大変だ。彼女は日本のことが大変気になるらしく、一度是非行ってみたいと考えているらしい。特に日本の美容関係が気になるそうだ。日本人女性の美しい肌の秘密を知るには、日本へ行かなくては、ということらしかった。それならば私は知っている。水だ。日本の水は柔らかくて、美容液ほど効果があると私は思って疑わぬ。この夏も日本の水道水で洗顔すると肌がすべすべになって驚いたばかりだ。日本人の私が驚くのだから、外国人の彼女はもっと驚くに違いない。不思議なことに日本に住んでいる人の多くはnそのことに気付いていないようだ。水が良いと言うのは幸せなことだ、と私は日本に帰るたびに思って熱弁するが、母や姉にはあまりピンと来ないらしい。恐らく国外の硬水で生活してから分かることなのだろう。さて、隣の奥さんだけど、素晴らしく美しかった。夏の悪あがきで30度にも上がった日曜日の午後だったから、肩のでる丈の長い薄手のドレスを着ていた。深いスリットが入っていて、さりげなく見える長い足が美しかった。何よりも美しかったのは色合いで、彼女の肌や金髪が良く映えるように計算されたかのような白地に描かれた水色の模様。流れるような水色の柄が彼女を引きたてていた。それに同じ水色の鞄。こんな色の鞄は一生縁がないと思っている私は、驚くしかなかった。経済的に豊かな人だから、こういう色もありなのかもしれない。年に数回しか使わない色の鞄。私なら勿体無くて購入することすら考えないだろう。兎に角、今日はまた飛び切り美しい、その美しい色が美しさをさらに引き出している、と手放しに褒めると、彼女は百万ドルの笑顔を私に向けてありがとうと手を振りながら階段を降りていった。彼女の夫はさぞかし自慢だろう。こんな美しい女性、しかも優しくて性格の良い女性は、そうそう居るものではないから。私だって嬉しい。こんな美しい人が同じ建物に住んでいるなんて。顔を合わせるだけで楽しい気分になるような人が同じ建物に住んでいるなんて。

空が暗くなるのが早くなった。19時過ぎには日没で、20時を待たずに真っ暗になる。おかげで月の美しいこと。悪いことばかりはない。良いことも必ず用意されている。上手い具合にできているのだ。




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柚子の樹がいい予感を連れてきた

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昨晩、相棒は随分と遅く帰ってきたようだ。というのも私がシーツの中に潜りこんだ時にはまだ帰宅していなかったからで、そしていつ帰って来たのかすら気づかなかったからだ。確かに彼は言っていた。しなくてはいけないことがあるのだと。それが何であるかは、いちいち追及しない。それを私達は信頼関係と呼んでいる。

さて、そうして今朝目を覚ますと相棒は既に出掛けた後だった。彼は母親の家に行ったのだろう。日曜日の朝の習慣だ。時計を見ると10時。やれやれ、随分と朝寝坊したものだ、と悔やみながら、一度も目を覚まさずに10時間以上眠ったことに驚いた。それほど睡眠を欲していたのかと。猫に遅い朝食を与え、自分の朝食を用意して、さて、とキッチンの大窓から外を眺めると、テラスの向こう端に変化が。長いこと枯れて置きっ放しにされていた私の金木犀。色々手を尽くしてみたが、根から問題が生じたらしく復帰の兆しはなし。それで近いうちに別のところ、どこか地面に植えてみようかと話していたところだった。どうやら相棒は昨晩遅くに金木犀の大きな植木鉢を運びだして、その代わりに相棒の仕事場に置いていた柚子の鉢植えを持ち込んだらしい。その物音にも気づかず、私は深く眠っていたことにもう一度驚かねばならなかった。柚子の鉢植えと言うが、小さなものではない。体長2メートルにも及ぶ大きなもの。相棒はそれをひとりで抱えて持ってきたのか。見れば小さな青い柚子の実が。これらが落ちないように運ぶのは大変だっただろう。感謝せねばなるまい。どんな形で感謝を現せばよいのか、ちょっと考えてみたいと思った。柚子の鉢植え。これはブダペストの友人が、柚子を料理に使った時に取っておいた種を植えて、芽が出たところでうちに持ってきてくれたものだ。ふたつ苗があったが、ひとつは伸びるだけで実がならず、もうひとつは数年前に沢山実らせた。しかし、それから実がなることはなく、どうしたのだろうと思っていたところだった。相棒の仕事場に置いていたのは、其処が風通しの良い、日当たりの良い場所だからで、そしてうちのテラスは既に置き場がないほど植物が沢山あったからだ。それが金木犀の鉢を動かすことにより場所が空いたので、そうだ、柚子を持ってこようと相棒は思ったに違いない。数えてみたら6つの実がなっていて、何かいい予感のする、そんな朝になった。良い予感には小さなことから見つけることが出来る。少なくとも私は、そんな風に思っている。

昼過ぎに、凄い爆音が近くにある大通りの方から聞こえた。テラスに出て目を凝らして遠くを眺めてみたら、驚くほどの数のHeary davidson が連なって通り過ぎようとしていた。どうやらトスカーナ州の方からやって来た集団らしく、映画で見るような上から下まで黒革で決め込んだバイカー達が磨き込んだ自慢の大型バイクに跨って、観客の目を楽しませる為にゆっくりと先に進む姿に、多くの人達が歩道で足を止めて感嘆の声を上げていた。こういうことがたまにある。例えばPiaggio社のVespa の集団が通り過ぎることもある。100台にも及ぶ磨き込まれた年代物のVespa が通り過ぎると華やかで見応えもあるけれど、しかしVespa。Heary には敵わない。Heary davidson の華やかさには流石のVespaも敵わない。




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