1月がもうすぐ終わりだなんて

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あっ。カレンダーを見て驚いた。もう1月が終わろうとしている。こんな、特急列車のように大急ぎで通り過ぎてよいのかと思いながら、これでよい、とも思う。ああ、早かったなあ、と思うくらいがいいような気がする。これはここ半年程のうちに起きた、私の中の小さな変化のひとつである。

夕方、バスのマンスリーパスを購入しに旧市街へ行った。毎月必ず購入するのだから、お得な年間パスを買えばよいではないか、と幾度か考えたことがあるが、私はこういうことに拘りがある。まとめて買ってしまった後に何かが起こるかもしれない。毎月バスに乗ることが出来なくなるような。そんなことならば、毎月購入して、心配を払拭して、毎月元気にバスに乗る方がいい。その方が断然精神的にもよい。古臭いとか、迷信じみているとか、自分でも時々思って笑ってしまうけれど、それから人は心配し過ぎだとか考え過ぎだとか言うけれど、まあ、これが私のお守りみたいなもので、私を来月も元気に生活させてくれる幸運のパスみたいなものなのだ。それで、パスを購入して、私はすっかり来月の元気も購入したような気分である。

晩になって霧が発生した。東から北にかけては一寸先も見えぬような分厚い霧の壁。ところが西から南はすっきり晴れて、空の高いところに美しい月。こんなこともある。妙といえば妙、でも、だから自然は神秘的なのだ。水曜日の晩は満月らしい。ちょっと小洒落た夕食を準備して満月に乾杯したいと思う。




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空の青い町

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驚くような青空。こんな青空が欲しかった。穏やかな日曜日に、こんな空を仰ぐことが出来て運がいいと思った。そんな空を眺めながら、リスボンのことを想った。穏やかな気候の、緩やかな空気の流れる街。

リスボンに初めて足を運んだのは確か15年ほど前のことだ。ボローニャからリスボンはこんなに近いというのに飛行機を乗り継いで行った。安い航空券のせいだった。3月のボローニャは春というには早過ぎて冬の分厚いコートが必要だったが、リスボンは風よけのジャケットの下にコットンセーターを着ていれば充分すぎる理想的な気候だった。青い空。街中に横たわる坂道。それはサンフランシスコ似たものがあって、私はあっという間にこの街の虜になった。
6年前だっただろうか、私は再びリスボンに飛んだ。今度は真夏の8月で、暑いボローニャから何もわざわざ暑いリスボンに行くこともないだろうと多くの人に窘められたが、こんな時期でもなければ長い休みを得ることが出来なかったのだ。16日間滞在した。カステラ屋の上階にあるアパートメントを借りて。毎日、のんびり起床して、のんびり朝食をとって、テラスから階下の通りの様子を眺め、ふらりと外に出て、気が向くと帰って来た。何をしなくてはいけないでもなく、何処へ行かなくてはいけないでもなく、日陰を探しながら気ままに歩き回った。古いカフェに入って、席にもつかずにカウンターでカッフェを立ち飲みするのが好きなのは、ボローニャでもリスボンでも同じだった。地元の人達と肩を並べていれば、色んな話が聞こえてくるものだから。昼間になると遂に日蔭は存在しなくなる。太陽の日射しから逃げるかのように、小さな食堂に入って、焼き魚や、ピリピリ辛い炭火焼の鶏を頂いた。レストランではなくて、食堂。近所の住人や、その界隈で働く人達が行くような低料金の食堂だったが、そう言う店で失敗したことは一度もなく、大抵店の人が何かを奢ってくれたり、隣の席の人がこれも食べてみろと分けてくれたり、楽しいことがひとつやふたつくらい存在して、料理は飛び切り美味しかった。それはそうだ、美味しくなければ近所の人や近くの勤め人は足を運ばないのだから。満腹になると再び散歩を続けた。時には風通しの良い店で夕方を過ごした。冷えたワインとチーズを頂きながら、店に出入りする人々の様子を観察した。リスボンの人々の足取りは軽快で、話している言葉は分からなかったが、此処は本当に居心地のいい街だと思った。何処まで続くのかわからぬような長く緩やかな坂道に、もう降参、と呟きたくなるころに到達した頂上から見た絶景。流れる汗を乾いた風が撫でて、疲れと絶景と風の心地よさに、へなへなと地面に座りこんでしまった。この街でなら、私は自然体でいられた。人より素敵なものを身に着けて気取って歩く必要はなかった。何処へ行っても顔見知りなどいない。それがどれほど快適だったかわからない。日陰ばかり選んで歩いたのに、散々日に焼けた。まるで子供時代に戻ったような日の焼け方だった。リスボン以外のどこへも行く予定のない私を一泊二日の旅に連れだしてくれたのは、カステラ屋の夫婦。そして同行したのは料理人の女性。このアパートメントに滞在しなかったらで会うことのなかった人達。こういう出会いがあるから旅は楽しいと何度も思った。縁があってのこと。こういう縁はお金では買えない。時間や運が生み出す賜物なのだ。
あの時同行した女性とは、今も細く長く繋がっている。海を隔てての付き合いだから、頻度に会うことはないけれど。その彼女がもうすぐポルトガルへ行くという。そんな話を聞いてから、私の心の中にはあの青空がチラリチラリと見え隠れしている。来年の夏あたりに行ってみようか、リスボン。あのカステラ屋はもう存在しないけれど、どこかに快適なアパートメントを借りて20日間ほど滞在したら、魂の細胞もリラックスするに違いない。
それにしても、来年の夏のことをもう考えているなんて。でも楽しいことに関しては、早いも遅いもありはしない。何時も楽しいことが心の隅っこを陣取っていたら、生活は楽しくなるものなのだ。そう私は信じている。

最近相棒と話をした。私達はずっとこれからもボローニャに居るのだろうかと。あと10年くらいしたら、私は空の青い町に、時間がゆるやかに流れる町に、肩の力を抜いて暮らせる町に住みたいと思っている。




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散策

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土曜日。長く忙しい一週間の疲れが出たらしく、目覚ましのアラームが鳴ったのに起きることが出来なかった。その前の週末は熱を出して寝込んでいて、土曜日を堪能することが出来なかったと思いながら天井を眺めていたら、びっくりするような鳴き声がして飛び起きた。にゃおーん。猫だった。いつもは週末ともなると朝寝坊を許してくれるのに、相当空腹だったのだろう、その小さな体に見合わぬ大きな鳴き声で訴えたのだ。はいはい、お待ちください。もう少しベッドの中でぐずぐずしていたかったけれど、諦めることにした。雨の予報が出ていたけれど、地面は乾いていた。これはいい。土曜日に雨だなんて残念過ぎる。猫に食事を与えると自分の為に朝食の用意をして、時間を掛けていただいた。土曜日の朝は時計を見る必要が無い。これは本当に素敵なことだ。家の中の整理整頓をして、さて、本でも読もうかと思ったところで気が変わった。散策に出掛けよう。先週末は散策をしていなかったから、と。いつもと違うコートを着て出掛けたのは、一種の気分転換の為だ。平日と週末。何かで区切りをつけたかったのである。それは案外悪くないことだった。いつもと違うということで足取り軽く、気分も軽く、いかにも週末って感じがした。

バスが旧市街を取り囲む環状道路を横切ったところで下車した。今日は歩く日。ポルティコの下を沢山歩こうと思ったからだ。パキスタン人経営の小さな食料品店の前を通り、バールの前を通り、花屋の前を通り、バスの停留所三つ分歩いた。久しぶりだったので疲れたが、気持ちの良い疲れだった。いつものバールに行ってカップチーノと小さな菓子をふたつ頂き、そうして少し先に行くと、ギターを弾きながら歌う男が居た。私が彼の前で足を止めたのは、味のあるギターの音色、そして彼の歌が気に入ったからだ。じきに通行人が足を止めて、あっという間に彼を沢山の人が囲んだ。曲が終わった時の大きな拍手に私はちょっと感動したのだが、一番驚いたのは彼自身だったようだ。次から次へとギターケースにコインが入れられて、そんな様子を眺めながら彼は今どんな気持ちなのだろうと想像した。そのうち体が冷えてきて私は再び歩き始めたが、もう一度彼の歌を聴きたいと思った。来週の土曜日も此処に来れば聞けるのだろうか。そうであればいいと思った。街に連なる店の冬のサルディはまだまだ続いている。一枚セーターを新調したいと思って気に入りの店に入ってみた。小さな店だ。シンプルでいいものを置いている。流行ものはない。それが実に私好みなのだ。2週間前に店に来て色々試着したのだが、何も購入しなかった。それなのに、そのうちのひとつが忘れられず、店に舞い戻ったという訳だ。セーターはあったが自分のサイズがなかった。当然といえば当然。諦めようとしたところで、店の女性が言った。探してみましょう、来週電話で知らせますから、と。此の店の素晴らしいところはこうしたサービスで、以前にもこんな風にして探してもらったことがある。期待し過ぎない方が良いとは思いつつ、良い知らせの電話を貰えることを期待するのだ。散々歩いて家に帰ったのは夕方だった。やはり土曜日は散策がいい。家に閉じ籠もっているなんて私には似合わない。元気な限り、雨が降らない限り、私は土曜日の散策時間を大切にしたいと思う。

沢山歩いて、くたくたになって、今夜はヴェネト州の赤ワインの栓を開けた。先日、知り合いのミケーラから貰ったワインだ。美味しくて柔らかくて、グラス一杯でとどめるのに苦労した。ワインは好きだけど、ほどほどがいい。私にはグラス一杯が丁度いい。




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いつの間に降り始めたのだろう。金曜日の夕方は雨降り。旧市街に行って、まずは新しい猫草を購入して、それからウィンドウショッピングでもして、うまくすればフランス屋に立ち寄って美味しい赤ワインでも一杯、と思っていたのに、予想外の雨に気持ちが揺らいでしまった。気温は7度とそれほど低くないが、雨のせいで妙に冷え込んでいた。旧市街へ行くバスより先に家の方に向かうバスが来たので、思わず乗りこんでしまった。自分がこんなに雨に弱い、と再認識して我ながら驚きだった。

昨夕の、仕事帰りのことだ。昨日は稀に見るアンラッキー・デイで、何をやっても上手くいかなかった。まっすぐ家に帰ってしまおうと思っていたところに、旧市街へ行くバスが来た。それもいつもと違う界隈を通る、私が滅多に利用しないバス。何をやっても上手くいかずクサクサした気持ちを持て余していた私は、ほんの思い付きでそのバスに乗りこんだ。バスは新品で気持ちが良かった。その上、がら空きで、アンラッキー・デイにしては上出来だった。座席は空いていたけれど立つことにした。そのうち年配の人達や、お腹の大きな奥さんなどが乗り込んでくるだろうと思って。バスが次の停留所にとまると幾人かの客が乗り込んできて、そのうちのひとりの男性が私の顔を見るなり笑顔で言った。今晩は、シニョーラ。えっ? と私は目を丸くして相手を見返すと、分かった。彼だった。彼と知り合ったのは12年も前のことだ。今の職場が別の場所に在った頃、仕事を定時に終えて最寄りの停留所でバスを待っていると必ず彼と一緒になった。2年ほど続いただろうか。その間、彼はいつも、今晩は、シニョーラ、と笑顔で挨拶してくれて、バスが来ればお先にどうぞとでも言うように、右手を差し出して先を譲ってくれた。毎日。本当に毎日。10歳ほど私より若いに違いない彼。大変礼儀正しくて私はいつも感心していた。そして職場が今の場所に移ると、同じ路線のバスなのに乗る時間が一瞬違うからなのか、それとも彼が仕事を替えてしまったのか、兎に角会うことがなくなってしまった。一度だけ、バスの中で会ったことがあった。もう何年も前のことである。あの時も彼は目ざとく私を認識して、挨拶をしてくれた。しかし、もう何年も経っていて、しかも黒いニットの帽子を目深に被っていた私のことをよく見分けてくれたものだ。あの頃に比べたら断然老化しただろうし、兎に角10年という歳月が経っているというのに。そんなあれこれを考えながら私も彼に挨拶した。今晩は、随分沢山の年月が経ちましたね、と。それを聞いて彼は何の言葉も発さない代わりに、明るい笑みを返してくれた。私達はバスの中で会うだけの知り合い。でもちょっとやそっとの知り合いではなくて、12年来の知り合いだ。互いの名前も知らなければ、何をしている人かも知らない。でも、会えばこんな風に丁重に挨拶をしあう。他人に関心のない、若しくは他人と言葉を交わすのが煩わしいと思う人が多いこの時代に、こうした関係はいいと思う。私が先にバスを降りた。降りる間際に振り返って、さようなら、また何処かで会いましょう、と手を振ると、彼は嬉しそうに手を振り返した。これでいい。また何時かバスの中で会うだろう。5年先かもしれないし、10年先かもしれない。その時になっても、彼は私の顔を見分けることが出来るだろうか。うーん、どうかなあ。
彼に会ったおかげで、私のアンラッキー・デイが明るい色になった。彼はきっと他の人達にとっても、感じの良い存在であるに違いない。

昨晩の、相棒の干し鱈料理は素晴らしかった。うちの俄かシェフが料理した後の片付けは本当に大変だけど、また近いうちに腕を振るって貰いたいと思う。




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空は知っているだろうか

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帰り道が少し明るくなった。たったそれだけで、此れほど嬉しいなんて、空は知っているだろうか。まだ本調子ではないけれど、少し体が軽くなって歩くのが楽になった。多分週末辺りになれば、散策のひとつもしたくなるに違いない。

家の近くの停留所でバスを降りて、その足でパン屋さんへ行った。先週買ったカルニヴァーレの林檎の揚げ菓子がとても美味しかったから。それに、この時期にしかないし、相棒が喜んで食べるから。パン屋さんの女主人はサンドラというらしい。正式名はアレッサンドラだろう。近くのバールの人達がパン屋のサンドラが、と何時だか話していたことがある。この辺りではなかなか有名な人らしい。店に行くと先客が居た。若いお父さんと小さな女の子。夕食用のパンを購入しに来たらしいが、女の子はカルニヴァーレの菓子が欲しいらしい。でも若い父親は菓子を子供に与えるのを好まないらしく、パンだけ購入して店から出ていった。女の子はガラスケースに並ぶ菓子を幾度も振り返りながら、後ろ髪をひかれながら父親に手を引かれて店から出ていって、ちょっと可哀そうだった。さて、自分の順番がやってきて、サンドラに先ほど女の子が欲しがっていた林檎の揚げ菓子を注文した。これ、美味しいのよね、という私に彼女はにこにこしながら頷いた。そうだ、と思いついて彼女に訊いてみた。何故カルニヴァーレの菓子は揚げ菓子が多いのだろうか。彼女なら気の利いた理由を教えてくれるに違いない、と思って。すると、どうしてかしらねえ、昔から揚げ菓子ばかりなのよねえ、と、初めてそんなことを訊かれたみたい言った。何かしら理由があるのではないかと迫る私に彼女は何処吹く風で、不思議よねえ、どうしてかしらねえ、と言う。イタリアでは大抵どんなことにも逸話みたいなものが存在して、年上の人達が面白い話を聞かせてくれるけれど、サンドラに関しては例外らしい。ほんの少しがっかりしたが、まあ、良い。美味しい林檎の揚げ菓子を買えただけでも良いではないか、と気を取り直して店を出ると、すっかり暗くなった空の高いところに美しい月。暫く月のことを忘れていた。寒くて夜空を眺める心の余裕がなかったのかもしれない。月は丁度半分ほどで、半透明の真珠色。美しくてびっくりだった。

ところで、数日前から相棒は干し鱈ケアに余念がない。塩を抜くために水に浸けているのだが、毎朝水を替えて、実にマメだ。このくらい家のことをしてくれるといいのにと思うけど、どうやら干し鱈に限ったことらしい。この鱈の調理は明日の晩とのこと。今からとても楽しみだ。上等な白ワインを冷蔵庫に忍ばせておこうと思う。




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