寒い日には寒い日の楽しみ

DSCF0486 small


私は冬眠中。と言っても過言でないほど活動的でないこの2月の私は、本日の快晴に誘われて仕事帰りに旧市街へ行った。快晴の分だけ空気が冷たく、頬が凍り付くようだった。こんな寒い日に、と幾度も呟いた。しかし、私は家と職場の往復にうんざりしていたのだ。それから予報によれば木、金曜日と2日に渡って雪が降り、今週末も家に閉じ籠もることになるだろうと安易に想像できたから。旧市街に幾つかの用事があったが随分先延ばしにしていたし、今日を逃したらば次に晴れるまで重い腰が上がらないような気もしたのだ。

2本の塔の下でバスを降りるつもりだったが、ふたつて前で思い立って下車したのは、しばらく続く寒い日の為にチョコレートを用意しておきたかったからだ。ジェラート屋さんの手作り板状チョコレートを数枚まとめて購入しておこうと。さすがにこんな寒い日にジェラートを求める客が居ないらしいく、店はガラガラだった。しかしひとつだけ小さなテーブル席がひとり客で塞がっていた。客はカップに注がれた温かいチョコレートを頂いているところだった。チョコレートがこれほど美味しいこの店の温かいチョコレートはさぞかし美味しいことだろうが、私は手を出さぬことにしている。何故なら美味しくて病みつきになって、下手すれば毎夕仕事帰りに立ち寄りたくなってしまうだろうから。私は温かいチョコレートが昔から大好き。だから手を出してはいけないのだ。
こんな寒い日の旧市街は空いているだろうと思っていたが、大変な予想外れだった。人々は寒ければ寒い日ならではの楽しみを見つけるのがうまいらしい。どんな時も学ぶことあり、人生学ぶことばかりだと街に集う人々を眺めながらそう思った。しかし寒く、次から次へと用事を済ませて大急ぎで家に帰った。

今夜は月の光が強い。これも空気が冷えているからのことだろう。地下倉庫に保管していた赤ワインのつめたいことといったら。まるで冷蔵庫で保管していたかのようだ。それから昨日購入したトリュフ入り羊のチーズ。丸ごと購入して相棒に贅沢過ぎるだの何だの小言を言われたが、一口食べて状況が変わった。丸ごと購入してよかったとのことだった。そして出来ればもうひとつ購入しておきたいとのことだ。人の心は簡単に変わる。美味しいと分かると大いに財布の紐が緩みらしい。乾杯。美味しいワインとチーズに乾杯。美しい月に乾杯。到来した招かれざる客、寒気団にも乾杯。




人気ブログランキングへ 

シベリア寒気団

DSCF0499 small


あっという間に地面が真っ白になった。まさか、の雪である。うわさには聞いていたが大型のシベリア寒気団がやって来たのだ。此の口調は、街にサーカス団がやって来た、といった口調によく似ているが、似ても似つかぬ嬉しくない来訪だ。ボローニャは日本で言えば北海道ほどに位置していて、だから冬は寒くても当たり前。頭でわかっていても、うっかり忘れてしまうのは、夏の暑さのせいだ。北海道ならば40度を超えることはないだろうから。

仕事を終えるなり猛スピードで家に帰って来た。とても寄り道などしている場合ではない。帰り道の気温は零度。まだ風邪が完治していないところにこの寒さは酷すぎると判断してのことだった。それでも昨晩オレンジを食べ終えてしまったことを思いだして、近所の青果店に立ち寄った。オレンジを12個、美味しそうなのを。何時もならばここでお喋りをして10分ほど居るくせに、今日に限っては必要なことしか話さず、大急ぎで家に帰って来た。空気は乾燥していて、きりきりと肌を切るようだった。家に入るなり暖房をつけた。暖房のある有難さ、温かい湯が出る有難さ。今朝、ボイラーの故障で暖房も湯も使えず辛い思いをしたばかりなので、この有難さは本物だった。今晩は昨日7時間かけて取ったブロードにしよう。それから沢山の野菜と、チーズと、赤ワインと。相棒が早く帰って来たから19時をめがけて準備して、早めの夕食にありついた。ブロードの美味しかったことといったら。それからフランスの赤ワインのコクのあることといったら。シンプルだけど温かくて美味しい夕食。これを幸せと言わずに何と言おうか。夕食を終えてふと窓の外を眺めると雪が降っていた。ああ、また降り始めた。そう思って後片付けをして、また窓の外を眺めてみたら、あっ、ほんの20分の間に地面が真っ白になっていた。テラスに積もった雪は既に5センチほど。手ですくってみたらぱさぱさと粉のように手から零れ落ちた。これは積もる雪。油断のならぬ雪。そういえばローマでも随分雪が降ったようだ。話によればこれほどの雪は2012年以来だそうで、積雪で街が麻痺しているそうだ。テレビでその様子を眺めながら明日にはボローニャもこんな風になるのだろうと思うと、大きな溜息をつくしかなかった。冬だから仕方がないけれど、やはりボローニャのような街には雪は降らない方がいい。雪に慣れていない街の人には、雪は招かれざる客なのである。それでいて明日の朝はテラスに積もった雪で、雪兎や小さな雪だるまを作ってみようなどと考えている。嬉しくなくても雪は降る。それなら小さな楽しみを見つけた方がいい。

雪が降ると奇妙なくらい外が静かになる。すべての音を雪が吸収したかのように。雪は嫌いだけれど、この静けさは、悪くない。




人気ブログランキングへ 

塩の旅

DSC_0030 small


窓の外にちらつく雪。今日の雪は弱気で、そんな予定だったから降ってみました、と言った感じだ。積もらせる気はないらしい。雪もそろそろ疲れたのかもしれない。ちらつく雪は猫にとって魅力的な存在らしい。硝子越しに雪片を捕まえようとしている。こうした無邪気な心は私には無い。無邪気な心自体、随分前にどこかに置き忘れてしまったのではないだろうか。それにしても外の木の枝は寒そうだ。そろそろ芽を出そうと思っていたところにこの寒さで、出鼻をくじかれた言ったところだろうか。私にしても少しだけ真冬の装いから脱出してみようかと考えていたから、連日の寒さには閉口だ。チラリとも肌を出してはいけない。首元も手首も足首も。油断したところから風邪が巧みに忍び込む。と、完全防備だったと言うのに風邪を引いて、さて、どうしてだろう、と不思議でならぬ今日である。

昼食の用意をしながらふと思いだした。パスタを茹でようと思って沸かした湯の中に岩塩をひとつかみ投げ込んだ瞬間のことである。ポルトガルの塩を使い終えて随分になること。
私がポルトガルの塩を使うようになったのは、ほんの偶然のことだった。数年前の夏、リスボンのカステラ屋さんが店の上階にあたるアパートメントを短期で貸していることを知り、貸して貰うことになった。16日間ずっとリスボンに居るのか、何処へも行かないのかと着いたその日に店主に訊かれて、そうです、のんびり此処で生活しようと思って、と答えた。それを店主はどう思ったのか、数日後、一泊二日の小旅行に誘ってくれた。リスボンから少し北の、内陸の町への小旅行だった。店主夫婦と友人と私の4人の小旅行。目的はふたつあって、ひとつは田舎町の有名な居酒屋での夕食、ふたつ目はその近郊にある塩田訪問だった。店主はいつも感度の良いアンテナを張っている人で、あちらにいい店があるらしい、こちらに美味しいものがあるらしい、と情報を得るのがうまかった。それに大変勉強熱心な人だから、そうした場所に行って色んなことを学び得るのもうまかった。さて、田舎の有名な居酒屋はいい感じで、食事もワインも美味しかった。ただ、調子に乗って赤ワインを飲み過ぎて、良く朝の目覚めは最低だった。胸がむかむかしていた。朝食も食べられぬほど。そして私達は宿を後にして塩田に行った。海に面していない塩田、というのは私にはどうしたって理解できず、前の晩のワインのせいもあって、あまり興奮する場所には思えなかった。しかし誘ってくれた店主の手前、話をしながら共に塩田を歩いた。塩田の主がいろいろ話してくれるのだが、私はポルトガル語が分からない。途中でつまらなくなって後ろの方からとぼとぼついて行く間に、時々そこいらの塩を指でつまみあげては口の中に放り込んだ。少しもしょっぱい印象のない、穏やかな味の塩だった。塩田を歩き終え、連なる店のひとつに入って軽食を頂くことになった。朝から顔色の冴えない私に店主が大丈夫かと訊いた。と、気が付いたのは今朝から続いていた不快はすっかり消えていたことだ。そうだ、先ほどつまんでいた塩。実は塩田の塩を少し拝借して味見していたことを告白すると、店主が膝を叩いて頷いて言った。そう。塩は消毒作用があるから。ならばここの塩は上等な塩なのかもしれない。店主のその言葉を聞かなかったら、私はイタリアに持ち帰るには重すぎる塩など購入しなかっただろう。値段は驚くほど安く、幾つだって買えたけれど、いくつかある種類の中から4つ選んでイタリアに持ち帰った。ポルトガルから4つの包みの塩を持ち帰った相棒は、少々呆れていたようだった。こんなに重くて、何処にでも手に入るものを、と。しかしある晩、相棒が唸った。この塩は上手い。それは私が持ち帰ったポルトガルの塩だった。だから4つの包みが終わってしまった時、残念でならなかったし、相棒は私に次はいつポルトガルへ行くのだと訊いたものだ。どうにかして入手できないかとネットで調べているけれど、なかなかうまくいかない。リスボンへ行けば何処かの店にあるかもしれないと思いながらも、案外あの町へ行かなければ手に入らないのかもしれないと思ったり。ならばあの町に列車やバスを使って行ってみようか。来年の夏にでも。今年の夏ではなく来年の夏のことを考えているなんて言ったら、きっと皆が笑うだろうけれど。来年自分がどこに居るのか何をしているのかも見当が付かないと言うのに。楽しい計画はいくら先まで詰まっていたっていい。

明日のボローニャの予報は晴れ。本当だろうか。危ない、危ない。晴れてほしいから、うっかり100%信用してしまいそうだ。




人気ブログランキングへ 

2月は懐かしい月

DSCF0428 small


雪が降る。雨が降る。そんな日が続いた今週は、どうやら週末も太陽は期待できない、と囁かれていた。どちらにしても風邪を引いて週末の散策は出来そうになかったから、溜息こそ出るが、あまり気にもしていなかった。ところが朝目を覚ませば太陽の光が。おお。太陽よ。元気だったのか。と猫と共に窓辺に佇んだ。太陽の光とはポジティブな気持ちを生み出す。疲れているところに風邪を引いて、すっかりぺしゃんこになっていたが、こんな日に寝込んでなどいられない、さあ、起きよう、朝食を頂こう、と恐らくは他の人にとってはごく当たり前の気持ちに違いない、健全な気持ちにしてくれた。朝食を頂いて、洗顔して、着替えて、家じゅうの片付けをした。今日はベッドの中で過ごすことになるだろうと昨晩予告していたので、この活発な妻に相棒は驚いたようだ。太陽、太陽が出ているからね。そう言って明るく笑う妻に相棒は安心したに違いない。

2月というのは懐かしい月だ。それは亡き父の誕生日であったり、大切な友人の誕生日であったり、昔、まだ日本に暮らしていた頃、航空券が低価格のこの時期にアメリカへ行った月でもある。そして自分の中では既に決めていて準備を始めていたにしても、まだ家族には言いだせず悶々と外に積もる白い雪を眺めていたのも2月だった。
ある日大雪が降って、私と母はふたりきりだった。家には他の部屋もあるのにふたりとも居間に居たのは、この部屋のストーブが一番温かかったからだろう。母も私も居間の真ん中に、でん、と置かれた大きなテーブルについていた。母は本か何かを読んでいて、私は手紙でも書いていただろうか。互いに話をすることもなく、外は降る雪がすべての音を呑み込んでいるかのように静かで、聞こえるのはストーブの燃える音だけだった。その時私が勇気を得たのはどうしてだっただろう。幾度もそんな話をしていたが頭ごなしに話を打ち切られて、もう話し出す勇気がなかったはずなのに。どんな風に話し始めたのかは今ではもう忘れてしまったけれど、私はアメリカに暮らしたい希望を捨てていないこと。何処に住むかも下調べをしたこと。当面通うであろう学校からも資料を取り寄せてあること。母が自立心を生み出すようにと独り暮らしをすべく数年前に家から私を追いだしたが、そのひとり暮らしを辞めて家に戻って来たのも、資金を溜める為だったこと。もうあまり待てないこと。母の言う通りの人生をたどるのは簡単だけれど、自分の人生は自分で手探りで作りたいこと。自分で決めたことなら、うまくいかなくても自分のせいだから。それに夢は夢で終わらせずに実現させたいこと。沢山の事柄を話したはずだが興奮することなく淡々と話が出来たのは、外に降り続ける雪を眺めながら話したからだっただろう。母もまた、私の顔を見るでもなく、外に降る雪を眺めていた。私達は話をしているのに、双方とも外の雪を眺めていたから、誰かが傍らで観ていたら奇妙な様子だったに違いない。すっかり私が話し終わると、母はやっと口を開いた。そうね。それをあなたが望むなら、先に進んでみたらいい。あまりの簡単さに私が驚いたのは、もう3年もの間、ずっとアメリカへ行こうと思うという話をしていたのに、まだ若いからと言って、いつも母は一方的に話を打ち切ってしまったからだ。私が母の同意に感謝の言葉を述べる前にもう一度母は口を開いた。昔、母がまだ娘さんだった頃、母もアメリカに暮らしたいと思ったことがあったそうだ。ただ、それを言いだすことが許されなかったのは、母の母親と幼い妹を、東京大空襲で失ったからだった。父親や二人の兄にどうしても言うことが出来なかった。そういう時代に生まれ育った母だったから、娘がアメリカに暮らしたい、そしてそれを実現しようとしているのが眩しかったに違いない。それからの母は私に実に協力的だった。自分が出来なかったことを娘を通じて実現させようとしたのかもしれない。
若かった当時の私には分からなかったことが、今頃になってようやく理解できるようになった。随分と時間が掛ったものだ。母が元気なうちにそうした諸々の感謝をこめて、孝行したいものだと思う。姉が舌を巻くほどの記憶力の良さを誇っていた私だが、ここ一年の間に色んな記憶が薄れつつある。そんな中、こんなことを思いだしたのは、数日前の雪景色だった。あの静かに降り続ける窓の外の雪が、遠い昔のことを思いださせてくれた。

午前中の太陽の光は午後には何処かへ行ってしまい、残ったのは鼠色の空。でも、空からは何も落ちてこない。太陽はないけれど、これはこれで有難いことだ。きっと、旧市街では沢山の人が土曜日を楽しんでいるだろう。襟巻をぐるぐる巻いて。手袋をして。帽子を目深に被って。元気でなければ出来ない土曜日の外出。来週には私も参加できるように、早いとこ風邪を治してしまおう。




人気ブログランキングへ 

絵本見つけた

DSCF0496 small


昨日、丘の町ピアノーロ辺りでは夕方から雪が降り始めたらしい。確かにボローニャでも微かに雪の匂いがして、ひょっとすれと、などと思っていたのだけれど、今朝、窓の外を眺めて辺りが白くなっているのを確認したら、はあーっと溜息が出た。冬休みのように家に居るならばともかく、外に出ねばならぬ朝の雪は困りものだ。既に10センチ以上積もっているらしく、遠くに除雪車が走る音がした。そうか、除雪車が出動するほど積もっているのか。そう思ったら、もう一度大きな溜息が出た。いつもより早く家を出たのは雪による混乱を少しでも避けるためだった。が、家を出てすぐに渋滞にあい、先が思いやられた。ところがである。2キロも先へ行くと雪は殆ど無かった。朝、家の窓から見たあの雪景色は夢だったのではないだろうかとすら思えた。そんな木曜日の始まりだった。

ところで私は一本の電話を待っている。旧市街の本屋さんからの電話である。先週、本屋に立ち寄ってあれこれ手に取って見ていたところ、一冊の本に出会った。それは絵本で、フランス人の書いた絵本だった。表紙の挿絵がとても気に入ってぱらりぱらりとページをめくってみたところ、ますます気に入ってしまった。今度は本腰を入れてどんな話なのか読んでみたら、私の心をつかんで離さなくなってしまった。絵本である。私は大人になって自分の為に好んで絵本を購入したことは覚えている限り、ない。手元に置いて、時々ゆっくり読み返したい絵本だと思った。それで店の人に訊いてみたら、それが最後の一冊だと言う。最後の一冊と言われたそれは、随分と擦り切れていて少々残念な姿だった。これでよければ割引をすると言うのを断って、取り寄せてもらうことにした。今の時代は本をインターネットで読めるし、本が場所を取るのを嫌う人もいるらしいが、私は手元に置いて、座り心地の良い椅子に腰を下ろして、ページを一枚づつめくって読みたい。私と本の関係は、昔も今も変わらず、これから先もずっとそんな風でありたいと思う。自分の名前と電話番号を残したのは土曜日の午後。もう木曜日だと言うのに電話が来ないので、少し心配し始めている。考えてみたらまだ4日しか経っていないと言うのに。私もせっかちになったものだ。来週の金曜日まで待ってみよう。多分来週辺り、入庫の知らせが来るに違いない。

それにしたって、私が絵本を好きだなんて。活字が好きなのは知っていたけれど。父がそうであったように。自分らしくないような気もするが、案外、ふとした拍子に飛び出して来た、これが本当の自分らしさなのかもしれない。




人気ブログランキングへ 

Pagination

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
ysmind@gmail.com 

フリーエリア

月別アーカイブ

QRコード

QR