白いショートパンツ。すらりと伸びた長い脚。

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金曜日の夕方、クリーニング屋に立ち寄った。クリーニング屋の夫婦は次の土曜日の午後から休暇に入るそうだ。待ち望んでいた夏季休暇。もう1週間、もう1週間と呪文のように唱えながら頑張るらしい。私の場合は休暇まであと2週間。成程、それならば私もと、もう2週間、もう2週間と声に出して言ってみたけれど、どうもぴたりと来ない。駄目ねえ、と笑う私にクリーニング屋の夫婦も笑う。あと1週間待ってから唱えた方がいいのではないかと言いながら。

クリーニング屋から引き取った衣服を抱えて家に向かって歩いていると、向こうから隣人が歩いてきた。色よく焼けた肌にテロンとした素材の涼しそうな開襟シャツと白いショートパンツ、素足にモカシンシューズといった装いで。横幅があるが背が高くて、脚がすらりと細いから、こうした装いがとても似合う。確か今年で53歳になるけれど、こんな恰好で歩く彼をかっこいいと思った。万年青年。そんな言葉がぴたりとくると思った。そんなことを思っていたら思いだしたことがある。クロアチアのことだ。クロアチアに行ったのは2005年の夏だった。そうと決めたのはその年の5月頃で、アパートメントを探すには遅すぎる時期だった。毎日夕方仕事から帰ってくるとネットで見つけたアパートメントに電話をして、ようやく見つかるともう7月も半ばになっていた。相棒の友人の恋人がクロアチア人。そういうことから始まった、クロアチアでの休暇話だった。夜中のうちに出発してクロアチアへと車を走らせた。目的地のポーラに着いたのは朝の10時ごろで、思いのほか時間が掛ったのは夜中なのに交通渋滞があったからだった。初めてのクロアチア。昔イタリア領だったと言われるその辺りはイタリア語が通じるから、折角イタリアから脱出したのに、外国へ来た気がしなかった。此処での滞在は1週間。その後車を北に走らせてブダペストで10日ほど過ごす予定だった。その年は8月なのに涼しくて、幾度も激しい雨にあった。だから海にはあまり入らず、浜辺に腰を下ろして透明な海を眺めながらお喋りをしたり散歩をしたり、それから旧市街のさ迷い歩いたりした。私はあまりに知識がないままクロアチアに来てしまったことを後悔した。遺跡に遭遇するたびに、どんな話が背後にあるのだろうと想像した。そして昔アメリカで一緒に暮らしていたブリジットが話していたユーゴスラヴィアの美しい海のことを思いだした。彼女はユーゴスラヴィアの海が好きだが、もう行くことはないだろうと言っていた。それは紛争のことを指しているのだろうと安易に理解できて、まだその美しい海を見たことの無かった私も残念に思ったものである。その私がクロアチアの海の街に来た。旧ユーゴスラヴィアの海の街だ。もっとも彼女が話していたのは私が訪れたイストリア半島ではなくてもっと南の方、モンテネグロに近い辺りのことを言っていたのだけど。でも、あの時あまりにユーゴスラヴィアについて無知だった私が今此処に居て海を眺めていると知ったらば、彼女は何と言うだろう。その彼女はあの話をしたすぐ後に他界したから、ユーゴスラヴィアの海にもう行くことはないだろうと言ったのは、彼女が自分の病を知っていたからなのかもしれない。澄んだ海が波を作って唸るたびに、私の記憶が行ったり来たりした。日に焼けたブリジット。白いショートパンツから伸びたすらり長い脚が美しくて、誰もが彼女に憧れていた。

クロアチアの海にはそれ以来行っていない。もう13年も前のことになった。隣人に道端で会ってブリジットを思いだしてクロアチアの海を思いだしたら、急に行きたくなった。秋になったら、海のシーズンが終わって静かになったら、ちょっと車を飛ばして行ってみようか。彼女が愛した南の海まではいけないだろうけれど。あの澄んだ海を眺めに。




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月の神秘、月の力

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夏とは暑いものと決まっているが、それにしても暑い。今日は朝一番の予約を取って髪を切りに行くために、土曜日だと言うのに平日と同じに時間に起床した。昨晩遅くまで月を見ていたので起きるのがひどく辛かったが、しかし涼しいうちに髪を切って貰えるのは有難く、眠い目をこすりながら朝のカッフェを淹れた。昼間の暑さには閉口するが朝晩の涼しさはとても悪くない。20度前後の冷えた空気は剥き出しになった肩や首元に気持ちよく、テラスの椅子に腰を下ろしてカッフェを頂きながら、ほっと安堵の溜息を漏らした。猫は既に休暇モード。まあ、一年中休暇モードだけれど、それにしても愛想を振りまくことすらしんどいらしく、体を横たえたまま頭を持ち上げることもなく、目だけをチラリと動かして私や相棒の存在を確認する。仕方ない。あの毛皮のボディスーツはかなり暑いはずだから。と、夕方になって突然の雨。辺りが白く光り大きな雷音が鳴ると、スイッチが入ったように降りだした雨に乾ききった地面が濡れて、懐かしい匂いが立ち上る。土の匂い。私はこの匂いと共に育った。

昨晩の月の美しかったこと。夕食を終えてからテラスの椅子に座って月を眺めた。満月の晩で、そして月食でもあった。テレビでは今世紀最長の皆既月食とのことだったが、確かに長い時間を掛けて再び月が姿を現した。微かな月の光を見つけたのは23時15分。夜風が涼しくなり始めた頃だった。こんな美しいものは久しぶりに見た、と時間が過ぎていくのも忘れて夢中になって眺め続けた。気が付けば零時を過ぎて翌日になっていたが、月は神秘的で魅力的、人の心をつかんで離さないものなのだなあと、しばし感動した。
アメリカに居た頃のことだ。私と相棒が新婚旅行なるものを決行したのは、簡単な結婚式を挙げてから4か月も経ってからのことだった。新婚旅行、などと言ってみたが、実は車で南下してネヴァダ州、アリゾナ州を気の向くまま回った簡単な旅だった。大きなカバンに着替えを詰め込んで、軽装で出かけた。南の方へ行くにつれて暑くなるわ、乾燥するわで、軽装はますます軽装になった。11月の初めだと言うのに半袖シャツにショートパンツ。あまりの乾燥で真っ直ぐの髪が逆立って大変だった。まだインターネネットなど普及していなかったし、それに突然思いついて決行した旅だったから、宿の予約ひとつなく、車で行けるところまで言って、手頃な場所に宿を求めるそんな旅だった。カリフォルニアの砂漠を満喫した。そこから州をこえてネヴァダに入ると宿を探すべく車でさまよったのだが、行けども行けども街らしい場所に出ず、映画ならばこの辺りで悪人がライフルか何かを抱えながら突然車の前に飛び出してきてもおかしくない、などと思ったものだ。乾いた土の、起伏ばかりの土地で、アメリカに来て初めて怖いと思った。しかしそこで見た満天の星。そして大きな丸い月はサンフランシスコでは見たことがないほど光が強くて、月が私達を見ている、あの無数の星たちが私達を見守っていると思ったものだった。この辺りに住んでいる人が居るのだとしたら、此の起伏ばかりの土地の何処かに住んでいる人がもし居るのだとしたら、きっと月と星が好きな人に違いないと思った。暫く行くと道が二手に分かれていた。どちらへ行こうか。分からない。街灯ひとつないこの二つの道のどちらへ行けばいいのかわからなかった。と、流れ星が。私達は賭ける思いで流れ星を追うべく道を選んだ。随分車を走らせたところで安宿を見つけた。此処、大丈夫かなあ。相棒と顔を見合わせて、しかしこんな所でうろうろしているのもなんだからと、其処に泊まることになった。何かあってもすぐに行動を起こせるようにと服を着たまま眠った。物音がするたびに目を覚まして、窓の外をこっそり覗いた。見えるのは美しい月と星、そして荒野だけだった。コヨーテなどがうろついているのかもしれない。そんなことを考えながら再び眠りに落ちた。結局何も起こらず朝になった。安宿とは言うけれど熱い湯がふんだんに出たし、シーツも真っ白でアイロンがあてられていたし。宿を後にする時に宿の主が昨晩の月は美しかった、君たちは見たかいと訊くので、道に迷いながら散々堪能した、あの月明かりがなかったら此処にも辿り着けなかっただろうと言うと、そうかそうかと頷きながら明るい笑顔を見せた。世の中には月の神秘、力などと言ったものを信じている人達が沢山居るけれど、恐らく宿の主はそのタイプの人で、私と相棒もまたその種の人達だ。月食を眺めていた3時間もの間に、私はそんな25年前のことを思いだして、今も私達は少しも変わらない、と思った。あの頃のままだ。月の神秘、月の力。そうした物が好きだ。

そういえば月食の橙色の月を眺めながら、ふと子供の頃のことを思いだして相棒に言ってみた。わあ、綺麗だね。それに月の中に兎も居る。冗談のつもりで言ったのに、相棒ときたら、えっ、と絶句して月に見入るから、私はすっかり罪悪感に包まれてしまった。ふーん。彼って純粋なんだなあ。





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寄り道

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7月も下旬になると、ひとり、ふたりと休暇に入っていく。職場の人数も徐々に減っていく。水曜日から休暇を迎える同僚の嬉しそうな様子を眺めながら、自分の休暇はまだまだ先だと溜息をついたのは一昨日のことだ。しかし誰かが嬉しいのは、たとえ自分のことでなくとも嬉しいものだから、まあいいさ、そのうち自分の休暇もやって来る、と我を慰める。そうだ。そんな風にしていれば、楽しい休暇がやって来る。

最近仕事帰りに寄り道をしていない。寄り道が嫌いになった筈もなく、ただ単に、疲れて寄り道どころではないからだ。最近になって寄り道は元気でないと出来ないものなのだと気付いた。そして今まで当たり前のようにしていた仕事帰りの寄り道を愛おしく思った。最後の寄り道はいつだったろう。街で繰り広げられている夏のサルディを覘いてみたくて、久しぶりに店に立ち寄ったあの日だっただろうか。旧市街の賑やかな通りに面している、ポルティコの下の小さな店。この店には冬にしか入ったことがない。店はカシミアやシルクのニット類を置く店だからだ。夏場は何を置いているかなんて考えたこともない。私にとってこの店は冬に立ち寄る店なのだから。ところが店の前を歩いていたら、店を改装するためのセールと書かれていて、コットンのパンツやジャケット、そしてシルクのシャツなどがショーウィンドウに並んでいた。あまり流行りを追わず、シンプルでスタンダードなものを置くこの店は、私には実に都合がいい。ガラス越しに店の女性と目が合ったので、ちょっとお喋りをしに重い扉を押して中に入った。1月以来だから、半年ぶりである。訊けばこの小さな店のスペースを少しでも広々とした感じにするための改装工事を8月にひと月かけて行い、9月には新しいイメージで新装開店、そのための売り尽くしなのだと店の人が言った。店には先客がいて、なかなか賑やかだった。テーブルの上に置かれているジャケットは綿麻ニットの男物。男物にしては洒落ていた。実に私好みだった。どうやら先客が既に購入を決めているらしく、店の人が丁寧に畳んで包む準備をしているところだった。実に素晴らしい印象のジャケットで、店の趣味の良さは勿論だけど、これを選んだ先客の趣味の良さにも感心した。その先客だが、恐らく店の常連客で店主と楽しそうに談話していた。歳の頃は既に60歳を超えているのか、髪は明るいグレーだった。陽気で穏やかな男性と言った感じだ。休暇中なのか、それとも毎日が休暇なのか、こんな話を店主に聞かせていた。トスカーナにある休暇用の家で数日過ごしてボローニャに帰ってくる時、高速道路を途中で降りた。フィレンツェ近郊のアウトレットがあるところらしい。兎に角そこには評判の良いレストランがあって、ボローニャに戻る前に其処で昼食を済まそうと言うことになった。ちょっとお腹の中にぽかりと開いている小さな空洞を埋めるべく立ち寄っただけなのに、まあ、何と美味しいこと。僕らは、というところをみると彼は友人達か家族が一緒だったのだろう。僕らはもう留まることを忘れて夢中になって食事をしたんだよ、と彼は言った。それほど美味しくて、それはもう美味しくて、と言うことらしかった。しかしその後に乗った体重計は実に正直者で、僕は体重計の上に涙を零さねばならなかった、と彼が話を閉じたので店に居た皆が遠慮も忘れて大笑いした。このお腹だよ、駄目だねえ、お腹が出ている男なんて格好が悪いじゃないか、と彼が言ったのを聞きながらちょっと感動した。幾つになっても自分の体形を一番いい状態で保とうとしている彼は素敵だ。こうしたことは男性も女性も関係ない。美しさのために努力をする人は素敵なのだ。そうして彼は包んで貰ったジャケットを受け取りながら、ねえ、君たち9月には店を開けるんだろう? 9月に会う時には僕はもう少し素敵になっている筈だから、と言って粋な印象のウィンクを投げて店を出ていった。格好いいわねえ、と思わず私の口から言葉が零れた。すると店主と店の人が笑って、若い頃も格好よかったが歳を重ねてますます格好良くなった、と言った。歳を重ねて格好良くなるなんて。良い休暇をと挨拶を交わして店を後にした。私も、歳を重ねてますます素敵になれればいいのに。そんなことを思いながら。

帰りがけにいつものい店で桃を買った。良い匂いのする桃を5つ。店主が不在で、彼の妻が丁寧に確認しながら良いのを選んでくれた。夕食後に食してみたら、まあ美味しいこと。明日の帰りに店に立ち寄って、店主に彼女の桃選びの素晴らしさを褒めなくては。そしてついでに、週末のための美味しい桃を確保するとしよう。




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身近な人達

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雨が降ると言われていたが、今のところ雨が降る様子はない。窓の外を覗くと昨夜の残骸が少し。隣の家の娘の誕生日祝いが昨晩行われたのだ。どれだけ娘に信用があるのか、両親は山の家に行ってしまい、娘が独りでパーティを遂行した。庭にあるガラス張りの小屋みたいなものは様々な色の電気で飾られて、うちの窓からは見えぬ場所でバーベキューをしているらしく微かに肉が焦げる匂いがした。招かれた同年代の若者たちは、それが参加者に課せられた決まりなのか、一様に白い服を身に着けている。WHITE PARTYなのかもしれない。白いひらひらしたレース地の丈の短いワンピースを着てはしゃぐ女の子たち。自分にもそんな時代があったな、と思いだした。大音響の音楽の合わせて歌う若者たち。そんなことをしているうちはまだまだ健康的だ。アルコールやドラッグに溺れる若者が多いこの世の中で、バーベキューと音楽に合わせて歌う彼ら、だから両親は一晩家を空けたのだろう。その大音響も歌も大騒ぎも、23時にぴたりと止んだ。これも両親から言われたことに違いないが、それにしても感心。きっと近所の人達も同じように思っていることだろう。

数日前、旧市街の小さな店に立ち寄った。仕立て屋さんである。主に街の衣類店や個人客からの依頼、例えば丈直しやサイズ直しの作業が主だけど、女店主は服を縫う仕事に携わっていたから、注文があれば服も作ってくれるとのことである。自分の好きな布地を持ち込んで、と言うのが実に惹かれるところだけれど、今のところそれをお願いしたことはない。それで数日前に店に立ち寄ったのは随分前に持ち込んでおいたパンツを引き取る為だった。麻と綿混合の布地で誂えられたパンツで、随分と前に購入したものだ。ただ、裾の広がり具合が気に食わなかった。そもそも購入するときから気に食わなかったのだ。だからこれを着て出掛けたことは一度もない。それでいてこれを購入したのは、生地に惚れこんだからだった。肌触りがよく、涼しい。涼し気な色で軽くて、こんな生地にはあまり巡り合えそうになかったからだ。大丈夫、私はいい人を知っているから。彼女に相談すれば、必ず自分好みの形になるから。そう思って、このパンツを購入した。さて、それを彼女の店に持ち込むと、案の定彼女は言った。良い生地ねえ。でも、この形はあなたに全然似合わない。歯に衣を着せぬ彼女らしいコメントで、互いに顔を見合わせて大笑いした。パンツを身に着けて見せると、彼女はすぐにいい案が浮かんだらしく、小さな針で数か所をつまんで、ほら、こんな感じがいいと言った。それは全く違う印象のシルエットで、実に私好みだった。喜ぶ私に、但し、と彼女は言った。それでなくとも妊娠中でしんどい上に、仕事が山ほどあって何時仕上がるか見当がつかない。それでもいいならば、という条件で、私は彼女にパンツを託した。仕上がったら、電話をくれることになっていた。そうして3週間も経った頃、連絡を貰い、いそいそと店に行き、試着してみたら、全くいい感じに仕上がっていた。いや、思っていた以上の仕上がりだった。服を縫う仕事に就いていただけある。彼女の腕は確かだ。待たされた甲斐があった。この夏一番の気に入りのパンツ誕生。店が夏季休暇に入る前に、このパンツを履いて店に冷たいものでも差し入れに行こうと思っている。

夕方、隣の家の人に会った。美人の若い奥さんが家の掃除をしていた。訊いてみたら昨夜は娘さんの20歳の誕生日だったという。何事もなく終わってほっとしているが、家の中が凄いことになっている、とのことで、掃除が一向に終わらない、と困った顔をして見せた。ふと彼女の手元を見ると箒。それも柄の部分がピンク色で、無数のキティちゃんの顔がプリントされている箒だ。彼女がキティちゃんを好きなことを誰かから聞いたことがあったけれど、それにしたって箒までキティちゃんとは。ちょっと可愛かったから、今度会ったら何処で購入したのか訊いてみようと思う。




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土曜日の早起き

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暑い週末になるだろうと囁かれていた。だから目を覚まして外が涼しいのには、意表を突かれた、という言葉がぴったりだった。毎朝簡単な柔軟体操をしている。起き抜けの体をほぐすため、そして朝でもなければ暑くて体操などできないからだ。そんなこともあって、土曜日だと言うのに早めに起きた。それでなくとも体調が優れない今日この頃だ、静かな朝の柔軟体操は私に必要だと思って。この柔軟体操、しなくなると直ぐに億劫になる。しかし毎日習慣的にしていると少しも面倒臭くない。案外何事もそんな物なのかもしれない、と毎朝体操をしながら思う。だから私はこの習慣を乱すことなく続けるのだ。それで土曜日だと言うのに早めに起きてみたら、この涼しさ。今日は家に閉じ籠もって静かに過ごそうと思っていたけれど、急に外に出たくなった。こんな涼しい土曜日は、もう暫くないに違いないからと。

旧市街は、しかし少しも涼しくなかった。どうやらあの涼しさは私が暮らす辺りに限ったことらしく、実際、旧市街を行きかう人々ときたら、肩や背中をむき出しにした真夏の装いだった。バスを旧市街に入ったところで下車して歩き始めると直ぐに額に汗が噴き出した。さて、しかし来てしまったのだから楽しもうではないか。そのまま真っ直ぐ歩いて行けば街の中心。今日はその道を取らずに左に折れてみた。古い、昔から住む人が多い界隈。ポルティコの下で大きな扉から出てきた男性と犬に出会った。男性は年の頃は40代。優しそうな顔をした、素朴なボローニャ人と言った感じ。犬は小型で品種は分からない。毛並みの短いタイプの犬だ。首にパラボラアンテナのようなもの、そうだ、エリザベスカラーと呼ばれるものを着装していてそして肩から腕、胴体にぐるぐると包帯を巻いていた。あらら、どうしたの。私が犬に話しかけると、飼い主がぼそぼそした声で教えてくれた。犬に噛まれたんだ。よく見ると飼い主もまた後頭部から首の後ろにかけて大きなガーゼを張り付けていた。え、犬に噛まれたんですか。私が訊き返すと飼い主がまたぼそぼそと答えた。うん、犬と僕は他所の大きな犬に噛まれてね。あらまあ。私が答えられたのは、この一言だけだった。良い週末になるようにと互いに言葉をかけあって、それぞれの道を歩き始めた。少し行くと昔よく歩いた道に辿り着いた。まだボローニャに暮らし始めて間もない頃、友人の両親が営む花屋へ子供たちの面倒を見に行った時に歩いた道だ。花屋へ行く時は、大抵友人は夫婦で外国旅行中で、2週間ほど両親に預けるのはいいが、何しろ花屋を営んでいるから、ということで昼間の数時間子供たちの面倒を見てくれないか、というのがこの道を歩いた背景だ。この界隈には昔から長く住んでいる人が沢山居るらしく、花屋にはそんな古い住民たちが足しげく通った。そうしては、彼女はね、娘の友人でね、まだイタリア語はあまりわからなくてね、と紹介してくれたものだった。近所に住むエルコレとテレーザの夫婦は私に大変親切で、時には彼らの家に子供たちと私を招いて冷たいものをご馳走してくれたものだった。だから、ある日エルコレが心臓発作であっという間に他界すると、私も子供たちも涙が止まらなかった。テレーザは独りぼっちになってしまったの? 子供たちにそう訊かれて、胸がぎゅーと苦しくなった。その子供たちも今はロンドンに暮らし、もう20代になった。随分昔のことを思いだして、花屋に通ったこと、子供たちと過ごしたこと、エルコレとテレーザに出会ったことは、私には宝物のような思い出なのだと今頃分かった。あの頃辛いことばかりで良いことなんて何も無かったと思っていたけれど、そんなことはない。ただ、あの頃には良いことが見えなかっただけなのだろう。私が心を塞いでいたために。
涼しいと思っていたから薄手とはいえジーンズを履いてきたが、失敗だった。一刻も早くジーンズを脱いでしまいたい衝動にかられて、気持ちを抑えるのが大変だった。

土曜日なのに早く目を覚ましたからなのか、今日は昼寝をしたくなった。昼寝なんて子供の時だって嫌いでしたことがなかった。私の昼寝嫌いは有名で、大人になっても昼寝なんてしたことがなかった。昼寝をしたくなるなんてねえ、と思いながら体を横たえると直ぐに眠りに落ちたらしい。目を覚ましたら夕方になっていて、ベッドの上に小さな紙きれがあった。君がよく眠っているからそのままにしていくよ。相棒が読みづらい字で残していったメッセージだった。




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