お洒落

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7月を待たずに梅雨が明けた。放っておけば、ひと月以上連絡のない母から、一週間も経たずにメールが届いた。何かあったのか、とドキドキしながらメールを開けると、梅雨明けの知らせだった。母にとっては異常事態だったに違いない。母なりの速報だったのだろう。その証拠にそれ以外のことはあまり書かれていず、時間が気になっているから、という言葉で締くられていた。その直後に姉からメッセージが届いた。やはり梅雨明けの話だった。7月生まれの姉は、自分の誕生日の前に梅雨が明けたのは覚えている限り初めてのことだ、とのことだった。私にとってもそんな話は初めてのこと。子供の頃はなかなか開けぬ梅雨に、まだか、まだかとしびれを切らせ、梅雨が終わると言い合わせたようにして夏休みになったものである。早い梅雨明け。それはどうやら暑い夏を言い表しているらしく、8月の帰省を数か月前から指折り待ち焦がれている私への挑戦状のように思えた。いつの頃から暑さが苦手になった私は、家族からの知らせにほんの少し戸惑っている。

ひと月ほど前のことだ。ジーンズにさらりと合わせる白いシャツを求めて数軒の店を見て回った。最後の一軒は5年前に立ち寄って以来。小さな広場に面したこの店は名が知れているが店が大変狭い。店員も入れ替わっていれば、店の雰囲気も変わっていて、まるで初めて足を踏み入れる店のように思えた。白いTシャツを探しているのだけど、という私に外国人にしては完璧なイタリア語を話す、しかし、やはり外国人に見える長い金色の髪を後ろにひとつに結わいた女性が案内してくれた。色々見せて貰い、そのうちの数枚を選んで試着することになった。試着室から出てくる度に、これはいい、これは似合わないと彼女が歯に衣を着せぬ言葉でコメントを言うのが痛快だった。さて、似合うと言われたそのシャツだけど、しかしこのシャツはこんな風に着こなすものなのだと彼女は言いながらシャツの裾を履いていたジーンズの中に押し込んだ。と、その時、彼女が驚きを隠さずに言った。ジーンズにベルトをしないのは許しがたいことだと。そう言われて私は考えた。そうだ、一体何時からジーンズにベルトをしなくなったのだろうと。恐らく数年前からのことだ。理由は何だっただろう。しかし、ベルトをせずにジーンズを履くのもよいのではないかと反論する私に、彼女がぴしゃりと言葉を返す。お洒落をするのは大切なこと。でも、一番大切なことはお洒落をしようとする気持ち、お洒落でありたいと思う気持ち。ラクだからとか、面倒臭いからとか、そういう気持ちが一番よろしくない。成程、とうなずく私に彼女は満足したらしい。別に店に置いてあるベルトを薦めるでもなく。私は気に入った白いシャツを包んで貰って店を出た。ポルティコの下を行きかう人々に目を走らせてみると、素敵な女性達はジーンズのカジュアルな装いにもベルトが施されていた。いつの頃からか、私は座り仕事の時間が長いことを理由に、楽な装いを求めるようになったらしい。それは悪いことではないかもしれないけれど、店の彼女の言葉を借りれば大切なお洒落でありたいという気持ちから外れていることになるのだろう。お洒落の初めの一歩。ジーンズにベルトをしよう。そんなことを思いながら家路についた。一枚のシャツを購入するのに随分と時間がかったのは、彼女のお洒落講義を受けていたからだ。彼女はなかなか良い。次に行く時にも何か大切なことを教えてくれるに違いない。

イタリアは良いところ。ボローニャの生活も悪くない。でも、時々どうしようもなくここから去りたくなる時がある。今日は全くそんな気分。私に出来るのは、この気分が通り過ぎてくれるのを息を止めてじっと待つだけだ。




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6月最後の日曜日

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風にあたり過ぎたらしい。昨夜から関節が酷く痛む。昔からこういうことがよくあって、気を付けなければいけないことのひとつになっているというのに、うっかりしてしまった。恐らく昨日の散策の時の、あの気持ちの良い風のせいだ。ああ、気持ちがいい風、などと言って街をふらついているうちに、すっかり身体が冷えてしまったに違いない。失敗したなあ、と言いながら家で過ごす日曜日。

25年前の、6月最後の日曜日に、呼び鈴が鳴った。まだアメリカに暮らしていた頃のことで、機嫌のいい界隈のフラットに住んでいた頃のことだ。当時、うちには様々な人が出入りしていた。出入りというよりは、ちょっと遊びに来ると言った方が正しいかもしれない。特に夕食時。19時を回る頃になると、大抵誰かがやって来た。それを私達は嫌だと思ったことはなく、むしろ愉快なことだと思っていた。それで日曜日の呼び鈴は昼前の訪問で、日曜日の此の時間に来るような友人とは、と首をひねりながら扉を開けると私の女友達が立っていた。私より幾つも年上でしっかり者の彼女。家は随分離れたところにあるので、ちょっと立ち寄ったのではなく、何か理由があって来たに違いなかった。それも電話では済まないような用事。どうしたのだろうかと思えば、彼女は私を心配して立ち寄ったのだと言う。何を心配したのかといえば、3日後の水曜日に控えた私と相棒の結婚。華やかなセレモニーはなく、市役所での簡単な誓いと手続きだけの結婚式だ。何しろ平日の変な時間なので出席者は後には私の親友にもなる、証人をしてくれる相棒の親友だけ。出席できない彼女は、準備がきちんと進んでいるのか、それが心配でうちに来たのだそうだ。大丈夫。なにも準備することなんてないのだから。時間に遅れないように市役所に行って、間違えないように、笑いださないように、誓いを立てて、サインをして、指輪を交換するだけなのだから。私がそんな風に応えると、彼女は、あなたは全く分かっていないと言うように首を大きく左右に振った。ドレスは、白いドレスは準備したの? えっ、白いドレス? それはもう喜劇のような会話で、未だに頭にこびりついている。白いドレスはないが、いつもは着ることの無い丈の長いワンピースを着るのだと言うと、彼女はそれでいいのか、というように私の顔を覗き込んだ。自分のクローゼットにあったという白い丈の長いドレスを持ってきたから着てみなさいと言う。彼女の言葉を有難く受け取って着てみたけれど、生憎長さもサイズも合わなかった。丈を詰めましょう、幅を詰めましょうと彼女は言うけれど、それでは次にあなたが着ることが出来なくなってしまうからと遠慮して、私は感謝をこめて彼女を抱いた。彼女のその気持ちだけで充分だった。折角の結婚式なのにと彼女は残念だったようだけど、私達の結婚は実にチャレンジのような軽い気持ちだったし、多くの好みが相違するふたりが果たして夫婦としてうまくいくのかどうかの疑問もあったから、白いドレスがなくても、参加者が居なくても、少しも悲しくはなかった。だいたい周囲の友人達の多くは、最後の最後まで、君たちが結婚するなんて・・・本気なのかい? と言っていたくらいの結婚だった。その度に私達は、あははと大笑いして、ホントにねえ、不思議ねえ、と言って周囲の笑いを誘ったものだった。そんな結婚も、もうじき25年を迎える。数年前に久しぶりに会った友人が、私達が今も夫婦だと知って、えっ、本当? と訊き返したけれど、本当のところを言えば当の本人たちが一番驚いている。こんなに続くなんて、正直思っていなかったから。6月最後の日曜日を迎えて、彼女のことや、白いドレスのこと、何時までも私達の結婚を信じなかった友人達のことを思いだした。ああ、可笑しい。人生なんて本当に分からない。

ところで日本代表チームがセネガルのゲームは好戦だった。体格と体力の違いで殆ど無理だと思っていたのに。頑張っているな、日本代表。私だって負けてはいられない。明日からの一週間も頑張るんだから。




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歩く

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目を見張るほど空気の澄んだ土曜日。昨日何処かで大量の雨が降ったのだろう、午後から急に涼しくなった。いつもは停留所でバスを待っている時に、どうしてこうも暑いのだと何処を探しても日陰のないこの場所を恨むのだが、昨夕に限っては慌てて鞄の中からコットンのカーディガンを引っ張り出さねばならなかった。オフィスの中で着るようにと鞄に突っ込んであるコットンのカーディガンをまさかこの場所で着ることになるとは、と、ようやくやって来たバスの姿を確認しながら思い、苦笑したものだ。それにしても昨晩は涼しくて、家中の窓を閉め切って眠りについた。いや、眠りについたというよりは、家中の窓を閉めた途端、急に襲ってきた疲れに負けて、ちょっとベッドの上に横になったところ、そのまま眠りについてしまったのだけど。こういうことは滅多にない。覚えている限り、初めてのことだ。
今朝の空の青いこと。目の覚めるような青とはこんなことを言うのだろうと、窓の外を眺めながら感嘆した。冷たい風が吹いていた。20度というが、体感気温は17度ほどだ。絶好のチャンス。簡単な朝食をとって、身支度をすると外に出た。こんな涼しい日に、散策を楽しまぬ手はない。

昔から歩くのが好きだった。東京の街を地下鉄も使わずに幾駅分も歩いて、友人達にどうしてそんなに歩くのが好きなのだと訊かれたものだけど、これはどうにも説明しようがなかった。敢えて言うならば、乗り物に乗ってしまうと、その間の情景を眺めることが出来ない、そんなところなのかもしれない。この習慣はアメリカへ行くとさらに拍車がかかりバスを乗らずにぐんぐん歩いた。坂道が多いのも、ものともせず。そのうち街の地図を書けるようになるのではないかと友人に揶揄われたものだ。しかし悪い気はしなかった。自分が見ながら歩いた道は頭の中にちゃんと記憶されていて、それをペンでなぞるようにして書き記すのは案外楽しい作業なのではないだろうかと思ったから。ボローニャに来て半年もするとローマへと飛び出した私は、仕事は早く終わった夕方や休みの日になると歩いた。ローマという街は目に美しいものがぎっしり詰まっていて、いくら歩いても飽きることがなかった。遺跡があり古い建物があり、情緒豊かな通りがあった。道端の八百屋さんですら美しく見えたのは、私がローマという街に魅了されていたからだろうか。時々ボローニャから相棒がやって来ると、こんな場所を見つけた、こんな素敵な通りがある、と彼の腕を引っ張って散策に出掛けた。相棒は車人間で歩くのがあまり得意ではないから、しぶしぶ歩いたに違いない。それに相棒はローマの街をよく知っていたから、彼にとっては目新しくなかったのかもしれないが、喜ぶ私に同調して、ローマはいいなあと言いながら肩を並べて歩いた。それに比べてボローニャときたら。そんなことを言うと、そんなことはない、ボローニャは美しい街だ、と周囲の人達が口をそろえていったものだ。そうかしら、ローマの方がいいわ、と口をとがらせて言う私の言葉を、相棒は悲しく思ったに違いない。ボローニャの良さを知らなかった私。知ろうとしなかったのかもしれない、あの頃の私は。それを取り戻すかのように、今は私は時間があるとボローニャを歩く。こんなに素敵な街に暮らせて良かったと今は思っている。到底都会には住めぬ性格の私だ。丁度良い大きさのボローニャに暮らすことになったのは、幸運だったのかもしれない。そういうこともローマに暮らしたから分かったことなのかもしれない。そしてこの街の良さに気づくために、私には長い時間が必要だったのかもしれない。私らしい話である。何事にも時間が掛り、時には遠回りもすること。

涼しい空気に誘われて沢山の人が街に出た土曜日。夏至を過ぎた夕方の空。明るくて、ツバメが飛び交って、実に軽快だ。幸せだなあ、と思える夕方。そんな風に思えることのが何よりも嬉しい週末。




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とぼとぼ歩く

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暑い。窓が開かないタイプのバスに乗りこんだら、冷房のスイッチを入れたばかりとのことで、大変な暑さだった。具合が悪くなりそうなほどで、折角乗ったバスだが降りてしまおうか、どうしようか、と随分迷った挙句、我慢できなくなって途中下車した。外も暑かったが、しかし微風がある。ポルティコの下は炎天下よりは気温が低く、助かった、などと呟きながらとぼとぼ歩いた。とぼとぼ歩いたのは、颯爽と歩く元気が残っていなかったからだ。そう言えば、うちの猫も近頃とぼとぼ歩いているなあ、と思いだした。きっと彼女もまた、この暑さに元気を吸い取られているのだろう。

今日は良いこととツマラナイことがひとつづつ。折角良いことがあったのに、後からやって来たツマラナイことで台無しになった。だからという訳ではないがジェラート屋さんに立ち寄った。久しぶりのジェラート。最近は週に一度、若しくは10日に一度のスローペース。だから余計に美味しい。ジェラートのない夏なんて。大好きなねっとりとした甘酸っぱいマンゴーのジェラートを堪能したら、ツマラナイことが消えて良いことだけが心に残った。流石だな。ジェラートはやはりいい。

頭上高く飛び交うツバメの群れ。キイキイと声を発しているが何を話しているのだろう。良い天気だね。楽しいね。夏が来たね。そんなところだろうか。気が付けば明日はもう金曜日で、その背後には楽しい週末が待っている。




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素晴らしい気分

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すっかり気候が安定して、半袖が気持ちの良い季節になった。時には日差しが強すぎるほどで、湿度が高い日などは蒸し暑くて不快なほどだ。こんな時期には冷たい蕎麦。私も相棒も冷たい蕎麦が好物なのだ。天婦羅などを準備できれば最高だけど、忙しい毎日の中ではそうもいかぬ。わかめはそんな時に活躍する優秀選手。頂き物のドライわかめ。これを発明した人はすごいと、昔から思っていた。袋の裏に記載された、10倍の量に増える、には日本人の私でも驚きで、幾度か多く水に戻しずぎて失敗している。そんなことを忘れて、相棒に頼んだ。棚にある黄緑色のわかめの袋からほんのひとつまみだけ、水の入った器に入れて。くれぐれもほんの少しだけ。兎に角すごく増えるのだから。これだけ言えば間違えることもなかろう。と思ったが、そんなことはなかった。流石にこれでは足らないだろうと思って、ほんの気持ち多く水の中に入れたらしい。気持ち、どんな気持ちなのだろうと思うほど、器に溢れんばかりのわかめが水に戻されていて、怒るのも忘れて相棒とお腹を抱えて笑った。どうする、こんなに沢山。こんなに沢山のわかめを食べたら、ふたりともわかめになってしまうかもよ、と。素晴らしい日本の発明、ドライわかめ。これほど増えるなど、彼に分かる筈もない。悪いのは彼ではない。当然、頼んだ私が悪かった。貴重なわかめ。それにしたって、もう残り少ない。

予想外のことだった。ワールドカップで日本がコロンビアを下したとの速報に、たとえ相手国がひとり足らなかったにしても、サッカー文化の南アメリカの一国を相手にと、周囲のイタリア人たちは驚きを隠さない。日本人の私だって驚いている。この20年の間に日本のサッカーが成長しているのを感じた、素晴らしい気分の火曜日の午後だった。




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