いつもの生活が始まった

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8月が終わる。とても早かったように感じるのは何故だろう。そして暑かった夏があっけなく去ろうとしていることに驚いている。こんな夏は初めてだ。暑いのは苦手だから有難いと思いながら、夏に置き去りにされたような気分で少し淋しいと感じる。随分と勝手なものである。よく考えれば、涼しい季節に向かうのを嬉しいと思いながらも後ろ髪を引かれるように感じるのはいつものことだ。何か忘れ物をしているような気がしてならない、そんな感じ。小説家ならばもう少し上手い表現をするに違いない。

夏が終わる前に、と久し振りに旧市街のジェラート屋さんに向かった。仕事を終えて旧市街に入ってすぐにある小さな店だ。この店はいい。店の人もジェラートも、それから涼しい季節にしか置かない自家製チョコレートも素晴らしい。久し振りということもあり、スキップしたくなる程わくわくしながら店に行くと、なんと店は閉まっていた。夏季休暇だろうか。電気の消えた店の中を、ポルティコの下から目を凝らして覗き込む。滅多に店を閉めないこの店が閉まっているとショックを受け、そんな不運に遭遇した自分を酷く不運に思い、ああああー、と声あげたところ、いつの間にか横に立って同じように暗い店内を覗き込んでいた男性が驚いてこちらを向いた。自分の家に居るでもあるまいし、と私は多少ながら恥じ入り、男性にお道化た表情を見せながら、残念ねえ、閉まっているなんてねえ、と行った。すると男性の背後に居た、連れと思われるもうひとりの男性が、8月なんてそんなもんさ、みんな平等に休暇を楽しむ権利がある、と言った。確かに皆に平等に休暇を取る権利がある。ただ、ジェラート屋さんは夏場が勝負だから、8月には休暇を取らないと勝手に思い込んでいたのだ。私と横の男性は両肩を上げながら、だってねえ、と表情の顔を見合わせた。ところで背後に居た男性の足元には小さな犬がいた。子犬ではない。小型犬なのだ。犬はもう年を取っているらしく、毛並みに艶はなく、足踏みするその足元は弱々しく、くるりと上に向いた尻尾は震えていた。優しそうな表情で、優しい近所のじいちゃん、と言った印象だった。それを背後に立っていた男性に言うと、明るい声を上げてひとしきり笑い、そして愛おしそうに犬を眺めながら大切な犬なんだよ、宝物なんだ、と言った。宝物と言って貰った犬。幸せ者だと思った。ポルティコの下を歩き始めた二人の男性と弱々しく彼らの後について行く犬。彼らは時々後ろを振り向いて、犬がちゃんとついてきているかどうか確認しながら名前を呼び、その度に犬は小走りで彼らのもと向かった。この二人の男性の素敵なことと言ったらなかった。上背のあるスレンダーな肢体。シンプルでナチュラルな装いが良く似合う、土台の良いふたりだった。髭を無造作に生やしていたが、恐らく巧みに計算して無造作に見せたに違いなかった。最近こんな素敵な雰囲気の男性をボローニャで見かけるようになった。私がボローニャに暮らし始めた頃にはいなかったタイプの人々。こういう人達を見かけるたびに、時代が変わったのを実感するのだ。それにしても、ジェラート、食べたかったなあ。

いつもの生活に戻り、仕事も始まった。嫌だと思うことはないが、時差ぼけが治らない。身体の奥深い場所に日本の時計が埋め込まれているかのようである。もう5日も経つと言うのに。日本から戻ってきて時差ぼけがこれほど長く治らないのは初めてのことで、少々困っているのである。ようやくやって来た週末。この週末を利用して、イタリア時間に身体を戻そうと思っている。




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リセットしよう

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旅の後の片付けは簡単には終わらない。留守にしていた家の中は相棒と猫が二週間丸々思い存分楽しんだらしく、こちらの整理整頓と掃除も簡単には終わらない。しかし山ほどあった選択の大半は終わったし、積み上げられたアイロン掛けも完了。こんな風にして少しづつ片付いて行くのだ。大丈夫。のんびり行こう。気長に構えると言うことを、私はいつの間にか学んだらしい。以前に比べれば、こうした中途半端な状態にストレスを感じることはあまりない。

日本から戻ってくると何時も少し妙な感覚に陥る。私が歩んできた道は正しかったのかどうか、と。具体的に言えば、私が日本を、家族のもとを飛び出したことを、あれでよかったのだろうか、と日本から戻ってくると必ず考えてしまうのだ。後悔とは違う。私は今までしてきたことを、たとえそれがいいことであれ悪いことであれ、後悔はあまりしない性質だから。ただ、私が飛びだしてしまったことを父や母は悲しまなかったかどうかとか。鉄砲玉のような妹を姉はがっかりしなかっだろうかとか。後戻りできないことを色々考えるのは、私が帰省するたびに家族が共に過ごす時間を喜んでくれるからだ。これでよかったのだろうか。自分のことばかり考えていた若かった自分のことを振り返って、ほんの少し胸を痛めるのだ。
日本を飛び出してから色んなことがあった。アメリカでは、いいことも悪いことも含めて、すべてが薔薇色に見えた時代。その後相棒とボローニャに来ると薔薇色だったアメリカの生活が黄金に見えるほど、私にとって辛い辛い時期が続いた。ようやくボローニャのリズムを掴んだのは随分と経ってからのことで、これでやっと安心できる、と心底嬉しかったのを覚えている。それからは、多くのことを望むことなく、平坦でシンプルな生活を続けることだけを考えてきたけれど、急にリセットしたくなった。自分自身のリセット。慣れたことを続けるのは簡単で心地よい。だから敢えてしてみようと思う。私のリセットはチャレンジに繋がる。重い腰がさらに重くなって、手遅れにならぬうちに、リセットしよう。

明日の朝が心配だ。早起き出来るだろうかと。手早く身支度できるだろうかと。休暇明けは、いつだってそんな心配が付きまとう。ああ、明日からいつもの生活が始まる。




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私の家

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あの暑かった日本の夏。8月も下旬なのに、こんな暑さだなんて、と思いながら早朝羽田空港へと向かうバスに乗り、飛行機に乗りこんだ。そうしてボローニャに戻ってきたら驚くような涼しさが待っていた。疲れた体を癒す如く早々にベッドに潜りこみ、じっくり眠ろうと固く誓ったはずなのに、時差ボケで朝早く目を覚ましまった。それにしても涼しい。驚くような涼しさ。気温は15度を指していて、窓という窓を閉めて回った。夏はまだ終わっていない筈だけど、夏が急ぎ足で終わろうとしているのを感じた。

朝から荷解き作業を行った。こんなに沢山のものをどうやってスーツケースに詰め込むことが出来たのかと思うような量の様々なものが出てきて、相棒は心底驚いたようだ。まるで泉が湧くかのようだね、と。その多くは家族から相棒への土産だった。家の修理やら手入れをしながら猫と留守番をしていた相棒だったが、おかげで朝から機嫌が良い。機嫌が悪いのは猫で、スーツケースがあるべき場所にしまわれるまで、ずっと部屋の隅に佇んで私に疑いの視線を投げかけた。まさかまた何処かへ出かけるのではないでしょうね、とでも言うように。昼頃すっかり片付くと、安心したのだろう、ようやく私の膝に頭を擦り付け、淋しかったんだから、とでもいうような声で鳴いた。待っていてくれる相棒と猫が居る幸せ。私の家は日本であり、ボローニャなのだ。どちらも大切な場所であることに違いない。

ところで、帰路でとんでもないことに遭遇した。フランクフルトの空港でEUへの入国を拒否されたのである。これはよく聞く話で、別に珍しくもないようだ。1時間半ほど拘束されたし、気分もあまりよいものではなかったけれど、終わり良ければ総て良し。思いだすと腹が立つので忘れてしまおうと思っている。さもなければ楽しかった家族との休暇にケチがつくというものだから。ああ、楽しかった。そういう気持ちだけ覚えて居たいと思う。母にも姉にも、そんな気持ちを覚えて居てほしいと思う。元気でいればまた数年後に会えるだろう。暑かった夏の日本にさよなら。また会う日まで。




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もうボローニャに帰らなくては

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今日は昨日より元気。それがなんと嬉しいことか。それがなんと有難いことか。朝から大変な暑さで、テレビでは8月も25日なのにまだこんなに暑さが猛威を振るっていると言っていたが、全くその通りだと思った。ここ2か月ほど、私は日付感覚が狂っている。まだまだだと思っていたら7月が終わりそうになっていたし、今だってもう8月下旬で直に9月であることに驚いている。自分が時間に乗り遅れているような感じ。それが怖いとか何とかといった感覚はないにしても。午前中、少し時間を見つけて近くの店に行ってみた。大きな店で何でも調達できるだろうと思っていた通り、本当に色んなものがあり、あり過ぎて開いた口が塞がらなかったほどだ。私には、選択余地があり過ぎる、便利すぎる。これが私が今回の帰省で感じたことのひとつ。自分がいつの間にかボローニャのシンプル極まりない生活に慣れてしまったことを再確認するきっかけとなった。でも、それは悪いことではない。無ければ工夫すればいいし、無ければ作り出せばいい。そういうことを私は、外国に暮らすようになって初めて学んだのだから、ポジティブに行こうと思っている。ところで店の隅に設けられていた動物用品を置く場所で、猫のカリカリをふた袋貰った。別に買い物をする気もなく、なんとなく眺めていたら店員がやってきて、少し世間話などしたところ、猫にお土産だと言ってふた袋持たせてくれたというわけだ。猫向け無添加のナチュラルフードとのことで、相棒と留守番をしている私の猫が元気で長生きするようにとの言葉を添えて。どうしてそんなものを持たせてくれたのかは私にはわからない。でも、世の中には優しい人が沢山いて、こうして理屈では言い表せぬことも沢山あるのだと思う。

家族との別れはいつも淋しい。次に帰っていくる時にも元気に迎えることができればいいけれど、と母は言い私を心の中で涙させる。姉の方は爽やかなもので、元気でね、また会おうね、とそんな具合。でも、やはり私は心の中で涙する。それは別れの淋しい涙ではなく、ありがとうの涙。糸の切れた凧のように飛んでいった妹を待っていてくれる姉への感謝の涙だ。家族とはなんと有難いのだろう。それがこの帰省で私が感じた一番大切なこと。ありがとう。元気でね。また会おうね。




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優しい人達

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数日前、義兄の提案で日光を訪れた。雨が少し降る中、車をびょんびゅん飛ばして。姉同様、義兄もまた久しぶりに帰って来た義妹を喜ばせようとしてくれる優しい人だ。東照宮もさることながら滝の美しかったこと。濃い緑の中を駆け抜ける水。それがどんなに私を癒したか。日光なんて小学生の修学旅行以来だったから、懐かしくて嬉しくて堪らなかった。紅葉の頃はどんなに美しいだろう。日光を後にしながら、またきっと来ようと思った。何年先になるかわからないけれど、今度は相棒を連れて。

ところで、遊びまわり過ぎたらしい。残念なことに一昨日の晩から体力低下。ボローニャの毎日はこれほどアクティブではないから、体が驚いたのかもしれない。そして蒸し暑さもまた、私には大敵だった。とはいえ、家族が今日はこれ、明日はあれと私を楽しませるために計画してくれるから、断るはずもない。恐らく姉もしんどいだろう。姉は2年振りに帰って来た妹を楽しませようと休みをいくつもとって待っていてくれた。私が疲れているならば4つ半年上の姉が疲れないはずがないのだ。あと数日でボローニャに帰るのだから、また数年帰省できないのだから、と我を奮い立たせる。家族を心配させぬためにも、ここでダウンしてはならぬと自分に言い聞かせながら。




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